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「当然だ。」
執事しばらくの間、ロードルフ子爵を注目していた。まるで何かを見透かしたい、見抜きたがっているような鋭い眼光だった。
「そうですか。疑っているような言い方に申し訳ございませんが、子爵様はこの間、“劇的”とは言えませんが、間違いなく人が変わりになりました。不肖も素直に喜びを感じました。」
「そうか。」相槌を打ったロードルフ子爵は喜んでいない。恐らく、次の言葉を予想しているだろうか。
「しかし、十年間。子爵様はメリー様に何もなさっていませんでした。特に子爵様は決して愚かな人間ではありません。メリー様のことも気付いたはずでしょう。現に、阻止したいとおっしゃいました。」
少し数秒遅れて、執事が続いて、
「だが、子爵様。十年も何もなさっていなかったあなたに、その言葉の真意と気持ちに、一体私にどう信じさせるつもりだろうか?」執事の目には、密かな怒りを覚えている。たぶんその感情は本気なのだろう。
私も一度同じようなことがあるから理解できる。
高校に入ったばかりの頃、良奈ちゃんに話しかけられた時、頭の隅に確かに「今更……」と思っていた。彼女とすぐに仲良くなれなかった。過去のことに引きずられて、気持ちを試したかった。
親友になったものの、今もそのことに少し罪悪感を覚えている。悪いのは彼女ではないのに……
「はっきり言わせてもらいましょう。子爵様。今あなたの言葉が信じられません。申し訳ございません。今あなたより、メリー様の方に助力したいです。だが……子爵様の行動も、阻止するつもりはありません。」執事は深くお辞儀をした。
当然のことだ。十年に何もしていなかったロードルフ子爵に、今更「メリーに助けたい。信じて」って、信じられないだろう。何も言えない。
ロードルフ子爵は少し怒りを感じたのだろう。身体が少し震えている。だが、もっと感じたのは悔しさだった。だって、過去のことは変えられないから。
しかし、もった大事なことがある。もしロードルフ子爵は気付いてなかったら……私が――
「ふん……」ロードルフ子爵は初めて無力な嗤いをしていた。
「すまない。まさかこんなことに怒りを感じたなんて、やはり俺は未熟だった。」
執事は片方の眉を上げて、不思議な表情でこちらを見つめている。
「怒り……?子爵様、失礼ですが、怒っているのはこちらです。」
「わかっている。だから君にではなく、自分にだ。」
ロードルフ子爵の言葉に、執事の表情が少し収まった。
「……というと?」
「ああ、君の言う通りだ。薄々だが、俺も少し気付いたのだ。メリー様の気持ち。だが、何もしなかった。『何もできない』からと思って、『何もしなかった』んだ。俺は、メリー様に『甘やかしたかった』。」
執事は何も言わないまま、静かに聞いている。
「彼女がやってくれるから、何もしなくていい。彼女ができる人間だから、うまくできるはずだと……俺はずっと、メリー様に甘やかし、『助けられた』んだ。」心の中から湧き上がる「感情」、そして少しだが、熱くなった目頭。執事も少し驚いたように、目を見開いた。
自分では見えないが、この朦朧とした視線が、ロードルフ子爵の感情・気持ちが私にも伝わってくる。ロードルフ子爵は「感情的」になりやすい人間だ。むしろ、今までこのような感情がない方がおかしかったのだ。
どうして、この三日間、ロードルフ子爵は元気がなかっただろう……恐らく、原因はとても単純だろう。悲しんでいるから……
「確かに今更だが、俺はこいつに気づかせてくれた。『気持ち』とは何なのかを。そして、迷っても何か『する』べきかを!俺は、十年も『間違っていた』。『無視』していた。だから、自分に怒っている。」
執事は何も言わなかった。しかし、表情が変わっていた。複雑な表情で、躊躇っている。もしかして良奈ちゃんとのあの時、私の顔も同じだったかもしれない。
「けれど、俺はもうそうしたくない。もう彼女に甘やかしたくないんだ。だから、今は少しでもメリー様に『助けたい』。今度は俺が助ける番だ!
俺は彼女に伝いたい!
俺に『甘やかし』てもいいと!
この屋敷の人間に『甘やかし』てもいいと!
そしてここに、『甘やかし』てもいい人間がいると伝いたい!」頬に伝わる熱い水が顎に流れ、落ちたと感じた。
彼の情熱、感情、気持ち……その一滴のものから感じられる。決して嘘ではないと。
「それと……ごめんなさい。十年も気付かないふりをして、何もしてあげられなかった。申し訳ございません。」ロードルフ子爵は頭を下げて謝った。そして、下げたとともに、涙がぼたぼたと地面に滴った。
長い時間……たぶん何分だけだと思うが、ロードルフ子爵はずっと何も言わないまま、頭を下げたままだった。
そして――
「……頭を上げてください。子爵様。」
ロードルフ子爵は言われた通り、頭を上げた。乱暴に顔を拭いて、執事の方へ見た。
執事の表情はあまり変わらなかったが、何となく宥める(なだめる)ような雰囲気を感じた。
「さっき申し上げた通り、子爵様が変わったことに不肖も承知しております。そして今、確実に実感しておりました。
“自分の間違いに認めることに、強い心が必要です。”これは、メリー様お亡くなりになった母の言葉です。どうか、子爵様に覚えていてください。」
ロードルフ子爵は気持ちを知ってから、少しずつ変わっていた。決して劇的な変化ではない。だが、変わっていた。
「……覚えておく。」
「それと子爵様。その言葉は私にではなく、メリー様に言ってあげてください。恐らく、その方が……」執事は続きを言わなかった。これも一つの葛藤だと思う。
その方が一番いいだろう。だが、メリー伯爵は受けるかどうか……
「ああ……元々そのつもりだ。俺は彼女を助けたい。どう言われても。」ロードルフ子爵は覚悟していたようだ。
執事は少し目を閉じて、ロードルフ子爵に言った。
「……本当に信じていいでしょうか?あなたがメリー様に助けたいという気持ちを。」
「ああ。当然だ。君がわざわざ『救いたい』と言わないこともわかっている。俺は、彼女に死んでほしくないから、助けたいんだ。」
執事は一瞬驚いた感じで、表情が変わったが、すぐ元通りの様子になった。
「そうか。なるほど……」数秒で、
「では、子爵様は私に何がしてほしいことがありますか?不肖もメリー様に死んでほしくありません。」
どうやら、執事も協力してくれるそうだ。
「ありがとう。では、早速ですが、メリー様の母のこと、またメリー様の食事の好み、好きな物など教えてくれ――」
四日目、今日一日中、私とロードルフ子爵二人でずっと使用人たちに協力を求めた。
協力を求めた結果、全員、協力してくれる。
だが、やはり不安だ。全員が協力しても、メリー伯爵が変わらないなら……立場を変えたくないなら……
メリー伯爵を説得するためには、もっと、もっと大事なものを……
不安を抱えながら、五日目になった。
五日目の今日、メリー伯爵を説得するために、全員動いている。
ロードルフ子爵のヒミツ3:
実は、教え上手。
メリー伯爵のヒミツ2:
実は、運動好きだが、運動神経がとてつもなく下手。
十年の間、ロードルフとメリーは少し関係が良好になった時期がある。
ロードルフ子爵邸の敷地内にて。
メリーは少し球蹴りをしている。しかし、とてつもなく下手だった。
「ふー!これで良いかしら。わたくしながら、素晴らしいできですわ。」メリーは長ズボンで軽く球を蹴っている。しかし、丸い球はずっと不規則な方向に飛んでいる。
「……何をやっています。」
「あら、ロードルフ様。球を蹴っていますわよ。最近、少し運動不足ですので、少々運動したくなりますわ!」
「……そうですか。しかし、惨めすぎですな。教えてやろうか?メリー様。」
「あらら、今日はどういう風回しでしょうか。しかし、ロードルフ様はできますの?」
「俺をなめないでください。俺は今、騎士団ではよく教える側でしてね。」
「そうでしょうか。執事?」
「はっ。そのようでございます。」
「なら、教えてくださいませ。ロードルフ様。」
「……ふん。そもそも、君の腰……力が弱すぎます!腰は身体の根幹――」
少し、関係が良くなったような感じの二人である。
これで、ロードルフ子爵のヒミツが終わります!
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