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155話

 金曜。


 ドイツの学校は終わる時間が早い。朝は早く、昼には終わる。州によって違ったりもするが、ベルリンではだいたい八時頃に始まり、長くても一四時には終わるところがほとんどだ。


「ねぇ、聞いてる?」


 若干小走りになりながら、不満をぶちまけるのはサーシャ。石畳を鳴らす音は軽快だが、心はずっしりと重い。クリスマスマーケットも近づき、観光客が増えだすこの頃のベルリン。ゆったりと街並みを見る人々を、風を切って追い抜いていく。


「もう来ない、と約束したはずだが?」


 面倒なので、振り切ろうと早足になるシシー。学院の前で待たれていた。最悪。知らんぷりで周りには貫き通す。


 約束? とわざとらしく思い出し、サーシャは言い訳を並べる。


「いやほら、あれは勝手にあのお婆さんがやっただけだから。なしなし。無効試合」


 是か非か判断は難しいが、あれは僕の中では非と結論を出した。ならばいつもと変わらない日常。好きな人を追いかけまわし、好きなように振る舞い、好きなように会話を楽しむ。


「そうか。なら俺も聞く必要はないな。そんな約束はしていないからな」


 自分も自由にさせてもらう、とシシーは帰宅を念頭に置いた。帰ってコンラートとやらの棋譜でも並べてみるか、といまいち燃えきらないながらも、対策を立てる予定。油断はできない。むしろ自分は挑戦者なのだ。だが、普通に帰ると家までコイツにバレる。遠回りで行くか?


 主張がぶつかるが、話を聞かないのはお互い様。先手はサーシャ。


「あのおばあさんとさぁ、昨日対局したんだけど。シシーならどうする?」


「……」


 とりあえずシシーは無視する。元だが女性の世界一位。男女合わせても世界のトップ一〇。普通にやれば勝ち目などないだろう。自分なら。実力者相手に終盤での読み合いまでもつれ込むくらいなら、マスターにもやってみたが、速攻で攻め切る。ならばキングズ・ギャンビット。もしくは——。


「ヴィエナゲーム、じゃない? 速攻で殴り合いにもっていけば勝機がある、みたいに考えるんじゃないかな」


 悲しいことに、サーシャの意見とシシーは一致した。気が合うみたいで頭痛がする。もちろん、それで勝てるという保証はなにもない。相手の裏をかくための攻め重視。こちらのことを知っていなければ、なんの意味もない。


 気にせず、言いたいことだらけのサーシャは、反応があるまでひたすらに喋る。


「そしたらさぁ、どうなったと思う?」


 わざと思考させるように問いかける。そのうち口を割るはず。


「負け。そんな少し戦法を変えただけで勝てる相手か」


 なにをしてもついてきそうなので、適当にあしらうことにしたシシー。鋭い視線は変わらず前。いちいち足を止めたりもしない。

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