10
ロードルフ子爵は近くにある本棚から、渦巻き状に巻いている毛皮を取り出した。
その毛皮を平たくすると、中に島や境界線など描いていた地図なのだ。
(地図……)
「ああ、地図だ。それとも何が?これも『線』しか見えないのか?」
(いいえ、「絵図」はちゃんと認識できる。)
「ならいいだろう。国の外交状況を教えるんだ。絵もダメなら、言葉で教えるしかない。」
(あの……一つ頼んでもいい?)
「あん?」
(簡単な「図形」とか描いてくれる?まるとか、バツとかでいい。)
「……そうか。」ロードルフ子爵も何が思い付いたようで、私の提案に乗ってくれた。
彼は廃棄処分の紙を取って、それぞれの「図形」を描いてくれた。
「これは?」
(まる。)
「これは?」
(バツ。)
「で、これは?」
(矢印。)
「『図形』が認識できる。上出来じゃねえか。」
(ええ、そうだね。それと、ロードルフ子爵、何が『文字』を書いてくれないかな?)
「何でだ?」
(もしかしたら、「文字」を「図形」として認識したら、読めるようになるじゃないかと思っているんだ。)
「あっそう。」
もしできるなら――と思ったが……
(あ……ダメだった。やはり「線」なんだ。)
うまくいかなかった。
ロードルフ子爵は文字を書いたけど、やはりただの「線」しか見えない。
「はあ……なあ、なんでお前に『文字』を書かせてみたいという理由に考えていないのか?」
(それは……何か推測があったじゃないの?)
「ああ、あったさ。だが、お前もっと深く考えてないのか?」
(考えてない。どういうこと?)
「チッ。俺らが今『交流』できること自体がおかしいと思わないのか?」
(ええ、確かにおかしいと思うよ。こうやって身体の中で話すから。)
「違う。『言葉』の意味だ。『言語』のことだ。」
(あ、なるほど。「言語」に対しての認識か。)
「そうだ。違う国だったら、『言語』も違うはず。お前は今何語で話しているんだ?」
(……自分の認識では、「日本語」だ。)
「俺は『バイアス語』で話すんだ。一応『共通語』もできる。だが、お前にとってその『日本語』とやらに聞こえるのか?」
(ええ、そのように聞こえる……)「言語」の名前どれも聞いたことがない。ちょっと驚いた。
まさか、ここで新たな事実が発見された。
でも、何で「言語」の認識が違っても交流できるの?私は「バイアス語」とか、「共通語」とか全然わからない。しかし、ちゃんと日本語のように聞こえる……
あ、待て。たしか「多重人格」の本に書いてあったはず。そう。脳の仕組み!
もしかして、「身体」が同じだから、「脳」が同じだから、「言語知識」も共有できる。
つまり:「私からの言語」→「脳の転換」→「本人」、私たちの交流がこういう仕組みかもしれない。
逆も同じ:「本人」→「脳の転換」→「私がわかる言語」
そもそも、私は「考える」ことでロードルフ子爵と交流している。いわゆる、「並存意志」みたいなものだろう。だから、同じ脳で「言語知識」を共有した。
でも、もし「言語知識」が共有できるなら、なんで「文字」が「線」に……
あ!だから、私に「文字」を書かせたかったんだ!「言語知識」のことを考えて――
「ふん。これでわかったか。なんで俺がお前に『文字』を書かせたい理由を。」
(うん。十分わかった。というより、ロードルフ子爵は本当に「多重人格」のことがわからなかったの?)
「知らんかったが、お前昨日のことを忘れたか。」
(そうか。たしか勝手に「読んだ」のね……)
「『読んだ』というか、『感じた』ほうが正しいだろう。それは言語化できないものだ。」また曖昧なことを……まあ、何となくわかるけど。
(どっちでもいい。でも、これは「ルール」に追加したほうがいいかも。あなたも私に何考えているのか読まれたくないだろう。)
「そうだな。だが、ルールの追加は後日だ。外交状況のほうが先に教える。」
(じゃあ、今仮ルールでいい。とりあえず、お互いの知識や記憶など勝手に読まないこと。)
「ああ。で、国の外交状況はそんなに複雑ではない。『図形』もわかるなら、『図形』を見ながら説明する。まず、外交策は――」
そして、ロードルフ子爵の説明と相関図によって、わかりやすく理解できた。
バイアス王国の外交策:積極的に他国と友好関係に結ぶ。
バイアス王国周辺国は「図形」で表示する。計四つの国。それぞれの代表図形、“○”、“×”、“△”、“□”。
〇 ←→ バイアス王国 : 〇
× ←→ バイアス王国 : 〇
△ ←→ バイアス王国 : 〇
□ ←→ バイアス王国 : △
マルは「友好」、三角は「中立」。つまり、バイアス王国は周辺国との関係性はほとんど「友好」だ。
そして、“□”の国との接する部分が少なく、交通網も不便なため、「中立」となっている。
「それで、一番面倒なのは『派閥』の問題だ。まず、この国の『派閥』からだ。」
バイアス王国の派閥、大きく分けて王族派――貴族派。
バイアス王国の派閥:
王族派:
また三つに分ける――権利派、集中派、分配派。
だがどれも王位継承権をめぐって争うつもり。
宮廷闘争が激しい。貴族派と「民心」を「競う」仲。
貴族派:
地方の貴族は大体この派閥。派閥の派生も多くてややこしい。
よって、地方の勢力と役割だけ教えてくれた。
そして、地方の勢力が一番大きいのはリザリザ公爵。(註:地図5の位置)
公爵は王族と協力関係を持っている。
地方の勢力:
子爵領の周りに伯爵が四人いる。
カーベーリ伯爵 〇国の外交担当。(註:地図2の位置。)
レンファ伯爵 主に外交補佐、また他の領地の補佐。(註:地図3の位置)
ビルディ伯爵 子爵経由で外交担当の支援、また子爵の内政補佐。(註:地図4の位置)
メリー伯爵 〇国の外交担当。(註:地図6の位置)
ロードルフ子爵は主に外交の補佐、次に内政の支援。どちらにも協力体制を取っているが、あまり子爵のことをよく思われていないらしい。
(ここで質問していい?)
「構わん。」ロードルフ子爵は手を止めず、他の図形を描いている。
(どうしてよく思われていない?子爵は嫌なことでもした?)
「ア……ふざけるなよ。」“アホ”なのかな?
彼は手を地図に指しながら、一つずつ理由を述べていた。
カーベーリ伯爵 領地の面積が子爵より小さいことに気にしている。
レンファ伯爵 仕事の支援が遅い。
ビルディ伯爵 公爵との関係性を重視している。
メリー伯爵 なぜか飛ばした。
(メリー伯爵は?)
「……『あの女』は俺の婚約者だ。」
「あの女」……最初の時、聞いた言葉だ。
“「もう一度聞こう、俺様の身体にいる貴様は誰だ!『あの女』の手下か!」”