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191話

 それに引き換え、重力が二倍、三倍になったように体も気持ちもどんよりとするフェリシタス。現実的ではない。


「はっ。どうやって。そんな額、あんたみたいな子供には——」


「今よりもお客さんの数を倍、いや、三倍にしてほしい。できるよね? オプションも全部受け入れる」


 それがサーシャの覚悟。リターンを求めるならば。捧げられるものは自身の体しかないから。


「……そんなのオッケー出すと思う?」


 自身の家庭の都合を。年端もいかない子供に押し付けて。自分達は悠々と。自責の念くらいある、とフェリシタスは首を縦に振るわけがない。今まで自分がしてきたことすらも。なんだか冷静になって寒気がしてきた。謝っても足りないくらい。


 だが当のサーシャはあっけらかんとしている。


「なにか勘違いしているようだけど。別に僕は色んな人と関係を持つの、嫌いじゃないし、むしろ好きだ。必要とされるからね。だから気に病むことではないし、僕が好きでやっていること」


 それにお金ももらえるし、と明るく。


 じっくりと。じっくりとフェリシタスは頭の中を整理。し終えても、気は晴れない。


「……なら、私が費用を出す。だからサーシャは——」


「僕にはこれくらいしかできないんだから。取らないでよ」


 そのサーシャの笑顔は儚げで。


 だが、それを枕元の間接照明に照らされ、美しいとさえフェリシタスは感じてしまった。


「……いや、やっぱり——」


 ダメだ。できるわけがない。そう断ろうとした唇はサーシャによって塞がれる。積極的な、激しい口付け。いつもは自分がリードするはずなのに。奪われる形で。


《頼む》


 そんな想いが乗っているキス。潤んだ瞳で願うサーシャ。これ以外に思いつかないし、リディアがいない自身の『隙間』を埋める方法もこれしかわからない。


 罪の意識。フェリシタスはその十字架を。自身も背負うことに。今後何度も自問自答し、死ぬ時にも悩みながら死ぬのかもしれない。唇を離すと、唾液が糸を引いて頬にかかる。観念……するのにさらに二〇秒ほど必要とした。


「……わかった。でも、限界を感じたら止めさせる。それ以降はこの仕事は禁止。足を洗って、真っ当に生きる。約束」


 片棒を担ぐ。でも、その時だと思ったらすぐに降ろして。抱き抱えて違う世界に投げ込む。それくらいは許してよ。


 安堵のようなため息。サーシャがさらに潤む。


「……ありがと」


 正解じゃないかもしれない。でもこうやって自分にできることを。今できる精一杯を。


 だとしたら。フェリシタスは割り切って援助する。


「じゃあ、最初のお客さんは私、ってことで」


 自分の性欲は満たされる。そのお金は妹のためになる。一石二鳥。上手いこと世界は回っている。


 それはちょっと予想外、ではあったが、服を脱がされながらサーシャに浮かぶものは感謝。


「ありがとう、うん」


 出来る限りのサービスを。その想いから、丁寧に全身に舌を這わせる。


 その様を見ながら、まだやはり少し気後れはありつつも、フェリシタスは気になることを聞かずにはいられない。


「好きな人のために、色んな人達にヤラれるって、どんな気持ちなの?」


 上目遣いをするアナタへの、意地悪な質問。好きな人、その姉。愛したり、気になりもしない姉。重ねて見ている?


「そうだね——」


 言われてみれば、そういうことだね、と今、認識したサーシャ。その素直な感想。笑みが溢れる。


「とても、素敵なことだと思う」


 そのために僕は。生きてきたのだろうから。

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