132話
負けを認め、この後は最後の仕上げ。その花道を、ジルフィアはシシーに譲る。
「どうしたの? 解毒剤はキミのものだ。そのために相手の城を陥落させたんだから。遠慮せずに……間違えないでね」
脱力してイスにもたれかかる。もうやり切った。思い残すことはあまりない。せめてあと一局、彼女とやりたかった。やっと少しずつわかってきたのに。
「……あぁ」
低い声でシシーは反応する。そして解毒剤を固めたキングの駒。降参を認めた、その黒いキング——ではなく、自分の白いキングを口に運んだ。
予想外の行動に、普通に成り下がったらしいアリカは戸惑う。
「……え?」
いや、なにやってんの? 倒した相手は黒だよ? ダメじゃん、だってその『毒』は——
「その反応からするに、キミは詳しく伝えられていなかったんだね」
ひとつのアクションから、勝者であり、全てを把握したシシーは断定した。このゲームには裏がある。そう——
《『白』と『黒』には、全く違った毒が仕込まれている》
「キミはジルフィアさんから、二種類の毒と解毒剤を頼まれていたはずだ。色分けしただけで、全く同じもののように扱っていたけどね」
なにも知らないアリカに対し、シシーは種明かしをする。いや、仕掛けられていたほうがする、というのもおかしな話だが。
軽く舌打ちをするジルフィアだが、その表情は汗をかいているものの、晴々としている。
「やっぱりバレていたか。というか、せっかく水を頼んだんだから、使ってくれたらよかったのに」
飴玉のように舐め回すよりも、上品に水に溶かして飲んでもらえるように、アリカには購入してもらった。あぁ、いいなぁ、キング。私もねっとりと舐めまわされたいよ。
解説をシシーは続ける。
「普通に考えれば、白い毒を飲んだオレは、相手を攻略して黒いキングを飲むはず。チェスとはそういうゲームだからね。相手のキングを奪うことが勝ちだし。まぁ、チェックメイトで終わりだけど」
集中は相手の駒にいく。ゆえに、まさか自分の駒こそが正しい解毒剤、などとは思いもよらないだろう、というジルフィアの仕掛けは、最終的には見破られた。
「もしも、黒いキングを飲んでいたら、なにも効かずに死んでいた。まぁ、解毒剤のなくなった私も死ぬけどね。一緒に添い遂げられるかと思ったのに」
イタズラな笑みで場を和ませる。が、そんな空気じゃないことを察知し、ため息をついた。最後まで遊びたいのだが。
余裕があれば笑いたいところだが、緊張が解けてきて、毒でそれを奪われているのはシシーも一緒。表面には出さないが結構辛い。
「……最初から違和感はあった。なぜ解毒剤をキングにしたのか。どう考えても無駄な手間だ。そこに引っかかっていたのだが、勝利条件を今一度照らし合わせれば、おのずと答えは見えてくる」
そして、出した答えが先の通り。解毒剤が効いてきているのかは不明だが、やれることはやった。これで間に合わなかったのなら仕方ない。諦めよう。




