115話
しかし、ケロっとした顔でジルフィアは否定する。
「いや? ルールがわかる程度。オープニングとかディフェンスとかあるみたいだけど、覚えるのはともかく実戦で使うには経験が必要だね」
ははは、と白い歯を見せる。チェスはそんな甘いボードゲームではない。
アリカは頭を揺らす。断片的な内容が積み木のように重なり、形となる。が、おかしい。
「……全然話が見えないけど、どうやって勝つつもりなのかね。それともあんたが死ぬ気、ってんなら止めはしない」
会って数時間の関係。少し惜しい気もするが、死ぬなら今のうちに。感情が移入なんてしないだろうけど、早いに越したことはない。
液晶のシシーに頬ずり。ジルフィアの顔がその灯りに照らされる。
「死ぬ……それもありかもね。うん、悪くない。でも、目的は彼女にギリギリの勝負を楽しんでもらうことだからね。そして絶望する姿」
心酔しているのか、それにしては考え方が過激で極端。自分でも理解はしているが、やめられない。
ボルテージの上がっていくジルフィアとは違い、直接矢面に立つことはないアリカは、少しヤキモキしてきた。
「具体的には? アリカはなにをしたらいいの? 注文があった毒を作ればいいだけ?」
自身にできることなど、毒以外にはなにもない。人とのコミュニケーション力も、人脈もない。この人物はその毒のためだけに、アリカを探し求めていたってこと? そう考えると、少し自慢げになる。毒で繋がる縁もあるということ。
「まぁ、そうなるかな。もっと手伝ってくれたら嬉しいけど」
期待はしない。ジルフィアはひとりでもやるし、やれると思っている。真っ向勝負ではなく、色々と小細工をすれば、チェス『っぽいもの』で相手を追い詰めることができる。
だが、選ばれた、という気と体の緩みにより、アリカは上機嫌だ。
「ものによる。言ってみなよ」
本来ならこんなサービスはしない。ただの気まぐれ。気まぐれでこんなことを言ってしまうくらいには、気分がハイになっている。
どうしよっかな、とわざとらしく焦らすジルフィアだが、腹づもりは決まっている。
「キミにはシシー・リーフェンシュタールに近づいてもらいたい。できるなら親密な仲に。体の関係になってしまってもかまわない。ね?」
同調を求めるように、にこやかにスマイル。疑いを知らない、純真無垢な子供のように。
しかし当のアリカの目は、死んだ魚のようになる。
「……いや、無理言うなって。あの人がそういう趣味があるのか知らないし、もしなれたとして、あんたのお気に入りが、他の女と……そういうこと、するのってどうも思わないの?」
この人と会話していると、自分がとても真人間に見えてくるのをアリカは確信した。アリカも壊れている。だが、それよりも壊れている人間のおかげで、個性程度の綻びにしか感じられない。




