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179話

 日に日に経済状況は悪化していく。いつまでも売春婦を続けられるわけがない、と女性はわかっていた。となると新しい職。もちろん収入は売春時代よりも安い。が、長い目で見ること。そのためにしばらくはより貧しさを経験することになるけど。


「僕は大丈夫だから」


 そう言ってサーシャは女性を落ち着かせた。元々、もっとひどい暮らしをしていたのだから。味のないスープだって気にならないし、小さなヴルストを分け合うのだって。日に日に痩せ細る女性に、心配しつつもなにかできることはないか。追求する日々。


 もう何日も干していないシーツの上。ある日サーシャが目を覚ますと、少し違和感を抱くようになった。今まで聖母のように慈しんできてくれた女性の目から、光がないような。新しい仕事のストレス、そう言われたので見様見真似でマッサージ。弱い力で肩や腰などを押す。


「僕にもこれくらいならできるから」


 これくらいしか。役に立っているのかはわからない。けど女性は「ありがとう」と小さくこぼしてくれた。時々嗚咽を漏らす。泣いているかのような、だがあえて聞かないでおく。人には知られたくないことだってあるだろうから。全身を擦るようにしてくれるだけでも、と言われたので、力がなくてもできることが増えた。


 以前であれば街に買い物や食事などに行っていたが、最近はあまり行けていない。なにをするにもお金がかかるし、女性が歩くのも辛そうに感じたから。だがサーシャには別に気にならない。一緒にいれるのであれば。横で寝息を立ててくれているだけで。


 ある日、ゴミ捨て場にそのまま捨てられていた、ということで女性が持ち帰ってきてくれたものがある。チェスボードと駒のセット。もうボロボロなので、買い換えたのだろう。それでいらなくなった、と。だがまだまだ使おうと思えば、遊ぼうと思えば全然問題ない。この部屋に娯楽がやってきた。


 これならお金がかからない。さらに家から出るのが億劫になってきた女性のこともあり、一緒に遊べるチェスは最適だった。ルールくらいならドイツであれば誰でも知っている。初心者同士。間違いだらけ。戦術などないかのように。だが『楽しい』という本質は捉えていて。


 そうなってくると、よりサーシャはチェスのことを知りたくなる。図書館に行けばチェスの本がある。戦術。戦型。ディフェンス。オープニング。思考。あらゆることが学べる。仕事も休みがちで常に寝ている女性の邪魔をしては悪いので、よく入り浸るようになった。

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