203話
強気な姿もやはりいい。今度は満面の笑みでサーシャは直立。
「はいはーい。僕もここでは『替え玉』ではなく、リディア・リュディガーとして楽しませてもらうよ。ま、それ自体替え玉なんだけど。じゃ、また夜に」
そう告げると、どこかに消えていく。煌めく水面と噴水の音だけが残った。
静かな午後。少し肌寒い。無意識にドイツの方角の空をシシーは見つめる。
「……」
ララは大丈夫だろうか。一週間空けると伝えたら、まさかあんなに取り乱すとは。落ち着かせるのに大変だった。考えたいことは他にも。アニエルカさんとユリアーネさんはちゃんとやれているだろうか。お金とか。買いたいものやお土産代なんかも——
「あなたがシシー・リーフェンシュタールさん?」
ふとその背後から凛とした女性の声色。
考え事をしていて対応が遅れたシシー。ゆったりと振り返る。
「そうだけど。どういったご用件で? いや、用件なんてどうでもいい。話そうか」
そのベンチの横をポンポンと叩く。他も空いているが、離れたところを勧めるのも悪いし。
小さく感謝しつつ、その人物は姿勢良く腰掛ける。そして目線が合う。
「話では聞いていたけど。すごい美人だとか。なるほど、たしかに」
足先から頭の先まで、頷きながら視界に収める。なるほど。一分の隙も見当たらない、計算し尽くされた美の彫刻。陰と陽、両方持ち合わせているような形容し難い妖しさ。
だが、その言葉に多少の棘をシシーは感じた。そう褒めてくれた人物の、モンフェルナの制服に包まれた全身をお返しに味わう。
「そういうキミも。まるでモデルのような佇まいだ」
見事なプロポーション。『可愛さ』と『美しさ』を両方兼ね備えた笑みには『小悪魔』的な要素も混じり、より惹きつけられる。
モデル。その言葉に女性はちょっとだけ苦々しく反応。
「一度ストリートスナップで撮られたくらいよ。尾鰭がついて、モデルデビュー、なんて噂がまわってたりするらしいけど。レティシア・キャロル。よろしく」
座るまでのたった数歩の歩き方にも、美しさと気品を纏っているようだ、と感じたシシー。近くに本職もいることで、自然とそういうものには敏感になっていた。
「おやおや。未来の大スターの卵に出会えたわけだ。戻ったら自慢させてもらうよ」
お世辞でもなんでもなく。間違いなく世界へ羽ばたける資質は感じる。ララにでも教えたら、ここまで飛んできそうだ。
驚くほど流暢なフランス語に舌を巻くレティシア。自身も授業でドイツ語は習っているが、ちょっとここまでは到底無理。よかった、そっちで話しかけなくて。
「ま、何十回もすでに聞かれただろうけど。どう? こっちは」
当たり障りのないことから。別に姉妹校から来た人物を探していた、というわけではないため、特に質問は考えていなかった。なので無難に。




