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201話

 バイエルン州ニーダーバイエルン行政管区デッゲンドルフ郡。風光明媚なこの土地には修道院などが多く存在し、穏やかな時が流れる小さな町。ここに住む医師ダヴィド・フュルクルクは、仕事前にはルーティンであるドーナツ屋に寄ることにしている。


 疲れには糖分、とかいうわけでもなく、ただ好きだから。今日は昼過ぎに着く予定。道幅も広く、歩道と車道を分けなくても事故などほとんどない。そこをゆっくりと歩くのがたまらなく好きだ。


 ここの生まれではないが、良くしてくれる近隣住民。職場の人間。サービスの多いドーナツ屋。全てが満たされている。骨を埋めるならここ、と今の段階では考えている。ジャケットとデニムのシンプルなファッション。初対面の人とも挨拶。


「なんだ?」


 不意に携帯が鳴る。メッセージの着信。そこには今週末予定だった、チェスの大会の延期を知らせるもの。どうやら相手が事情により空けるため、一週間ほど先延ばしになったことを伝えられた。


「延期……とは」


 早く指したい。そしてチェスプレーヤーとして名を上げたい。というのも、チェスに限った話ではないが、ボードゲームなどでは個人にスポンサーがつく。トッププレーヤーなどは服装に企業ロゴなどが載り、広告塔として全世界の目に触れる。


 ダヴィドの目的はそれだ。この町は好きだ。医者としての仕事も。だが、なりたくてなったわけではない。親からの期待を裏切れなかっただけ。もう両親が亡くなってから五年は経つ。そろそろいいだろう、と自分のやりたいことを優先すると決めた。


 子供の頃からの夢。チェスプレーヤー。だが稼げないことも知っている。だからこの大会でスポンサーがつくように勝ち上がりたいと考えていた。医者としての給料よりも安いかもしれないが、それでもいい。許されるなら、時間のある時に闇医者として住民の診察もしたいところ。


 ドイツ国内ではかなりの規模の大会。プロも多く、そしてそれを食らうアマチュアの実力者が跋扈する。そのため公式大会よりも注目度が高いことがザラ。だからこそ忙しい合間を縫ってチェスの勉強をし、時間も作った。にもかかわらず延期。


「ふむ。さてどうするか」


 何度か大会の運営とやり取り。不戦勝、では意味がない。相手は二回戦に替え玉で出場という、ほぼ黒で塗りつぶされたグレーなやり口。密かに注目を集める選手。つまり視聴数は他よりも段違いに多いはず。


 そこで勝つこと。一週間の猶予。そのぶん研究をするか? いや、相手の棋譜などほぼないようなもの。ソワソワとした焦りが仕事に影響しないだろうか。


 よし、決断。


「私から出向こう。場所はフランス、パリ。息抜きにもちょうどいい」


 海外からの対局の配信。これも面白いかもしれない。相手も場所も不足はない。美味しいドーナツ。コーヒー。チェス。これ以上の至福の時があるだろうか?

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