198話
「プロのチェスプレーヤーってこと? 残念ながら、強い人なんていっぱいいる。それに明確な定義がないんだ。なりようがない」
実は一時、サーシャとしても考えたこともないではない。リディアと一緒にいる時間を確保しよう、と考えた時。チェスって稼げるのかな、と。だが、当たり前だが茨の道。さらに強くてもスポンサーがついたりしないと、そこまで稼げない。
しかし自称・優等生は当たり前のように案を出す。
「違う。賭けチェス。違法な額で」
これなら。即いける。なんなら売春よりも稼げるかもしれない。マイナスになることもあるかもだけど。そこはほら、ギャンブル大好きな国民性ゆえに? 元気出てきた。
相変わらずなにかが噛み合わない歯痒さをサーシャは感じる。
「……さっきまで違法なこと禁止、みたいに泣いてなかった?」
あの涙はなに? もう忘れたの?
はぁ、と大きくフェリシタスはため息をついた。
「あれは売春。賭けチェスなら。あの見られながらじゃないと、って人いるでしょ? あの人、実はそういうの詳しかったはず。お金以外にも、高級な宝石とか芸術品とか。そういうの賭けてるチェスの大会あるんだって。知り合いがよく出るらしいのよ」
それ以外にも、実は酒場なんかでは秘密裏にヤバい額で賭けたり。店員も金渡されて見て見ぬフリだったり。公園でも。そういう国なのだ。ドイツは。
お金がかかる。しかもデカい。それはつまり危険度が上がるわけで。今までとは違うリスク。とはいえ、それは勝ってしまった場合の話。サーシャは自分の腕前は弁えている。
「だから僕はそんな強くないって——」
(大丈夫)
「——え」
聞き覚えのある声。少し舌足らずで、苦いものが苦手そうな。そんな声がサーシャの耳に。聞こえた。
「大丈夫。私もついていってあげるから。リンチされそうになったら大声で助け呼んであげる」
もう勝った気でいるフェリシタス。子供の柔らかい脳。今から鍛えれば充分にいける。天才とか持て囃されたらどうしよう? テレビとか。ネットとか。お金、集まるかもね。
気のせい? 幻聴? いや、でも——
(大丈夫だから)
「? どうしたの?」
なにかを探すように。キョロキョロと室内を見回すサーシャにフェリシタスは声をかけた。ちょっと怖い。子供や動物は幽霊とかに敏感そうで。あまり得意な話題ではない。




