176話
ベルリンの冬はいつも曇りか雨。たまに晴れ。ほとんど雪が降らない。降ったら降ったでいつもの寒さがさらに寒くなるだけ。あまり積もらないから雪合戦もできないし、ソリで滑るくらいがギリギリできるかどうか。
だからだろうか。大雪が降った時のことはよく覚えている。大人も雪だるまを作り、動物園のホッキョクグマはいつもよりさらに過ごしやすそうで。
サーシャ・リュディガーは、幼い頃から自分の性に無頓着であった。少年のように髪を短く刈り上げることもあれば、少女のようにスカートも履く。性がどう自分に影響するのかわからない。女だって刈り上げるし、男だってスカート履いていい。
なにが正しいか、なんてわからないまま生きてきた。親はいた。だけど教えてくれる人はいない。薄汚れた家の中で捨てられたようなもの。だから道で寝ていた人の服を着て、拾った口紅を塗り、落ちているアイスの棒を齧ると少し味がした。
今日はショコラーデ。当たりだ。水に濡らして吸えばより長く味が楽しめる。色々試してみた結果の知恵。
ベルリンはヴェディング地区のレオポルド広場。土曜日の日中などは価格の安い蚤の市などを開催している、地元民が集まる賑やかな憩いの場。だが夜になると麻薬中毒者などが蔓延り、治安が一気に悪化する。ギャングの抗争なども頻発する、特に危険な地帯。
どれくらい危険かというと、ここを管轄する警察署の職員が、治安の悪さをヒップホップ調の歌にして動画サイトなどに載っけるほど。一般人も恐喝などに頻繁にあう。
そんな場所で勝手に育ったサーシャ。近くのアパートに住む知らない世話焼きのおばあさんが面倒を見てくれ、なんとか育っていった、というほうが正しい。学校には行ったことはないが非常に頭は良かった。コミュニケーション能力も、計算能力も。自分の意見だってはっきりと述べるし、相手の顔色だって窺える。
おばあさんは暇を持て余していたらしく。「本当の孫みたい」とのこと。だから、泣き止まない、夜寝ない赤ん坊を育てることに苦はなかったそうだ。いや、やっぱりあった。ご飯をなかなか食べない。これが大変だったらしい。好き嫌いも多かったとのこと。
そんなおばあさんはサーシャが九歳くらいの時に亡くなった。人は死ぬ、と初めて知ったが悲しさはなかった。そういうものだと認識していたから。とりあえず隣のアパートの人に死んでいることを伝えたら、嫌々ながらも警察に電話してくれた。




