149話
マクシミリアン・クラインヘルン。若干一五歳と六ヶ月でグランドマスターとなった、名実共に世界最強の女性チェスプレーヤー。未熟児網膜症により、生まれた時から全盲となる。幼少の頃、母から買い与えられたチェス盤と駒に興味を持ち、まわりの人々の支えもあったことでどっぷりとのめり込む。
彼女の脳はチェス盤と駒が支配している。ビショップ使いとして名を馳せたが、馬好きもあり、本人が一番好きな駒は実はナイト。よくわからない動きをするのが面白い。全盲ゆえに、相手には動かした駒を伝えてもらわなければならないが、基本的に不自由はしていない。
そんなこんなで八〇年に及ぶチェス人生。第一線は退いているが、それでも進化を続けるチェスに対する興味は失われる事はない。たまに競馬愛が勝つが。下の世代にチェスの魅力を伝えるとか、そういったことはしない。純粋に楽しいからやるだけ。ちなみに好きな男性のタイプは『年上の人』。
その日は平日の午後だった。いつものようにベルリンの街を散歩。昔と比べてかなり歩きやすく、住みやすい街になった。ベルリンではないが、マールブルクという街ともなれば、バスで目の不自由な人をが乗車を希望したら、バス停でなくても乗車できたり。
いつものようにカフェでお茶を楽しみ、友人達と会話を楽しみ、読書を楽しみ、音楽を楽しむ。なんら変わらない、幸せな日々。目的地に向かう足も力強く、軽やかに。今日はどんな話をしよう。料理や登山の話も楽しい。きっとこのまま時間は誰しもに平等に流れていく。
「……ん?」
——ふと、耳に熱のこもった駒の音がした。それも二人ぶん。明確な意思を持ち、駆け引きし、誘い込み、騙し合い、雌雄を決する。かつて身を置いた場所。いい音だ。駒を動かす時の音にも違いはある。まるでお互いグランドマスターのような強い精神力。どこだろう。探す。
石造りの建物に反響しつつも、それは見つかった。車線を挟んで反対の通り。テラス席。チェスクロックを使っていない。ただの遊び、にしては殺伐とした空気も感じる。近づいてみよう。面白そうなら首を突っ込む。
「……おばあさん、なに? どうしたの?」
少年だか少女だかわからない子が、たぶん怪訝そうな顔をしている。いきなり場を荒らされたらそうなるか。仕方ない、興味が勝っちゃったんだから。
「……」
もう片方の女の子。カシュメランの香り。こちらもたぶんいい印象は持ってなさそうな感じ。真反対の性格のような、似たような性格のような、そんな不思議な組み合わせだ。




