152話
婦人仲間で軽く指すことはあったが、しっかりとした指し手との対局は、マクシミリアンにとっては久しぶり。血の温度が上がったのを感じながら、◆ポーンe5。
ピクッとサーシャの右手が止まる。もしや、と思いつつも、その誘いに諸手を広げて乗っかる。チェスは相手との対話。剣やら槍やらを持って争うにも関わらず、お互いに序盤はトークしながら場を一緒に作る。
「◇ナイトc3。そういうことでしょ?」
相手からの無言のメッセージを受け取った。その内容は『防御なんて考えてないで、ノーガードで殴り合おうよ』。チェスプレーヤーは駒で対話する。
「ドローになってもつまらないからね。どっちかが爆散する、わかりやすい決着だ」
◆ナイトc6。いわゆるヴィエナゲーム。マクシミリアンはバチバチの肉弾戦を所望する。まだ眠っている自身のチェス勘。呼び起こすには刺激が必要だ。
望むところ、とウェイトレスが皿に乗せて運んできたビーネンシュティッヒを、直接手で受け取りサーシャはそのまま頬張る。スポンジは固いため、噛むと横からクリームが飛び出して手を汚す。それを舐めとると、◇ビショップc4へ動かした。
「いいね。その自信がバラバラになったら、おばあさん、チェス辞めちゃうんじゃない?」
いささか老体にはキツすぎる、荒れ模様の盤上になる。目まぐるしく変わる環境についてこれるかな?
だが、そうなったらそうなったで残りの人生の楽しみ方は考えてある。心配無用、とマクシミリアンは◆ビショップc5。まるで鏡に写したかのように、現時点では対照の駒配置。大砲で撃ち合うための準備ではなく、ピストルを持って西部劇のように一触即発の様相。
「その時は心おきなく競馬に集中できるよ。さぁ気兼ねせず」
先ほどウェイトレスがビーネンシュティッヒを持ってきたその時に、こっそりと同じものを頼んでおいた。それが届き、こちらも同様に直接手に持ちかぶりつく。
「引退させちゃっておくれ」
そんな気はさらさらないが。てか、公式にはすでにしてるし。




