141話
しかし、守りの中にも攻めがある。攻撃的な守備。ガチガチに固めるだけで、相手の攻めを防げるとはシシーも思っていない。ここでの手は◆ビショップa6。
「勝ってから言え」
本来、手順通りであればa6ではなくb7。スタンダードに堅牢な城を築き、キングを守る。が、城の外側に狙撃手を配置。これはどういう策か?
これは◇c4のポーンを牽制しつつ、◇f1のビショップのフィアンケットを防ぐ。フィアンケットしてしまうと、◇c4のポーンを守る◇f1ビショップがいなくなり、むざむざ◇c4のポーンをタダで失うことになる。序盤から前線の楔を失うのは、評価値でもマイナスになりかねない。
そんな『攻めの守り』によって、一手でフィアンケットを防がれたサーシャ。思いつくこの先の展開は、打ち合い必至のパワーチェス。柔よりも剛。
「さすがシシー。それでこそお姫様。キミの毒も味わいたいけど——」
◇ポーンb3。しっかりと◇c4のポーンをフォロー。先手のはずの自分が後手にまわっている。だが、この感覚がサーシャは好きだ。一手で状況が変わるのがこのゲームの面白いところ。結局、コンピューターは、現時点での優勢でしか語れない。人と人の、先を見据えた読み合い。熱い。
「ぜひ味わってくれたら助かるんだがな。遠慮するな」
◆ポーンe5。駒同士がまもなくぶつかり合う予感がする。そのための砲弾をお互いに詰めている状態。守りを固めつつ、どちらから仕掛けるか。先手必勝であり、後手必勝とも言える。だからこそチェスは進化する。
マグマのように湧き上がる熱情を抑えつつ、サーシャは◇g2ビショップ。ここでフィアンケット。
「いいねぇ。シシーとなら、どんな形になっても踊れる気がする。このまま組んず解れつ、じっくりと楽しん——」
「もう一度言う。勝ってから言え」
◆f8のビショップが一気にb4へ。シシーの最初のチェック。◆a6のビショップに注意を逸せつつ、反対側から一気に攻勢へ。『攻めの守り』から、さらにギアチェンジ。だが、攻め一辺倒ではない。このビショップが動くことで、さらに守りも強固となる。
キャスリング。一局に一度だけできる、キングもしくはクイーンが、ルークと同時に場所を移動するルール。間になにも駒がないことが条件。この場合、◆e8のキングと、◆h8のルーク。成功すれば、キングはg8へ、ルークはf8へ移動する特殊なルール。
キャスリングの目的は、キングをより奥まった守りの位置へ移動することと、縦横無尽に移動できるルークを中央に持ってくることで、攻めやすくすること。攻防一体の策。もちろん、使わなくても問題はない。今回は策に入れる。
「まだ序盤だよ? いいの? じっくりやらなくて?」
◇f3のナイトをd2へ。チェックを消しつつ、フィアンケットしたビショップの見通しをよくする。そろそろ攻撃したい欲を抑えつつ、じっくりとサーシャの毒も補充。




