171話
それにはシシーも納得。
「なるほどな。たしかに、クイーンは時々キングより愛おしく見える時がある。だいたいそういう時は負ける」
それはつまり、対局の大前提を忘れているということ。戦術は、戦法は、戦型は勝つためにある。逆算できていない証拠。だが、それを人間に求めるのは酷である。チェスは一手で世界が変わる。
そして長年培った経験から得た、マティアスの教訓。
「チェスは性格の悪いヤツが勝つ。『強い』じゃない。『勝つ』んだ」
優等生的な指し方よりも、相手を騙し、怯え、意地汚く戦うことが賞賛される。そんな世界。さらに彼女の生きる場所は、賭け事の対象として、文字通り駒として見られているわけで。勝つこと。泥を啜ってでも。
「なんだ今日は。哲学の講師にでもなるつもりか? 強いヤツは強い。勝つヤツが強いヤツだ」
シシーは手を進める。なにも賭けてはいない勝負。だが、負けるつもりはない。この男にだけは。
しかし経験豊富なマティアスとしては、チェスというものの見方を少し変えている。マインドスポーツとも言われており、オリンピックの競技候補にも選出されるこのボードゲームは、当然ながら競技者のマインドにより戦術の好みが変わってくる。
「その強さには違いがある。例えば。ヨーロッパのサッカー四大リーグがあるでしょ?」
サッカー大好きドイツ人。娯楽が全体的に不足している、とまで囁かれているこの国において、圧倒的な人気を誇る球技を例に出した。
「五大だったりも聞くがな。それがどうした?」
イングランド・ドイツ・イタリア・スペイン。そして入ったり入らなかったりフランス。サッカー観戦が趣味ではあるシシーにとっては入るらしい。
少々回りくどく会話を主導していくマティアス。会話そのものが好きな国民性。あえて。
「ボールを蹴って、相手ゴールに多く入れた方が勝ち。シンプルなルールだけど、国ごとに微妙な違いがあるんだ。知ってる?」
まず、スタジアムによってコートのサイズが違う。だがそういった意味ではない。リーグごとの特徴。
なにかで聞いたことがある。しかし対局中だというのに全く違う話になっていることに、浮かない顔のシシー。また別の時にでもしてほしい。
「軽くは。そんなもの、個人差やチーム差があるだろう。戦術だってある。信用できんな」
お互いに駒を進めつつも、盤外では球技。多少は頭の中で混ざっていく。
時間だけは常日頃から持て余しているマティアスは、そういった事を調べるのも好き。なんせドイツ人には好きなスポーツランキングで三位以内に今も昔も入るのだから。
「まぁまぁ。だけどスペインなんかは、審判の基準が厳しく設定されていたりすることで、接触にはカードが出やすい。ゆえにボールをポゼッションする技術が一番高いとか。イタリアなんかは守備的だっていうけど、リーグ全体の得点数が四大リーグで一番少ないことで証明している」




