138話
時刻は午後一四時。気温は八度。太陽が出ているため、凍えるほどに寒いわけではないが、物思いに耽るには寒いほうが好き。学院からの帰り道、シシー・リーフェンシュタールは、うかない顔で呟いた。
「パリ」
パリ。花の都。音楽。ショコラーデ。サッカー。色々と連想ゲームで繋がる。エッフェル塔に凱旋門。セーヌ川。マリー・アントワネット。まだまだ出てくる。通い慣れた石畳はコツコツと音を立てるが、いくぶんかゆったりとしている。迷い。それが速度を緩めていた。
「パリか」
もう一度口に出してみる。なにも変わらず、この瞬間にも優雅にカフェでコーヒーでも飲んでいるであろうパリジェンヌ達。ケーキなんかも一緒に。
「さてと、どうしたものかね」
興味がないわけではない。姉妹校のパリ、モンフェルナ学園。旅行がてら、というと軽く見ているようだが、重く捉えるようなものでもない。
学院一とも言える優等生、シシー・リーフェンシュタールが教師であるエルガ・ティラーに呼び出された理由は、留学についてだった。GPA、つまりグレード・ポイント・アベレージ。成績の平均点が高い者のみが、留学を許可される。ヨーロッパではよくある制度。
とはいえ、今回は本格的な留学ではなく、一週間の視察のようなもの。実際に留学に行くとしたら半年後らしいが、行くつもりはない。そっちは当然断るとして、今は直近にあるパリへの小旅行。息抜き程度に考えてとエルガには言われたが、なんとなく悩ましい。
(断ればよかったかな。優等生を演じるのも考えものだね)
断っても大学入学資格、通称アビトゥーアは余裕で取得できるだろう。だが、せっかくなので行きたい気持ちもある。新しい刺激は、ドイツ以外にもあるかもしれない。そのためには自分の殻を破る。だが、今行っていいのか、という迷いもある。
(……大会、どうするか……)
現在、ドイツ国内のプロアマ混合のチェス大会に参加している。強い相手とヒリついた勝負をするに適した真剣の場。一週間程度なら、日程を相手と合わせればいけるだろう。その前に次は二回戦だ。
(やれやれ。余計なことばかり考えてしまうな。まだ次の対局にも勝っていないのに、その先とは)
こんな時は、カフェにでも行って、優雅にコーヒー楽しむ。なにも考えない。ただ味と香りにのみ集中する。ベルリンにはよくある、二階から上は石造建築のアパートだが、一階は飲食店というスタイル。通りにはテラス席。街行く人々や路上駐車を眺めて、穏やかな時間を過ごす。
「ねぇ、もう一回勝負しようよ。今度は僕が勝つ」
「……」
なにか聞こえたようだが、シシーは無視してエスプレッソをひと口。フィルターにしようかと思ったが、いつもと違うことをしたくて、なんとなくラテアートで白鳥をお願いした。ミルクの舌触りもよく、ほどよい苦味。上手い。