173話
言われてみると、たしかに様々な都市で指したシシーにも、思い当たる節がある。自分には浸透しなかったが。
「それはあるかもな。オンラインチェスでも痛感する」
今までのネット対局は全て覚えている。照合してみると、攻めに傾倒したオープニングを使ってくる人物は多かった。実戦ではないから色々試しているだけ、なのかもしれないが、納得はできる。
となると気になるのはその他の国。国際大会なども多数経験したマティアスに染み込んだイメージ。
「でしょ? その中で僕が一番厄介だと思ったのは——」
「思ったのは?」
ヨーロッパの国は大小あるが多い。シシーの脳裏に各国の国旗が旗めく。
しっかりと溜めを作り、マティアスは視線を集める。独裁者などはこういった『間』を使うのが上手かったそうだ。一斉に惹きつける『間』。イスを立ち上がるにしろ、喋るにしろ。どうでもいいか、と内心でごちる。
「フランス。競技人口はヨーロッパ随一。どちらかというと慎重な人が多い。マクシミリアンもこっちのタイプかな」
強さでいえばロシアや北欧。だが、嫌らしさという点ではフランス。なんなんだろうね、といまだにわからない。
慎重。ジャブで牽制し合うだけで時間が流れそうな。隙を見せない戦い方は、たしかにシシーにもやりづらさを感じる。攻めてきてくれれば。痺れを切らして自分から攻めると隙を見せる。自分もこちらだな、と確信を持つ。
「たしかに厄介だ。有利不利がはっきりと感じづらい。雲を掴んでいるような」
だがそんな相手をコントロールするのも面白い。今の自分に不足していた部分を補うにはいいかもしれないな、と前向きに受け取る。フランス。ちょうどいい、学院の視察で姉妹校に向かう。期間は短いが、夜のパリは治安が悪そうだ。いくらでも賭場はあるだろう。
「行くんでしょ? お土産期待しておく」
そのことを事前に知らされていたマティアスは、思考を読み先手を打つ。ついでにチェスのほうも。もう終盤。
難しい手。この爺さんも充分に妖怪の類だな、とシシーは盤面を一瞥。
「俺達はそういう関係じゃないだろう。期待するな。話くらいなら持ち帰ってやる」
席を立つ。勝敗はお互いにわかっている。
公園の出口に向かう少女の背中。そこにマティアスは声をかける。
「クー・シー」
足を止め、流し目でシシーは振り返る。まるで映画のワンシーンのように、彼女の所作はサマになっている。無論、意識してやっているわけではない。そうなってしまう。




