188話
もちろん、お互いに初心者だからそう思えるのかもしれない。だが、上級者とやりたい、というわけでもない。きっとリディアとだから、なんだと確信している。だんだんと、心に変化が生まれる。
「休みたい、ねぇ……」
再度、意を決したサーシャはフェリシタスに打ち明けた。心に隙間が生まれる、微睡の中。ここ最近は、呼び出されても行為はしない。してもキスのみ。
なぜこんなことを相談しているかというと、いつの間にかフェリシタスが他の女性とサーシャの窓口のようになっているから。望んだわけではないが、まわりからの後押しのようなものもあり、体よく役職に就いてしまった。まぁ、管理できるからいいけど。
そんなこんなで、サーシャはリディアとの時間を作りたい、と考えるようになった。理由は明白。彼女の体調が芳しくないから。当然、それなら会わないで療養を勧めてはいる。
だが、なにをしても死ぬのであれば、せめて好きなことをして、とリディア談。
そして会う度にチェスを指す。もう、それくらいしか会話の方法がないから。相手のミスを支えるように。もう、リディアはサーシャがわざと負けようとしているとか、そういった判断もできない。構音障害はさらに進行し、喋ることもままならなくなった。
その他、視力障害に歩行障害も上乗せ。もうほとんど見えないし、歩くどころか立ち上がることも。一番最後は肩を貸して歩いて、最終的には背負って送り届けた。
「で、休んでどうすんの?」
不機嫌そうにフェリシタスは起き上がってベッドに腰掛け、タバコをくわえて火をつける。だが中々つかず、ジッポを壁に投げつけた。火のついていないタバコも指で弾き、それが空を舞って床に落ちる。
それをまるでスローモーションのように見ていたサーシャは、もっと、なんだったら家で看病でもなんでもいいからいさせてほしい、と申し出た。味付けの薄いスープなら作れるし、もし体調がいい日であれば、外に散歩へ。
「無理」
投げつけた壁を見ながらフェリシタスは断った。変な期待などさせないように、よく切れる包丁で切った断面くらいバッサリと。
「もう起きない。医者からも説明は受けた。延命措置もなし。少ししたら、スイスに連れて行く。あそこはほら、安楽死が許されているし」
こんなこともあろうかと、自身のハンドバッグを漁ると、マッチが出てきた。ドイツ生まれの、薬頭と箱の側面のヤスリ部分を擦らないと発火しない、よく見るやつ。拾ったタバコをくわえて火をつける。あー、美味い。




