208話
「人間とAIの違いはなんだ?」
ふと。夜のパリを歩きながらシシーは隣を歩く人物に問いかけてみた。気になった、というほどではない。ただなんとなく。いつもと違う景色がそうさせたのかもしれない。
彼女より頭ひとつぶん以上の小さな体を揺らし、白い息を吐きながら楽しそうにサーシャは闊歩する。クリスマスを意識した暖かい電球に彩られた街並み。
「なに? 突然。AI? 戦ったことないからなぁ」
なにせ携帯は姉としか連絡をとるためだけのものであるし、そういったアプリを登録する気もない。人と人とのせめぎ合い。それが好きなだけだから。機械や電波の先の対戦相手には恋焦がれない。
予想通りの解答をもらったシシーだが、だからこそ求める。まっさらな穢れのない、純度一〇〇パーセントの真剣師の意見。
「漠然とでいい。お前の思っていることを言え」
もし。相手が目の前にいなくて。いても機械だったとしたら。いくら考えてもサーシャは緩み切っている。
「負けても死なないし、勝っても喜べない。勝ち煽りをしても、反応ないだろうし。チェスはさぁ。ただのキングの取り合いじゃない。同じレベルくらいの相手であればそれはもう、濃密なベッドインなんだ」
シシー。マクシミリアン。あとなんだったか、この前戦った二回戦の子。ジンジンと体が熱くなるような、生きている実感が得られるのは、相手の圧力というものが必須条件。
(……よくわからんが、言っている意味はわかる。強さは機械が上かもしれない。だが、勝とうとする意志。相手を呑み込み、手を狂わせる。その無言の会話こそがチェスの醍醐味)
大筋でシシーは同意。マティアスの言ったように『大駒を捨てる勇気』などの利口な答えもある。が、やはり対峙した時の緊張感を味わうために。むしろ、多少は不利くらいがちょうどいい。心拍数はスパイスだ。
そしてサーシャの報告。初日から危険な橋を渡って探りを入れていた。
「色々調べたけど、あったよ。チェスに限定しているわけではないけど、特化したゲーミング・クラブ。朝の六時までやってるらしいから、じっくり遊べるね」
パリでは二〇世紀初頭に、治安維持のため半径百キロ以内のゲーミングルーム、つまりカジノというものは廃止されていた。だがそこから一世紀。徐々に緩まっていき、カジノを所有するグループもいくつか存在している。
もちろん賭博にあたるため、店ではライセンスが必要。少額の賭け程度であればカフェでもビアホールでも行われるが、ゲーミング・クラブともなると最低金額が設定されているのだ。




