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複雑な匂い、服の触感、また天井にあったシャンデリアの光……馴染めていない身体だが、前のようにひどく震えていなかった。
私は、全員の様子を見回し、「現実」を感じた。その一人一人の表情を見て、私はこの身体で生きていると、実感してしまった。
(おい、三分だけだろう。)頭痛。だが、そんなに痛くない。
「わかって、いる……」私は何とか恐怖心を抑えながら、自己紹介しようとした。
(深呼吸するんだ。俺に教えたんだろう。)
そうだ。深呼吸、スゥ――少し食べ物の匂いと複雑な匂いだが、私は気にせず深く吸い込んで、吐いた。
やっと恐怖心が和らげた。
そして、私はみんなの注目を浴びながら、自分ではない声で自己紹介の言葉を紡いだ。
「みなさん、こんにちは。初めまして……」私の言葉を聞いて、全員何かしらの反応がした。私も少し現実離れ感じがした。
聞きなれた声なのに、自分で発すると変な感じがする。自分が自分ではない感じだった。
そして、私は皆の反応を注意しつつ、自己紹介を続いた。
「ロードルフ子爵の身体にいる『もう一人』です。黒井さな子と申します。どういう原因でここにいたのかがわかりません。あまり長く喋ることができないので、自分の気持ちをお伝えします。
私は、自分の身体と自分の国に帰りたいです。だから、皆さまに助けてほしいです。お願いします。」私は座りながら、皆に頭を下げた。
長く事情を話しても、すぐに飲み込めないと思う。長く喋ることもできない。だから、要点と気持ちを伝える。
どうか……届いてほしい。
そして、数秒間、何も返事がこなかった。この間のせいで、私はまた恐怖を感じた。
(おい、そろそろ頭を上げろ。長い。)
そうだ。私は少し怯えて、視線を上げて、皆の表情を見回した。
皆は何も話さなかった。少し驚きの顔色がしていたが、もっとわかりやすい感情が疑問のほうだった。
「……なるほど。確かにロードルフ子爵の言う通り、何か『臆病』な感じがしますね。」そして、率先して沈黙を破ったのはメリー伯爵だった。
「何となくですが、ご主人様の雰囲気が違うのはわかります……」レイヤーが少し不確定の感じで言った。執事は何も喋っていない。
他の人たちは、「しかし、それは演技とか……」、「でも、こんな感じの子爵様はあまり見たことが……」とひそひそ話をしていた。
「皆さん、少し静かにしてくださいな。」メリー伯爵が言った後、使用人たちがだんだん静かになった。恐らく、メリー伯爵は代表として何か質問してくるだろう。
「さて、クロイサナコと申しましたわね?」
「はい。そうです。黒井、あるいはさな子と呼んでくれてもいいです。」
そして、メリー伯爵はキラキラとした錯覚を感じさせるほど、興味津々な目で私を見ている。その目には好奇心と単純さを感じた。
「そうですか。ではクロイと呼ばせていただきますわ。」
「はい、わかりました。」
「さて、クロイさん。君にとって少し悪いと思いますが、今皆さんにとって、その身体は同じく『ロードルフ子爵』ですので、まだ飲み込めないと思いますわ。あまり悪く思わないでちょうだいね。」メリー伯爵の言葉には気になることがあるが……まず対応を。
「ええ、それはわかっております。私も皆さんの立場だったら、すぐに信用できるとは思いません。だから、ずっと隠れています。」
私の言葉を聞いて、メリー伯爵を含め、皆は突然顔が引き攣っていて、動きが少し不自然な感じになった。
私は何かやってしまったのか?
「そ、そうですか。クロイ様は思いやりのある『人』ですね。」メリー伯爵は少しぎこちない口調で言った。
「それほどではないと思いますが、褒めてくれてありがとうございます。」
「なるほど……にわかに信じがたいですが、確かに『もう一人の方』という感じですわ。」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「元々クロイ様に自分の証明を出してと申し上げたいところでしたが、必要ありませんでしたわ。」
無理なことを……でも、しないということは、信じてくれるのかな?
「なるほど……では、今度私からメリー伯爵様に質問してもよろしいでしょうか?」
これを聞いて、皆また同じような引きつった顔をしている。私、悪いことをしたのか?
「……いいですわよ。クロイ様。」
「その、メリー伯爵様はどうして信じるでしょうか?さっき『飲み込めない』という言葉が気になっています。何か原因があるでしょうか?」
「なるほど。原因は簡単です。そのような『噂』が承知していましたから。ロードルフ様もわかるはずです。ロードルフ様に聞いてみたら?さっきのロードルフ様みたいに会話にしてみてください。」
あ、これは一つの証明になるかな?
私は目を閉じて、
「噂って……」
(ふん。「侯爵の次女」、あの「噂」はこの女から得られたものだ。)
なるほど。
そして、私は目を開けて、もう一度皆を見回した後、メリー伯爵の顔に注目する。
もう少し化粧を落としたら、結構綺麗になるかもしれない。あと匂いも……
「わかりました。あの『侯爵の次女』ですね?」
「ええ。そのことがご存知でしたら、もう言うことはありません。他に聞きたいことがありますか?クロイ様。」
「いいえ、もうありません。思いついた時、ロードルフ子爵様に頼みます。」
(状況次第にな。)
「……状況次第に。」
メリー伯爵はふふっと笑い、使用人を見回し、
「では、使用人の皆さん、何か質問でも?」と言った。
それで今回レイヤーが質問しにきたが……
「クロイ様、今あなたはご主人様の身体にいるとしたら、ご主人様は今どこにいらっしゃいますか?」
「ええと、ロードルフ子爵様なら――あ……ごめん……!私……」身体がひどく震えていて、何もかもが耐えられない感じだった。皆を見る余裕がなくなった。レイヤーが「え?」と出した声が聞こえただけ。
この感覚、もう三分なのか……短いな。
私は両手で自分の身体を抱きしめた。
「だ、大丈夫ですか?!」そして、レイヤーと執事が駆けつけてきたが、私には構う余裕がなかった。
(はっ、充分耐えたな。)少しの頭痛も激痛になっている。
「どう……いう……意味?」
(五分も耐えた。上出来じゃないか。)そうなの?短く感じたんだけど、これを言う余裕がなかった。
「とりあえず……」変えて……
(わかっている。)
そして、少し夢を見ている感じになった。
ロードルフ子爵は自分の身体を抱きしめた両手を離して、駆けつけてきた二人を見た。
レイヤーと執事は何となく気付いたようで、動きが止まった。
「ご主人様……?」
「ああ。俺だ。心配する必要はない。もう戻っていい。」
「……はい、かしこまりました。」二人とも元の位置に戻った。
ロードルフ子爵は他の人たちを一瞥してから、視線の先がメリー伯爵に定着した。
「これで、信じてくれるでしょうか。」
「まあ、さっきの会話を通して、わたくしは信じますよ。『メリー伯爵様』ですからね。」
あ、なるほど。ロードルフ子爵はこのような呼称でメリー伯爵を呼ばないから。
だから、みんな引き攣った顔をしていたんだ。
「会話も円滑に進めますし、かなり印象がいい子ですわ。その『臆病さ』、納得できますわ。」
「ふん。もう良い。とりあえず、信じてくれるなら、俺もお前らに頼みことがある。」
全員ロードルフ子爵のことを注目している。
それと、私のことが意識しているからだろう。メリー伯爵、レイヤーと執事の目には、何となく「私」のことを見ているような気がする。
「コイツは帰りたがっている。そして、できることも少ない。俺一人だけでは力が足りないんだ。
だから、こいつだけではなく、俺もお前らに協力を求めたい。俺とコイツに、『助けてほしい』。」
助けてほしい……ロードルフ子爵からあまり聞こえられない言葉だろう。
皆は少し驚いたように目を見開いて、メリー伯爵はすぐ整えて、羽扇をパっと開けた。軽く羽扇を揺らしながら、
「そうですか。では、わたくしは君たちに助力しますわ。わたくしの身に今後何が起きるか、そして何ができるかわかりませんが、君たちを助けたい気持ちが必ずあります。これだけ忘れないでくださいな。」と言った。
メリー伯爵、本当にいい人だ。たぶん、「貴族」の中では珍しい人間かもしれない。
そして、使用人たちは少し疑問を感じながらも、一人ずつ跪いて、助けますと言い出した。
レイヤーはロードルフ子爵を注目しながら、
「微力ながらも、是非君たちの力になりたいと思っております。それとご主人様。僭越ながら、一つ質問してもよろしいでしょうか?」と言った。
「言え。」
「クロイ様は、いつご主人様の身体にいらっしゃいましたでしょうか?」
ロードルフ子爵は一瞬留まってから、答えた。
「二ヶ月前だ。」
レイヤーは答えを聞いた後、綺麗な笑顔をして、その笑顔の気持ちはとても純粋だった。
「かしこまりました。ありがとうございます。ご主人様。そして、クロイ様。」
やはり、ジレンマみたいだ。
「……ふん。構わん。こいつもお前のことが嫌いじゃない。『臆病』なだけだ。」
たぶんロードルフ子爵は深く考えてないかもしれないが、この返事は少し助かった。
これで……いいだろう。
「そうですか……」
「ええ。では、食事の時間だ。」
ロードルフ子爵は使用人たちを解散させようとしたが、メリー伯爵が止めた。
「せっかくですし、ここは使用人の皆さんにも一緒に召し上がってはいかがでしょうか。ロードルフ様?」
ロードルフ子爵は少し考えて、頷いた。
「いいだろう。許そう。使用人でも時間が惜しいだろう。お前ら、交流室を使ってもいいが、後はちゃんと片付けろ。」
使用人たちは了承の返事をした。
これで、すべてが一段落した。無事に終了して本当に良かった。
みんなに嫌われていないと思う。同じく好かれていないと思う。無難な感じで終わった。協力も求めた……しかし、私はいつになったら、帰れるのかな?
ああ、ダメだ……また不安が広がっていく……
(ロードルフ子爵、少しの間、隠れてもいい?)
「……ああ。」
そして、私は「心の空間」に潜った。
ここにいると少し安心できる。だが、今回「心の空間」は若干様子がおかしい。
いや、もっと正しく言うと、「私」のほうがおかしい。ふと――記憶が掘り出されているような感じだった。
私としての記憶、私の人生、まるで走馬灯のように、フラッシュバックし続けている。
楽しい人生だった。いい人たちに恵まれていたと思う……しかし、「死にたくない」……また、友達と、家族と一緒に生きていたい。だから、頼む――
ああ、そうか……そうだった。私、誰かの手によって、殺されたんだ。死によって、私はここにいた。
自分の記憶が、「死ぬ直前」の記憶が、蘇った。




