16話
五倍。つまり二〇〇〇ユーロ。もはや飲みの場で賭ける金額を大きく逸脱している。しかし、
「かまわねぇ。吠え面かくなよ」
シシーには額などもはや関係ない。勝てばなにも問題はない。しかもパリオープニングなどという、ふざけたオープニング。負けたら死すらも厭わない。
「ほっほ」
余裕すら見せる老人の言動に、すでにパンパンに殺意を膨らませたシシーは見開いた目で老人を射殺す。
「来い」
攻め方はいくらでもある。ビショップで一気にいくか、ナイトで相手ポーンを孤立させるか。いずれにせよ、誘い込んでからが勝負だ。一瞬で終わらせてやる。
「来い来い来い」
しかし、ことごとく思考の上を行かれ、
六分三二秒後。
青ざめた顔をしてシシーは小声で呟く。
「……嘘、だ……負……ウソ……だって……パリ、オープニング……なん、て……偽……」
再度、老人は席を立ち、今度こそ帰ろうとする。樽の上にはさらに一〇〇ユーロプラスして、二〇〇ユーロ置いた。
「さっきも言ったけど、お金を取るつもりはないよ。持ってないでしょ? もうこんなことやめて、真っ当にーー」
「触んなッ!」
宥めるように、老人がシシーに肩に手を置くと、もの凄い勢いで弾かれる。さすがに周囲の人間達も、今回ばかりはなにかあったのかと、近づいてくる。
「おいおい、どうした。じいさんになんかされたのか?」
と、恰幅のいいチェックシャツの中年男性が真っ先に近づいてきた。
が、急に払いのけたことで腹部に衝撃が走り、シシーは猛烈な吐き気に襲われる。
「うッ!うぐッ!」
口を両手で抑え、そのまま店のドアに体当たりでブチ開け、外に走り抜けていく。一瞬の出来事で、店内が唖然として、無音の状態となる。視線が老人に集まる。
「うーんと……」
いたたまれなくなり、老人は手を上げて発言する。
「お会計、お願いします」
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