175話
「ひとつ、いや、いくつか条件をつけさせてもらってもいいですか?」
ケーニギンクローネ女学院職員室。職員室といっても、ドイツでは教師にそれぞれ机やイスがあてがわれているわけではなく、自由席。専用はロッカーくらい。いくつかの大きな机とイスが置かれているだけ。とはいえ、資料が載ったままになっている席も多いので、なんとなくは決まっている。
窓側で座る教師エルガ・ティラーは、学院で一番の優等生シシー・リーフェンシュタールにそう会話を切り出された。直近に迫った姉妹校との交流。パリ行き。手元の資料を机に置き、背もたれに寄りかかる。
「まぁ、あなたのことだから大概は許されるだろうけど……どんなことかしら?」
人望も厚く、正しいことを行う、というよりは『行うことが正しくなってしまう』ような錯覚すら覚えてしまうほどの生徒。直前でキャンセルだったとしても、彼女の言うことなら、と許せてしまう。
しかし虫も殺さないような笑顔を崩さないシシーは、少々の無茶を声色そのままで通そうとする。
「簡単です。行ける人数を増やしてほしいことと、来年以降にウチに転入してくる予定の子がいましてね。その子も連れて行けたらと」
それだけ。あなたならできるでしょう? そんな言葉までついてきそうな。
ひと呼吸置いてエルガはコーヒーに口をつけた。元々は二名。さらに二名。合計四名。うち片方は現在は学院の生徒ですらない。
「でも今回の交流は——」
「わかっています。GPAの最上位だけ。だからユリアーネさんと俺だけなわけで。ですがあと二名。ほら、賑やかなほうが楽しいでしょう?」
まるでピクニックの感覚でシシーは提案する。そのためにお金を出してくれませんかね、と。ほら。あなたならできるでしょう?
もし。もしも他の生徒からこんなこと言われたら即却下だが、相手が相手。学院始まって以来の天才。迷いの出るエルガ。諸々の打ち合わせを向こうと再度しなければならないが、検討は前向き。
「楽しい、って。まぁ正式な留学とは違うし、今年からだから実験的に、ってことで緩く設定はされているけども。ちなみにどんな子?」
それを聞いてからでも遅くはない。問題児じゃなければ、個人的にはいいと思う。
「ひとりはユリアーネさんと同級生で友人のアニエルカ・スピラさん。もうひとりはまだ前期中等教育課程なので。学業の面では問題はないでしょう」
後者は性格に問題はありそうだが。しかし、チェスの技能から見るに知能は恐ろしく高い。勉強などしたことないだろうが、すぐに追いつくだろう。フォローはしますよ、とシシーは付け加えた。
うーん、と一応は考えるフリをエルガはしてみる。即決してしまうと、いいように操られているようで教師としてのメンツが立たない。ま、いっか、という結論。コーヒーの苦味が口の中で蘇ってきた。
「案として提出しておきますけど。あなたのことは全面的に信頼されているからね。通るでしょう、きっと」
生徒の自主性に任せるのも教師の仕事。失敗、はないだろう。
まだ口約束の段階。油断はしないが、それならそれでシシーに手はある。事を荒立てたくはないだけ。そのためにこうしている。
「ありがとうございます。一応、今日そのまだウチの生徒じゃない子にも来てもらってるので。会っておきますか? たぶんもの珍しさであっちこっち行ってるんでしょう」
手なづけるのが難しくて、と言い訳。微笑みでカバー。
この子でも扱いきれない? と少し不安の出てきたエルガ。まぁ、このあとは特に予定もない。
「そう、ね。とりあえず挨拶だけ。名前は?」
問われ、もうひとつの名前を言いそうになり、慌ててシシーは飲み込む。
そう。彼女の名は。
「リディア・リュディガー。気にいると思いますよ」
たぶん。責任は持たないけど。




