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200話

「おい」


 間に通路を挟んで一列三席の一等席。そのひとり席で眠る者に、引率責任者を引き受けたシシーが強めに声をかける。


 ドイツの新幹線は『ICE』と呼ばれる。『インターシティエクスプレス』の頭文字で、最高速度は時速三〇〇キロにも達する、主要都市を結ぶ交通の要。ドイツを中心とし、走行距離によって検査に数時間かかる高速列車。


 フランス、スイス、オランダその他ヨーロッパ各国にも繋がり、予約もなく乗ることができるが、確実に座りたければ数ユーロ支払って指定券を購入する。


 その車内。静かに目を開いたサーシャ。窓の外はもう暗い。乗った時は午前中で明るかったのに。ミュンヘンのあたりではアルプス山脈が近いため雪が降っていた。そこまでは覚えている。


「……どうしたの? 着いた?」


 まだ眠い、とでも言うかのように半開きの目で艶かしく返す。


 が、そんなものが通用するはずもなく、感情を揺らさずシシーは事実のみを伝達。


「もうすぐ着く。そろそろ起きろ」


 珍しいな、という印象だけは持った。いつもは逆に自身のまわりを駆け回るタイプのこいつが、安らかに寝息を立てていた。まぁ、静かでいい旅だったが。


 用件が済んで立ち去ろうとするその背中に、猫のように力感なくサーシャはもたれかかった。


「シシー」


「甘えるな。自分で立て。サーシャ」


 軽い。体重何キロなんだ? と余計なことを考えつつ、シシーはその体を払いのける。やはりこいつは油断ならない。隙を見せたわけではないが、すぐにこう。こいつだけアムステルダム行きに乗せるべきだったか。


 んー、と少し不満げにサーシャは耳元で囁く。


「今はリディアだよ。てか僕も喋り方変えなきゃ。こっちでは彼女、ってことで」


 お淑やかに。いや、なんでもいいんだけどね。気持ちの切り替え、という意味で。それにここからはフランス語だし。


「……なんでリディアなんだ? 別にどちらでもいいだろう。ややこしい」


 なぜ妹の名を名乗る。ここに来れないから、ということだろうか。こいつなりの気遣いか? とシシーは睨んだ。


 自分に興味を持ってくれた。喜びを押し殺しつつ、サーシャは遊ぶ。


「理由、当ててみなよ。得意でしょ? クイズ」


「興味ない」


 どうでもいい。ここから離れよう。他にもシシーにはやることがある。こいつにだけ構っている時間は無駄。だが。


「シシー」


 呼び止めたサーシャは、再度座席に座る。楽しさを表現するように、お淑やかとは真逆にドカッと勢いよく。


 気まぐれに付き合わされ、流石にうんざりするシシー。自分の代わりに大会に出て、しっかりと星を勝ち取ってきた褒美とはいえ、やりすぎたか、と自戒の念。


「なんだまた」


 どうせどうでもいいこと。無視して行くか。


 だが、日が暮れた窓の外を、遠い目で見ながらサーシャは物憂げに窓枠に頬杖をついた。


「……前にさ、チェスで人は死ぬか、って聞いてきたよね」


 初めて会った日。お互いに死を覚悟した、心躍る月夜の宴。


 あまり思い出したくはないシシーだが、よく覚えてはいる。部屋の中に毒を撒かれるという、もはやチェスどころではなかったあの日。


「あったな。それがどうした?」


 ま、自分も毒の香水を身につけていたわけだが。


 すぐには返さず、サーシャは夢のことを思い出す。甘く、淡く、浅い夢。


「ちょっと訂正。チェスで人は死ぬし。生きもする」


 そして生き続ける。幻かもしれないけど。心の中で。


 なんとなく。言いたいことがシシーには伝わった気がする。おそらくリディアのことだろう。深入りする話ではない。


「……二人を起こしてくる」


 二人。アニエルカ・スピラとユリアーネ・クロイツァー。合計四人のフランス旅。とはいっても一応は勉強、という名目。


 窓の外にはビルが多くなってきた。モンマルトルの丘のサクレクール寺院。実は待ちきれなくて一度、サーシャは先に来てたりするので、感動は少し控えめ。でも。


「……やっと通えるね、リディア」


 もう少し眠ろうか。夢でなら。キミに会えるから。

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