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164話

 「慎重だね」


 そんな性格分析を終わらせたサーシャは、深層に引き摺り込む準備を着々と進める。◇ポーンd5。


 ◆ビショップb7。じわりとコンラートの手に汗。いまだ相手はポーンのみ。見たことのない棋譜。


(どこだ……いつ、動きだす……? なぜこんな戦法を……?)


 予感がする。悪い予感だ。評価値はどうなっている? そもそも、評価値など、人対人の対局に意味があるのか? 全てに疑心暗鬼になる。


「悩んでる、って顔だね。まぁ、存分に悩みなよ。それが僕の策なのかもしれないけど」


 ◇ポーンd5。◆ナイトb8を牽制。展開を阻止するためにも、サーシャはポーンの進撃をやめない。ネットでのライブ配信を観ている者達も、異様な展開に意見が飛び交う。舐めたプレーだとする意見もあれば、この先の一瞬の攻防に注目する意見など多彩だ。


 悩み抜いた結果、指したコンラートの手は◆ビショップb7。このまま受け身でいると、なにか今までに感じたことのない、得体の知れない波に呑まれる気がして、大駒で先手を打ちにいく。中央付近を制圧するには、斜めから切り込んでいくのが妥当、と判断した。


「……」


 もはや喋り返す余裕はない。まだ七手目であるが、エンドゲームと同じくらいエネルギーを消費している、そんな気がする。


 そんな相手を嘲笑うかのように、含み笑いをするサーシャは◇ポーンg5。より◇ポーンh6のサポートを強化した。これで相手は迂闊にテイクできない。


「チェスはメンタルを削り合うスポーツだ。いくら教科書を読んでも答えは載ってないよ。そういう戦いを続けてきて、やっと見えてくるものがある」


「僕もたくさん対人戦を、オンラインも含めてやってきた。自信がある。負ける要素はない」


 コッ、とコンラートが◆ポーンc6を移動するにも力が入る。その音が静寂を切り裂き、自身の迷いも打ち消そうとする。


 だが、すでにそれこそがサーシャの術中。平常心を崩した瞬間を見逃さない。


「そろそろかな」


 ここでついに◇ビショップg2。この先の展開は見えた。あとは仕上げを怠らないように。警戒するコンラートの言葉通り、突如ギアを変える。中央のポーンのサポートをしつつ、したたかに。


 やっとか、となぜか安堵しつつコンラートは一旦落ち着く。盤面を俯瞰で見、なにか見落としがないか。ない、はず。自信を持って◆ポーンd5で相手ポーンをテイク。仕切り直し、ではないが、中央を制圧。基本通りに。どこかでこちらも味付けを変えなければ。


 そんな内外をザワつかせつつある中、サーシャは不敵に笑うのみ。意図を掴ませない。だが、気づかないようだと、ここからキミにターンはまわってこない。早いけどここが分岐点になる。

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