199話
少し止まったあと、サーシャは「ふふっ」と笑った。スピリチュアルとか。霊感とか。そんなものは信じていないし。自分にあるとは思えない。だからこれはきっと自分が生み出した、都合のいい彼女で。それでも。夢でも現実でも幻でも嘘でもなんでもいい。
「なんでもない。ただ——」
「ただ?」
「素敵なことがあっただけ」
リディアを演じるもうひとりの自分。それでいい。たぶんチェスは強いんだろうな、彼女より。
「……よくわかんないけど、一応チェスやる時は私が姉ってことにしておいてね。未成年連れ回してる、ってなると厄介だし」
口裏合わせ。それにフェリシタスからしても、提案した手前、できるだけリスクは省く。稼ぎすぎないように。でもチープな賭けにならないように。バランスを取らねば。
了承するサーシャだが、そうなるとひとつ、嬉しいことが。
「じゃあリディアは僕の妹、ってことになるね」
(私のほうがお姉さんだと思う)
彼女が言いそうなことを、勝手に僕の内部AIが変換してくれているのかな。でも、本当に言いそうだ。
それからしばらくはそうして賭けチェスに身を投じていたが、フェリシタスが大学入学を機に、少しずつ離れた時間ができてきて。それでも、
「いい? 絶対に私がいない時はダメだからね。わかった?」
そんな風に口うるさく、本当の姉のように接してくれて。
でも時々、本当に危険な時もある。身の丈に合わない額の勝負をしたり。すごい高価な楽器を賭けるから、勝ったら一緒に暮らそう、なんてのも。フェリシタスがいないのをいいことに、少しだけ羽目を外してみたり。リディアにバレたらどう思われるのだろう。
自身にリスクジャンキーな面があって。それを楽しんでしまう。姉を困らせるのは楽しい。それでも負ける気はしなかった。
(私がいるから)
賭けチェスをしていると、自身が必要とされている、と感じる瞬間がある。まぁ勝手にそう思っているだけなんだけど。そのヒリつく空間を生み出しているのは自分と相手。それがなければこの緊張感は楽しむことができない。
だけど。勝ったあとの報酬しか見ていない人物はつまらない。その場合は小細工する。毒とか。そうじゃない、その過程を楽しめる。そんな相手がいたら。例えば。
『死ぬギリギリの絶頂でチェスが指せる』。
そんな人に必要とされたら——




