表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/335

131話

 怯えるようなそのアリカに対して、優しくジルフィアは頼み込む。


「ミネラルウォーターをひとつ、頼んでもらえる? よろしく」


 水だけで胃の洗浄など、もうすでに手遅れでは? と思いつつも、アリカは承認した。


「う、うん……わかった」


 いつもなら「なんでアリカがそんなこと?」と反発するのだが、今の彼女はただの小さな女の子。自分の立ち位置がわかり、ただの観客になった。


「ありがと」


「……いいか? ◇e3にキングは逃げる。さぁ、次はどうする」


 互いに顔を近づけて、より深くチェスに、相手に潜る。潜りつつ、策もバラしあう。もう勝敗など忘れて、思考することそのものが自身に活力を与えてくれる。


「ここで◇a2のポーンを狙うのはどう?」


「攻めるなら、フォークを常に意識したほうがいい。相手の駒を誘導するように、自分の駒を動かすことが大前提だ」


「なるほど」


 この状況でも勉強。新しい戦術を学ぶと、細胞が喜ぶ感覚。ジルフィアはスポンジのように吸収していく。


「面白いね。チェスクロックありでやればよかった」


「たしかにな。三〇秒が適当だ」


「まぁ、初心者なんだから、多少は曖昧でもね」


 だが、それでも終わりの時はくる。いつまでも遊び続けることなどできない。夕暮れ時の子供のように、名残惜しくも、別れを告げる必要が。


 達成感と充足感を手にしつつも、尋常ではない速度でチェスの成長を遂げていったジルフィアは、あとどれくらいで終わってしまうか予想できつつも、その手を緩めない。


「◆ルークをc2へ。ポーンに攻撃を仕掛けるよ」


 シシーも手を抜くことなどできない。相手は初心者とは考えない。強力なライバルと捉えた。どこからでも隙があれば、その小さな穴から決壊させにくる。


「だが◇c6のポーンをc7へ。もしこれを◆c2のルークでテイクすると、◇f4のビショップでテイクされるがどうする?」


 とても丁寧に。


「……なら◆キングf7へ。でももうこれ……」


 とても抒情的に。


「あぁ、◇ルークd8。もう、そちらに逆転は……ない」


 とても残酷に。幕が閉じる。


「……そっか、なら仕方ないね。私の負けだ」


 あー、と伸びをして悔しさを見せつけるが、ジルフィアの体は小刻みに震えている。我慢も限界を迎えている。


「楽しかった。もったいない。本当に……もっと早く、チェスを始めていれば……ね」


「……」


 あえてシシーは言葉をかけない。この状況だからこそ、きっと芽生えた感情。ならば、できることは、最後まで勝者であること。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ