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187話

「サーシャ、聞いてる?」


 もう何度目かもわからない。最近はフェリシタスに呼ばれる回数より、リディアと会う回数のほうが増えてきた。他に欲望を満たせる相手が見つかったのかな。それはそれで少し寂しい。休みたい、とか言っていたけどやっぱり応えたい。で、なんだっけ?


 もう、とリディアが頬を膨らませる。


「だから、チェス、くらいだったら一緒に遊べるかな、って。結構、研究してたから。やること、ないし」


 チェス。なんだかとても久々にサーシャはその単語を聞いた気がした。一時期は図書館で調べたりしていたが、ここ最近は駒を握ることはもちろん、マス目を気にすることさえなくなっていた。まだほんのりと記憶にはある。シシリアンディフェンスとか。


 なんだか気が逸る。四人がけの窓側の席。待ちきれないリディアは隣のイスに手を伸ばす。


「というわけで。今日は。さっき、借りてきた」


 こっそり仕込まれていた道具一式。ドイツではチェスが置いてある店はそれなりに多い。かなり使い込まれているが、それはつまりここで長い歴史を過ごしてきたということ。


 呆気に取られたサーシャは、口を開けたまま成り行きを見守るしかできない。


「少しなら、教えること、できるから」


 そんなプロみたいな、映画のような綺麗な指し方とかはできないけど。遊ぶぶんには、たぶん。ひとつひとつ場所を確認しながらリディアは駒を置く。


 ナイトの駒を握ったサーシャは、まだ呆然と手触りを確かめるに留まっている。懐かしいような、初めて触るような。そんな不思議な感情。なんとなく彼女に先手を譲った。理由はない、というか、勝手に自陣を白の駒で組み始めていたから。


 指し初めていたら、少しずつサーシャは感覚を取り戻し始めてきた。とは言っても、何種類かのオープニングとディフェンスを知っているだけ。途中も間違うが、それ以上にリディアがめちゃくちゃな指し方の悪手を繰り返すので、結果的に勝つ。


「これじゃ、全然教える、とかじゃないね」


 四局ほど指したが、全部サーシャの勝ち。途中、流石に勝ちすぎかと思ってわざと負けるような指し方をしたが、バレて無効試合に。


「そういうの、よくない。でも、ありがと」


 楽しむことが目的なので、これでよし。お金もかからないし、言葉での対話と違う、心からの対話をしているようで。駒を介して想いを伝え合うような。


 以前は誰かと指す、ということがほとんど叶わなかったが、こうして遊んでいると、結構面白いのかも、という気持ちがサーシャに生まれる。相手の思考の外から奇襲を仕掛ける。『呼吸』を感じ取り、吐く瞬間と吸う瞬間、とでも言えばいいのか、を乱す。

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