123話
「水に溶かすなり、そのまま舐めるなりお好きに。残ったキングは、誰かに頼んで下水にでも捨ててもらいましょう。二度と口に入ることがないように、徹底的に」
ここは無法地帯。ビールにでもぶち込んで、飲み出すやつもいるかもしれない。なんでもいい。ジルフィアにとっては、片方だけ残ればそれでいい。
「……」
「一手につき、三〇秒以上かつ一分以内に指す。早指しは禁止です。勝利条件は、キングを体に取り入れ、この勝負を五体満足で終えること、でいいですかね。なにか質問は?」
「…………」
説明終了。あとはプレーするのみ。細く息を吐きながら、蔑んだ目でジルフィアは、かつて恋焦がれた女性を見下ろす。彼女は今、どこに立つ。瀬戸際? 安全地帯? 逃げ出すなら、いらない。ため息を吐く。
「なければゲームに移行して——」
「……ひとつ。キミはどのくらい指せる?」
諦めの、温度のない顔色で進行するジルフィア。艶めいたシシーの声にピクっと止まる。
「……ルールを覚えて少しやってみた、程度。でもディフェンスやオープニングなんかはひと通り覚えてみた。記憶力はいいほうなので。まぁまぁやれるんじゃないかなと」
舌なめずりして、彼女を待つ。ゆっくりと、無意識に破顔していく。
深淵から這い上がるように、シシーは徐々に顔を上げた。
「……なるほど、嘘は言っていないようだ。だが、それでも勝てる、という風に踏んでいるということはつまり」
頬杖をついて、睨みを効かせる。
「このゲーム、なにか裏がある、ということだ」
だが、大歓迎。少しだけ、燃え上がる焔。
着火は完了した。大声をあげたくなる衝動を堪えて、ジルフィアはゲームへと前進する。
「……さぁて。もし不満ならルールを足してもらってもいい。私ばかりが考えたルールだし。それじゃ公平ではない。正々堂々、というのでもいいでしょう」
さすが。すでにゲームは始まっている。だが全ての要素は伝えた。ここから死神の鎌がどちらかの首にかかる。
もう一度ルールを頭の中で確認するシシー。なにが隠れている? まだわからない。わからない? 楽しい。
「公平ではないが、面白さも半減してしまう。そのままいこう」
首にヒヤリとしたものが近づいた気がした。だからかな。笑いが止まらない。
確実に勝てるゲームから脱却したことを、ジルフィアは直感した。まだこちらが有利。だが一秒ごとに自分が不利になる。なるはずなのに、心がそれを望んでしまう。
(……怖い。が、なんて美しいんだ……! 私の全てを受け止めてくれる……あぁ、もう死んでもいい……!)
シシー・リーフェンシュタールが、自分を敵と認めてくれた。その事実は、とても残酷で優雅。
「じゃあ始めよう。色はどう決める?」
初心者に譲るシシー。どうであっても受け入れる。




