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メリー伯爵は羽扇をスッと収まった。
「うまく誤魔化したと思いましたが……気付いてしまいましたか。」と、無力な笑顔を見せた。
「気付いただと?忘れていなかっただけです。メリー様。そうやってはぐらかすのは君の得意技ですね。」
「まあ、人聞き悪いですわね。わたくしはただ言いたくないだけですわ。どう対処しようと、君と関係ありませんですもの。」
この言葉に、ロードルフ子爵が少し怒っていた感じだった。
「今は仮でも婚約者です。メリー様。」
「では、その婚約が解消されますわよ。そのつもりです。」
方法がわからないが、嘘ついているようには見えない。本当のことを言っているだろう。
「では、いつ解消するつもりでしょうか?」
「今年……いいえ、今月中で解消しましょう。そしたら、わたくしたちは関係ありません。」
「君……死ぬつもりですか?」
死ぬ……王族と対立したということは、やはりそうなる。私は何が言うべきだろうか。
でも、口を挟む余裕がないから、しばらく二人の交流を静観しよう。
「あら、何を根拠に言っていますの?思い込みが激しいですわ。ロードルフ様。」
「……いいでしょう。ちゃんとした理由を付けるのは俺の得意技です。メリー様。君は『提案』を出した時、返事を催促しましたね。」
「ええ、当然でしょう。大事なことですから……」
「大事なことならなおさらです。じっくりと考えさせるつもりはないでしょう。」
「わたくしが考えた試練ですもの。すぐ答えてくれた方が、君のためですわ。」
「そうですか。しかし、実はあの『提案』、俺はどう返事するか迷っていたというより、どうして君はすぐ答えさせたがっていると考えていました。その催促の感じは、俺の身体にいるこいつと繋がりがあるか、あるいは何かに決心しているかの感じでした。」
あの流れてきた考え、ただ迷っているではなかった。私の立場も確認したかった。私にはわかる。でも……
「しかし、君の考え方など、わたくしには何もわかりません。その中にいるクロイ様のこともわかりませんでしたわ。何の根拠にもなりませんわよ。」
「わかっている。だがこの話が大事なのはメリー様が言った言葉です。」
「何のことでしょうか?」
「“わたくし、死にたくありませんもの。もし抗えるなら、抗います。”この言葉、まだ覚えていらっしゃいますかね。」
ロードルフ子爵の話を聞いて、メリー伯爵は無力な感じで嘆いた。まるで反論できないから、少し開き直ったみたいだった。
「ええ、まだ覚えていますわ。」
「ふん。君とこいつの『立場』がわかるなら、受け答えの仕方も変わります。そして、君たちは関係ありません。では、残りは君が『何かに決心している』しかありません。」
メリー伯爵は何も言わなかった。
「それと、君の後の態度・反応から見て、助けたいということも嘘ではないでしょう。まあ、後のことは俺がどう言っても、ただの後付けです。そろそろ、話をはぐらかすのはやめてもらいたいです。メリー様。」
メリー伯爵は軽く笑って、「仕方ありませんわね。見破られましたなら、認めるしかありません。そうですわ。わたくし、死に行くつもりですわ。」と承認した。その笑顔は達観したような笑い方だった。恐らく、本気だ。
「その対処の方法は、死に行くような方法……ですね。」
「ええ。そうです。」
「方法の詳細は?」
「元々言うつもりはありませんが……まあ、いいでしょう。」
それから、メリー伯爵が言った方法は、大まかに四つの段階に分けられた。
婚約の陳情→市民たちのイメージ→夫人と女性たちの心情→王族たちの噂の操作
これらは順序にやる必要がない。元々この計画を基に、同時に進行していたそうだ。ロードルフ子爵のことも同じ。
まず、市民たちのイメージはメリー伯爵自身の「評価」。つまり、今メリー伯爵は人望が高い状態に保っている。
そして、夫人と女性たちの心情は「仲間入れ」、また「女性の権利」のことだった。昔の時代と同じく、この王国では「女性」も「人」として見られていなかった。
メリー伯爵は「貴族」だから、市民たちに「女性」に見られなくて済むが、貴族社会ではよくなめられていた。王族ならもっとひどかったらしい……いや、そもそも、王族は貴族ですら「人」として見られていなかった。
メリー伯爵は然り、ロードルフ子爵も然り。ロードルフ子爵のクソ親父も宮廷闘争によって殺された。ライン・バイアスを除いて、王族はずっと貴族に高圧的な態度を取っていた。
そして、王族たちの噂の操作は、市民たちに噂を流布することだった。その噂が事実かどうかさほど重要ではない。大事なのはイメージと印象、市民たちが軽視されていたと感じさせるのがポイントなんだ。
特にメリー伯爵がロードルフ子爵とクソ親父の噂を流してから、王族は宮廷闘争が激しくなり、市民たちの声が軽視された傾向があった。
王族はほぼ九年の時間をかけて、やっと情勢が安定し、今邪魔な貴族たちを排除したがっていると。
最後、計画は婚約の部分だけ残っている。これだけは簡単だった。婚約の陳情を出したら終わり。たとえ出さなくても、必ず何かの理由で処刑される。予想では、「国への反乱」・「不敬罪」など。
計画はすでに実行した。恐らく、覚悟もできたのだろう……
こう考えたら、ロードルフ子爵のことはついでに助けただけかもしれない。でも、どう考えたのはもう重要ではない。助けたのは事実だから。
「これでわかるでしょう。今月中に婚約を解消したら、わたくしたちはもう関係ありません。君も少し先延ばしにできます。王族はすぐ君に手を出せないでしょう。」
(それは……どうしてですか?)計画の詳細を聞いて、何か聞かなければならないと思った。でも、考えられたのがこんな問題しかなかった。
「それは……どうしてでしょう?こいつが言った。」
「ふふっ、クロイ様ですね。今王族にとって、わたくしはただの邪魔ものでしかありません。
婚約の陳情を出したら、わたくしは間違いなく何かの理由で処刑されるでしょう。そして、わたくしは死んだら、ロードルフ様は必ずしばらくの猶予があります。
それはロードルフ様の『立場』、特に『結婚の意志』があるかどうかによって、猶予の時間が変わります。ここまで説明したら、クロイ様もわかりますでしょう。」
メリー伯爵が死んだら、ロードルフ子爵の立場が曖昧になり、調べる時間が必要になる……ということだろう。
(ねえ、ロードルフ子爵、ここは強引にも助け――)
「君が嫌でも、俺は俺の方法で――」
「やめてくださいな。わたくし、別に助けを求めていませんわ。」
「わかっている!だから、俺は俺の方法で――」
「計画はすでに実行しましたわ。それに、この計画が大事な部分は、『男性が助けてくれない』ことです。どうしてわたくしの計画では、夫人・女性・市民・噂……この人達しかないと、考えたことがありますか?」
ロードルフ子爵は黙り込んだ。たぶん考えているより、わかっているから黙り込んだと思う。
「十年の時間もあれば、わかるようになりますわ。今の王族、また貴族も同じく、アイツらはこの人達を『人』として見ていません。ロードルフ様も感じたことがありますでしょう?何せ、君自身も同じような体験がありましたから。」
婚約の押しつけ、クソ親父のやり方、無闇に犯罪者を殺すこと……そのどれもあまりにも「人権」がなかった。
「だから、これもわたくしの『気持ち』であり、自分の『自由意志』ですわ。あの提案の催促も、『人』として生きるか、『貴族』として生きるかという決意でしたわ。だから、ロードルフ様、クロイ様。あまり心配なさらないでくださいな。これは、必要な犠牲ですわ。」
私も、ロードルフ子爵も、私たち二人はもう何も言えなかった。
メリー伯爵はすでに決意した。計画も実行した。尊重……するしかなかった。
メリー伯爵はこちらに向けって微笑みをかけた。悲しい微笑みを。
「今日はとても楽しい一日ですわ。大丈夫ですわよ。たとえ今すぐ婚約が解消してもすぐには死にません。何をするには準備が必要ですし、処刑や他諸々のことも必要でしょう。それに、今回一週間滞在するつもりですわ。一緒に楽しい時間を過ごしましょう。ロードルフ様、クロイ様。」
ロードルフ子爵は何も言わなかった。ただただ、メリー伯爵の悲しい笑顔を見ることしかできなかった。




