116話
毛布の下で、ジルフィアは自身の胸に手を当てる。
「思わないね。最終的に私のところに帰ってくればいい。いや、一度も来たことはないから、帰ってくるっていう表現もおかしいけど。ともかく、彼女がそういう趣味になってくれるなら、むしろいいことだ。それに——」
「?」
またも携帯を操作し、違う写真を取り出すジルフィアに、アリカは首を傾げる。またなにか隠し撮りか。しかし、思ったよりも中々に踏み込んだ内容だった。
「この人知ってる? ララ・ロイヴェリク。今、話題のモデルなんだけど、レズビアンであることを公表していてね。その人物と一緒に住んでいる。シェアハウスだから、他にも人はいるけど。なにかあるような気がしない?」
一応、筋は通ってはいるが強引なジルフィアの論理。なにか、とは当然、自分たちのような。多少ではあるが、アリカはシシーに同情し始めた。
「……どこまで調べ上げてんの? さすがに怖いわ。ストーカーってやつ?」
直接の被害を与えていないという点では、アリカよりも刑罰は軽いかもしれない。しかし、どこか奥底に潜む潜在的な恐怖を内包している。関わらないほうがいい人種。
「でも私から声をかけるなんて、とてもとても。自分が抑えきれなくなってしまうかもしれないからね」
控えめなのか大胆なのかわからないが、ジルフィアは自身の体を両腕で抱きしめる。一応は抑えているというジェスチャー。
「……は?」
ということは、抑えている状態で今。すでにかなり危ないのだが? と、アリカは唖然。
それについては詳しく、ジルフィアが例えを用いる。
「……ハリネズミのジレンマってやつ? お互いがお互いを傷つけてしまうから、近づかないほうがいい、というじゃないか。だが、キミという毒を手にした私は、さしずめ獲物を見つけた一匹のハイエナ」
「ハリネズミじゃねーの?」
動物が変わる。結局わかりやすく説明するための例えだったのだが、種類が増えてアリカにはよくわからなくなった。とりあえず、頭のネジがぶっ飛んでいるため、放し飼いは危険ということ。すでに臨界点に到達しているかもしれない。
ジルフィアのお腹が鳴る。運動もしたし、消費したエネルギーを補充したい。
「じゃあ早速なんだけど、お願いしようかな。早ければ早いほどいい。今の彼女は少し、落ち込んでいるようにも見えるからね。その前に腹ごしらえだ」
そう勝手に決めて、アイランド型のオープンキッチンへ移動。シンクの汚れも気にしない。冷蔵庫も勝手に開ける。腐った野菜のようなものを取り出し、包丁は戸棚から拝借。切ろうとする。




