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133話

「この勝負はチェスに勝つことが目的ではない。初心者でも勝てるゲーム、の本質はそこだ。勝利条件にも『相手のキング』とは言ってなかったからね」


 以上。喋り終えると、まわりが思いのほか騒がしかったんだと気づく。それだけチェスに集中していた、と言えば聞こえはいいが、余裕がなかったとも言える。ただひとつ、危険とはわかりつつも『楽しかった』。


 最後の力を振り絞り、ジルフィアは拍手でか細く讃える。


「お見事。ぐうの音も出ないほどに完敗だ。いや、こうなると思っていたし、なってほしかった。憧れたあなたなら、これくらいは、ね」


 楽しかったのは自分も一緒。覚えたいオープニングも、ディフェンスも、エンドゲームもたくさんある。でもそれはあっちに行ってからでも研究しよう。


「……美しい勝負だった。実りの多い時間、感謝するよ」


 握手はチェスを締めくくる。互いに全力を尽くして、棋譜を作り上げた。やり直したりしたので、一概に完成されたものとは言い難いが、その対局は相対した二人のもの。納得したならそれでいい。


「……じゃあ、先に行ってるよ。いずれあっちでも——」


 と、別れを告げようとするジルフィアだが、半開きの眼で見る最後の映像。


「……なにしてるの?」


「これか? せっかくミネラルウォーターも頼んでしまったし、無駄にするのも悪いと思って」


 黒いキングを水に溶かし、スプーンで軽くステア。バーテンダーのような仕草も、シシーがやると様になってしまう。


「……どこから出したの?」


 喋る余裕もあまりないのだが、無言でジルフィアは見つめる。少しずつ靄がかかったように見えづらくなるが、頭では理解した。常にマイスプーンでも持ち歩いているんだろうか。


 チェス盤をどかし、スッとシシーはコップを差し出す。


「こんなこともあろうかと、店に着いた時、カウンターからくすねておいた。使わないなら使わないで、後で返すつもりだったが。どうぞ、解毒剤の水割りだ」


 およそ、世界のどこを探しても、バーテンダーが出すことはないであろう種類の水割り。急激にではないが、自身のほうは快方に向かっている気がする。それでも、頭痛も吐き気もある。胃洗浄しないとダメだろう。


 さらに重篤な状態のジルフィアだが、鼻で笑う。

 

「……飲むと思うかい? せっかくのいい気持ちが台無しになってしまう。最高級の食材を使った料理なら、最後に皿までこだわらなきゃ。この素敵な対局は、死んで完成なんだ」


 これで果てるから意味がある。それはたとえシシー・リーフェンシュタールでも、譲ることはできない。

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