127話
だからこそ、ここでは◇ナイトf3が最適解となる。それを初心者であるはずのジルフィアが読み切った点は、充分に彼女の才能を感じることができるのだ。
「面白いよ。だがここからがチェスの難しいところだ。ちゃんとついてきてくれ」
「初心者なんだから、無茶言わないでね。少しはヒントくださいな」
ふふふ、と二人して笑う。どちらかが死ぬ。本当に? 店内で飲み、食べ、踊り、楽しむ者達は誰も気づいていない。
ただ、アリカだけが戦慄する。
(……なんなんだよコイツら……! 死ぬ、死ぬんだぞ!? なんで平気なんだよッ! 作ったからわかる。解毒剤がなければ、確実に死ぬ……!)
ただ見守るだけのはずなのに、誰よりも緊張し、誰よりも結果を知りたくない。永遠に対局が終わらなければ。そうまで考えるほどに。
手が進むと、少しずつシシーに流れは傾き始める。さすがに研究がモノを言う世界。才能よりも、どれだけチェスに時間を捧げてきたかが如実に現れる。だからこそ、シシーは不思議でしかない。なぜこの勝負になったのか。
(普通に考えれば、チェスは実力通りに勝敗が決まる。運なんてものは、先手後手くらいの違いしかない。さらに有利な先手はオレ。まず、間違いなくオレが勝つ。なのに——)
シシーの三〇手目。◇ポーンc6。終盤ともなり、かなりお互いに駒を失った状態。エンドゲームに入っている。だが、浮かない顔をする。
(なぜ、こんなに胸騒ぎがする? なにかを見落としている?)
「——っていう顔をしているね。そうだね、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。時間はあるんだ。ゆっくり考えてみたら? まぁ、それができれば、なんだけどね」
ジルフィアがシシーの焦りを煽る。そして『毒』。体が熱くなってきた。吐き気と眩暈が少しずつ押し寄せる。冷静な判断は、刻一刻とできなくなりつつある。これはいい。最高だ。
「……そっちは、毒が効かない、とか、そんな、イカサマをして、くると思った、んだけどな……」
呂律が若干、まわらなくなってきているシシーが、相手の状況を見遣る。自身と同じように、時間がなさそうだ。一手につき三〇秒というのは、こういうことのためか、と得心する。
肩で息をしながら、ジルフィアは快楽、とでも言うように、汗を流しながら笑顔を作った。
「そんなことしたら、つまらないだろ? お互いに命を張るから、楽しいんじゃないか」
「同感だ」
くっくっく、とどちらともなく笑いが漏れる。ライフポイントがジワジワと削られる感覚。臓器が減っていくような、なんにせよ、尋常な状況じゃない。だからこそ楽しい。




