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104話

 アリカ・ラットヴァインにとって『なんとなく』という曖昧な印象は、非常に厄介なものだった。なんとなく、つまりは第一印象でもあるわけだが、彼女にはなんとなく、様々な事柄が読めてしまう。


 テレビで探偵ものやらミステリーがやっていて、完全犯罪だと思われる殺害現場であっても『なんとなく』こうすれば抜け道になるんじゃないかな? と思ったことがトリックだったり、基本的にミステリーは好きなのに楽しめないし、同じ年頃の子供達はあまりそのジャンルで話せない。


 最初は両親もすごいと褒めてくれていたが、あまりに幼少の子供とはかけ離れた理論で暴きつづけると、次第に気持ち悪さを感じ始める。手品を見てもすぐにタネがわかる。初等教育に入る頃には、完全に放置されていた。


 たまに外すこともあるが、その作者の作品を他に読み進めると、癖のようなものが見えてきてしまい、作品の数をこなすごとに的中率が上がる。娯楽も人間関係も読めてしまうので、普通に学校の勉強をひとりこなすだけ。


「アリカは天才なのか?」


 という自身への問いには『なんとなく』、そうだと断言できる。なんとなく断言。言葉としておかしいが、そう言うしかない。年相応な恋愛に興味を持つこともなく、白馬に乗った王子様など、追いかける気持ちもない。むしろ、白馬のほうが好きだ。どうせ皮を一枚剥げば、美人も醜い者も同じ。


 淡々とこなす日々に退屈しかない。不定期に行われる学校のテストも、教師の癖さえ読むことができれば、満点など容易い。そう言った意味では頭がいいのかもしれない。だが、そういうものは、えてして同学年の子供達からは得体の知れないものとして扱われる。


「カンニングをしているんじゃないか」


「教師から贔屓されているのでは?」


 といった疑いをかけられるのは、まだ一〇歳にも満たない子供だからか。当然のようにイジメにあう。それが発覚すると、教師がクラスの親全員にそれを伝える。そして子供、教師、親が一丸となって解決を考える。ドイツでは当然の行動。


 だが、最終的には当事者間で話し合うことを目標としている。そして和解。その後は一緒に遊ぶこともあったが、最終的にはまるで他人のように振る舞い、接点を持つこともない。きっと、こんな風につまらなく過ぎていくのが自分の人生だと、初等教育の時点で悟った。


「いわゆる《ギフテッド》。その2E型と呼ばれるものです。得意なことは異常なほどに得意ですが、苦手なことはその反動で、とことん苦手である可能性が高いです」


 医者にはそう診断された。得意なことは観察。苦手なことは、ありふれているが人付き合い。でいいのかな? こんな力なければ、もっと楽しんで生きることができた? ならばギフテッドなどいらない。

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