157話
コンラート・ファスベンダーは、規律を守る。齢一四、その年代のチェス選手権で準優勝できたのも、基本であるオープニングのルイロペスや、シシリアンディフェンスなど、基礎となる部分の研究を怠らなかったからだ。
元々はドイツといえばサッカーやハンドボールなど、球技が盛んな国であり、ひと通りはやってみた。が、一番しっくりきたのはイスに座ってプレーするチェス。年齢も性別も関係ない、誰でも遊べ、誰でも競える。のめり込むのに時間はいらなかった。
「基本こそ最強」
という理念を掲げて挑んだユース選手権だったが、決勝では相手の奇を衒った指し回しに遅れをとり、結果敗北。そこで感じたのは、基本は最強ではあるが、そこに若干の遊びのエッセンスを加える必要性。アドリブ力、と言っていいのかもしれない。
天才的なチェスプレーヤーは、と考えたら多くの者は『ボビー・フィッシャー』を挙げる。進化を続けるチェスにおいて、いまだに彼の棋譜が最上のものであると言われているし、狂気に満ちた人生からくる、基本など無視した自由な発想。これこそが目指すもの。性格だけは真似したくないけど。
ならば、と彼をなぞるために、コンラートは仕合の条件として、『無音の中。カメラとアービターのみ』というものを提案してみた。非公式ゆえ、相手が了承すればいい。ボビー・フィッシャーは世界一を決める公式大会でこれをやっていた、と映画で観た。
彼の伝記映画『完全なるチェックメイト』を、対局の前には必ず観る。基本のみに縛られないように。遊び、そう、遊びを入れるんだ。そのためにこの大会で、この先プロとして生きていくために、優勝を目指して勝ち進む。
次の相手は毒蜂、という名前。おどろおどろしいが、初戦の棋譜は美しかった。スミスモラギャンビットで攻撃的に出つつ、相手のトラップを掻い潜り意識の外からのナイト。ティック・タック・トゥという人物の受けも堅かったが、それ以上に毒蜂の針が鋭かった。
「勝ちます、絶対に」
白番黒番どっちでもいい。一局しか見ていないため、対策も立てづらいが、初見でも勝つ。どんな手でこようと、自分のペースで、自分のチェスを貫いて勝つ。次のユース選手権では、一六歳以下の部で優勝する。そして次は二〇歳以下のジュニア選手権。
「ではまもなくです」
アービターが告げる。開始五分前。無音で白い部屋。イスとテーブルとチェス盤と駒とクロックと棋譜と。必要なものは、あとは相手だけ。時間ギリギリだ。不戦勝、なんてしたくない。勝てる、勝てるんだ。
「……◇ポーンe4、◆ポーンe5、◇ナイトf3、◆ナイトc6……」
待つ間も基本のおさらい。相手は常に格上だと思って対局する。評価値が悪いと感じても、常に基本は頭に。派生も数多く指してきた。勝てる、勝てるぞ自分。




