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190話

「それで?」


 興味のある話。一旦、手を離すフェリシタス。妹は見ていないところでどんなだったのか。この子しか知らないから。チェスだってしたことない。


 思い出すのは必死な彼女の顔。声。サーシャの一方的な試合展開ばかり。チェスクロックもない、子供の遊び。


「負けても負けても。次は勝つって止めないんだ。手を抜くと怒るし。だから本気でやるんだけど、それでも彼女は諦めなかった。チェスってさ、想いが乗るんだよね」


「想い?」


 よくわからないため、朧げながらフェリシタスはチェスを思い浮かべる。マス目の多い板。色々な形の駒。あとは……なんか書き込んでるやつ。棋譜だっけ? どこに想いが?


 やってみないとわからない感覚。口に出すよりも駒達が語ってくれる、とサーシャ。


「会話になるんだ。深いところで、っていうのかな。不思議でしょ? ただ駒を動かすだけなのに」


 自分でもよくわからないことを言っているなとは思う。が、そうとしか言えないのだからそのまま。


 そんなオカルトじみたこと、とはフェリシタスは思わない。この子がそう言うのであれば、そういうことなのだろう。信頼できるかどうかは、あの子の楽しそうな顔を思い出せばわかる。


「それで、どんなことをあの子は伝えてきたの?」


 家族にも伝えなかったこと。もう聞くことができないこと。最後の言葉。


「……最後、彼女の手順でストップしてるんだ。一七手目。もうすぐ勝負が決まっちゃうんだけど」


 何局も。何十局も相見えて。サーシャに伝わった言葉。




《あなたともっと。チェスが指したい》




 生きたい理由なんて、それだけで充分だ。




 一度目を閉じ、そして託されたサーシャは真っ直ぐにフェリシタスを見据えた。


「だから、その右手は受け取れない」


 チェスにおいて、握手は負けを、諦めを意味する。彼女は意地でも認めなかった。ならば、代理の者であってもその手は握れない。


 タバコを灰皿に雑に押し付けるフェリシタス。そして睨みつけ、握手を求めていた右手はサーシャの頬をガッチリと掴む。


「……じゃあどうすんの? 言ったでしょ? 想いだけじゃ無理。ここからは病院に移って、色んな装置を取り付けて眠り続けるしかない。あの子には……悪いけど……もし生き続けて、入院しっぱなしだとしたら……ウチにはそれを続けられるほどのお金は——」


「僕が出す。いや、出させてほしい。いくらかかっても。最後の時まで」


 そしてサーシャは立ち上がる。服を着直し、口紅も。自分を纏うものが増えるごとに、気持ちがリセットされていくような。物事を決めたのならやるだけ。スッキリとクリアな頭の中。もう迷わない。

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