130話
「なるほど、そうなると◆c6ルークを捨てなければならない。そして◆e7にキングが逃げたとしても——」
「そう。◇e5ナイトが◆c6ルークをテイクしてしまえば、このナイトが◆e7キングにチェックをかけつつ、◇d8ルークのフォローもしている。こうなるともう、降参するしかないな」
「……面白い! やっぱりリンゴを狙うゲームだね。前言撤回」
「アレルギーがあるんじゃなかったか?」
「熱処理さえしてあればジュースで飲めるよ。味自体は嫌いじゃないからね」
友人と久々の再会に、昔話に花が咲く、とでも言うかのように白熱した二人のチェス論議。毒の影響などどこへいったのか。まるで普通に楽しんでいるようにしかアリカには見えない。
(そんなわけねぇだろ……ギリギリのはず、だ。お互い……でも、なんでそんな顔ができるんだよ……!)
随分と前からだが、やはりコイツらは理解不能。バチバチにやり合うでもなく。命の火が消えかかるほどに楽しい。元気になる。アリカは自分の中で線を引いた。自分はまだ、ここならば引き返せると。コイツらとは違う、と。だが、このままいけば数手でシシーの勝利。無事終わる。死なずにすむ……! ジルフィアも……! 今ならまだ……!
そこに、これを不服としたシシーがひとつ提案した。
「そうか……なら、◆ルークがc6で◇ポーンをテイクする前に戻そう。ここからどう展開するか、見せてみろ」
「はぁッ!?」
つい、二人の世界にアリカは踏み込んでしまった。もう関わらない、と決めたのに。だって、やり直して、再度楽しもうとしだしたから。いやいや、おかしいでしょ、絶対ッ!
それについては、メリットのあるジルフィアも同意見。少し後ろめたさがあるのは事実。
「いいの? このままいけば勝てるのに?」
忘れているようだが、時間が経てば経つほどに死ぬ確率は上がる。早めに切り上げたいのが普通だ。だが、普通というのは、この場では通じない。ならば必然的にこうなる。
「チェスでの勝利はあまり意味ない、だろ? さぁ、続きだ」
命よりも楽しさをシシーは優先する。この感覚こそが自分に必要なものだと、そう気付かされた。大きな収穫。なら、あとは楽しむだけ。なんだか体も軽くなってきた気がする。アドレナリンと緊張がうまいこと合わさったのかな、と予想。
そんな陽気に当てられて、ジルフィアも胸が高鳴る。それは毒によるものなのかわからないが。
「ありがと。そうこなくっちゃ。なら◆b8のルークをb2へ。◇f2のキングにチェック。あ、ごめん。それとアリカ」
唐突に話を振られ、気の抜けていたアリカはビクッとする。
「な、なに!?」
不必要に大きい声。ボリュームの調整をミスした。少し裏返る。




