143話
「ふむ」
二人の毒針がせめぎ合う中間地点。そのテーブル横に人影。
「ちょっといいかい?」
言ったものの、許可が下りる前に、その人物はチェスの駒に触れ出した。六四マス、手をかざすように確認していく。動かすことはしない。あくまで確認。
「……おばあさん、なに? どうしたの?」
テンションがピークまで上り詰めようとしたところに、水をさされた形のサーシャ。ナイトを持って固まる。
「……」
だが、それはシシーも同じ。唐突に介入してきた老人。だが、なんとなく蜜の味がする。そんな気配。何者だ?
「悪いね。チェスの音がしたから。あたしも混ぜてもらいたくて」
勝手に他からイスを引き寄せて足を組み、老人はそこに頬杖をついて唸り出す。
完全に流れのストップした対局。そしてそれ以上に気になることを、サーシャは質問する。
「……混ぜるって。てかおばあさんさぁ……」
「なんだい? 言ってみな」
そのままの体勢で、老婆は思案しつつ返事。
そろーっと、手にしたテーブルに立てかけたものを確認しつつ、サーシャは核心を突く。
「目、見えないの? てか……」
白い杖。サングラス。上品なライトグリーンのパンツに、エスニックなジャケット。ひと言で言えば派手。映画『アドバンストスタイル』に混じっても、なんらおかしくはない。そんな印象を受ける。
さらに深くチェスに潜りながらも、老婆はニカっと笑顔をサーシャに向けた。
「見えないよ。見える必要もないし。んで、カッコいい服だろ? 自分じゃよくわかんないけど、こうすれば車や自転車の人も避けやすいしって言われたし」
ドイツ国内では一〇万人を超えると言われている全盲の人々。だが、障がい者と社会的には分類される中でも、自身が障がい者である、とみなしているのは、その中でも数パーセント程度だと言われている。ゆえに、交流に不安を感じているのは、実は健常者と呼ばれる立場の人々のほうだ、という研究結果が出ているのだ。
その風潮をまさに体現している老婆。誰よりも自由にチェスに割り込み、勝手に場を取り仕切る。一歩間違えなくても迷惑だが、どうしても黙って見てはいられなかった。
「なるほど。二人とも、えらく強いねぇ。なにか賭けてるのかい?」
二人からは見えなくてもわかる、圧のようなものを感じていた。カフェでのんびりとやるチェス、とは到底思えないような、切羽詰まった緊張感。心地良い。
不思議そうにサーシャが、捨鉢な態度をとる。
「……なに? 本当は見えてるの? 見えてないの? どういうアレ?」
ねぇ? ねぇ? とシシーにも同意を得ようとする。しかし。
「……どちらが勝つと思いますか?」
ここまで沈黙を守っていたシシーが口を開く。そして老婆に意見を求める。この先の展開を。




