207話
「……お菓子と紅茶、奢るからいいかな? まだ色々とまわってみたいところもあるんでね」
このままではサーシャとの約束にも遅れる。自分から会話に誘った手前、心苦しいが、そろそろ出発したい。なので食べ物でシシーはお詫び。
すぐに紅茶とガトーショコラが届く。アニエルカさんに教わった、オススメのスイーツとの組み合わせ。彼女は紅茶に詳しい。
「……すみません、気を使わせてしまって……」
初対面の、しかも観光途中の方に。集中するとまわりが見えなくなる。よくも悪くも。グウェンドリンは平謝り。
だが、嘆息しつつもシシーは笑む。元気のいい子は好きだ。アニエルカさんもそうだし。
「いいんだ。楽しい一週間になりそうだ。俺は行くけど、ゆっくりしていってくれ」
あまり旅行らしい旅行も今までに行ったことはない。ゆえに、自分でも知らないうちに少し舞い上がっている。感じたことのない街の空気。ネオン。音。気分が上がる。
目の前に広がる香りと至福のスイーツ。嫌いな女子いる? とグウェンドリンの口内に涎が生み出される。
「ありがとうございます。紅茶もいい香り。さっそく——」
「ちなみに」
「?」
たくさん喋った。紅茶で喉を潤そうとしたグウェンドリン。手を伸ばそうとしたところ、シシーが言葉を挟んだことで止まる。
透明感のあるオレンジの水色。丁寧な仕事をした極上の一杯。それをシシーは見つめる。
「その紅茶はダージリンのセカンドフラッシュ。『紅茶の女王』と呼ばれているらしい。貴重な茶葉らしいからね。堪能してくれ」
これもアニエルカさんから聞いたこと。色々、知識は詰め込んでみるものだ。
女王、と目を見開くグウェンドリン。そんな名前がもらえる茶葉があるとは。
「へぇ、博識なんですねぇ」
そうしてまずはガトーショコラから。フォークでひと口サイズに切り口に運ぶと、さっくりとした外と、しっとりとした中の食感。軽いけど濃厚。うんうん、と何度も頷く。
「……」
それを楽しそうに観察するシシー。美味しそうに食べる女の子も可愛い。見ていて癒される。
その視線に気づき、なんだか申し訳なさが込み上げてくるグウェンドリン。フォークを置いた。
「ショコラも美味しいです。すみません、なんか本当に」
性格も素敵な人。やっぱり追いかけよう。
そして会計も座席で全て済ませるシシー。グウェンドリンのぶんも一緒に。感謝されるが、さらりといなす。
「いいんだ。それじゃまた」
振り返らずスキップフロアを上がり、重い木製の扉を押して外へ。込み上げてくる快感。それを口角を上げることで表現する。
「……本当に。ここは退屈しなさそうだ」
隠しきれない。蜜が溢れる。




