表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪領主、自分の意志と戦う  作者: ヨガ
第一章
11/75

11

 「逆に質問するのは――」


 (早く「定義」を!)


「……『感情』だろう。『気持ち』は。」


 (「気持ち」は……ただの「感情」一言で済ませることじゃない!ただの喜怒哀楽じゃない!人の気持ちを尊重することが大事なことだろう。たとえ平等な人間でも、仲間でも……)


「……わからない。抽象的すぎる。もっとわかりやすく……」


 私……本当に人間と会話しているの?ここまで「気持ち」に対して説明をしなくてはいけないの?


 (あなた、人間だよね。)


「当然だ。」


 (私、「自由意志」のことを言ったよね。)


「言った。」


 (仲間になってって言ったよね。)


「言った。」


 (あなたも引き受けたよね。)


「ああ、引き受けた。」


 (そして、私は優しく接してくれるって言ったよね。)


「ああ、人として扱う前提なら。」


 (その「暗喩表現」に対して私も尊重するつもりよ。あなたにもあなたの原則があるってことはわかっている。だから「手伝うのはいい、やらせてもいい」って。)


「……ああ、言った。」


 (ならば、「気持ち」のことを無視しないで!)


「……俺、格好悪いのか?」


 馬鹿なの?!


 (馬鹿なの?!外見の問題じゃない!格好いいか悪いかの話じゃない!むしろ外見は好みのほうなの!だが、私は「気持ち」の問題で身体を貸したくないの!)


「……わからん。」


 ここまで言ってまだわからないと、もはや「人間」ではない。


 (なんで私が「心理的な原因」って言ったことに何も考えてなかったの。)


「わからん。」


 (だろうね。もし分かっているなら、「気持ち」のこととか聞かないし。)


「皮肉はいい!早く言え!」


 (私は――

 なるべくあなたのことを「尊重」したかった。それは「気持ち」だ。

 あなたを人として尊重したかった。それは「気持ち」だ。

 分かりやすく説明してあげるつもりだった。それは「気持ち」だ。

 仲間になってほしかった。それは「気持ち」だ。

 優しくてしてほしかった。それは「気持ち」だ。

「気持ち」の意味が曖昧であやふやすぎるから、言わないようにした。それは「気持ち」だ!

 あなたにもわかってほしかったから、「心理的な原因」って言った。それは「気持ち」だ!


 ……「気持ち」は、一つの意味だけじゃないんだよ。もっと考えてよ。)


「……わからん。」


 もう、諦めたかった。


「でも、このことを言ったら、わかるのか。あなたが、その、「気持ち」とかで……分かるようになるのか?」


 正直、あまりこの人と深く関わりたくなかった。


 余計な詮索もしたくなかった。


 尊重したい「気持ち」があるから、なるべく考えないようにした。


 でも、人間は人間である以上、感情がないわけがない。考えもそうだ。つい考えてしまう。ついつい余計なことを考えてしまう。


 この人過去に何かあったの?その口調あまり変わらないね。ずっと命令口調で嫌いだな。(なんで無効率――)……すごい責任感、領主として何かプライドがあるかな。あ、そういえば鏡で顔を見た。意外と格好いい、性格嫌いだけど。意外に感情があるね、ずっと冷淡なやつだと思った。ちょっとつまんないな。勉強できないし、文字が線だし……


 ――尊重したいから、考えないようにした。でも無理。人は生きている以上、考える生き物なんだ。


 私は、彼の身体の中にいた。脳の中にいた。心の中にいた。


 どれも、触れないようにした。


 でも……何が言いたいことがあるなら、触れなきゃいけない。


 (いいよ、聞いてあげる。君の……「気持ち」を尊重したいから。)


「その態度――」


 (あなたの「感情」に影響されているんだ!仕方ないんだよ!)


 ロードルフ子爵がしばらく沈黙して、両手の痛みがジンジンと伝わってきた。


 医者は……まだ来ないの?


「はあ……はっきり言って、あなたが言った『気持ち』はなんなのか、まだ分からない。


 俺は、生まれてから、ずっと『貴族』たちと付き合っていた。付き合わせられていた。


 『お前は貴族だ、人ではない。』

 『感情なんてどうでもいい。意味ないものだ。』

 『貴族に務まる以上、自分の気持ちを捨てろ。』

 『言いたいことがあっても抑えろ。お前の意見が必要じゃない。必要なのは貴族の意見だ。』


 だから、俺はずっと『気持ち』のことは『感情』のことだと思っていた。


 でも、あなたが言った『気持ち』はそれだけじゃない。そうだろう。」


 (ああ……そうだ。)


「俺は詳しくわからんが、何となくこのことを言ったら、あなたは何かが分かるようになるじゃないかと思った。どうだ?」


 彼の過去、触れなきゃいけなかった。深く関わるつもりはなかった。この世界のことを「現実」として見たくなかった。


 人は人と「触れ合って」、世界が「現実」となる。


 だから、この時、この瞬間――夢が壊れ、幻想が破れ、理想が崩れ、触れなきゃいけない現実を見てしまった。


 もう、見てしまった。


 (……「感情的」になりやすい人間は、必ずしも人の「気持ち」を理解できるわけではない。)


「……どういうことだ。」


 (あなたはあまり「共感性」がない人間だと言っている。「気持ち」は考えるより、感じるものだ。あなたは過去の原因によって、それを察する・感じる能力が普通の人より遅れている。)


「それが何か問題になるのか。」


 今問題になったじゃん!


 でも、これは説得にならない。彼の問題は、こんな薄っぺらい言葉遊びじゃない。別の答えを求めている。それも一つの「気持ち」だ。


 なのに、彼は気付いていない。周りの原因で、環境の原因で、自分の「気持ち」すら気付かなかった。


 ああ、そういえば、「最初」、「二週間前」、私は突然こいつの身体の中にいた。何の前触れもなく、突然の出来事、わけわからないまま、あまり現実性がなかったから、私は直接交渉に入った。


 実は気付くべきだった。あの「状況」に対して――少し、わかった気がする。


 ――大丈夫ですか?私の考えに対して、彼は「無事ならさっさと起きろ!」と……ただの「不器用」ほどではない。


「無知」だ。


(「領主」として、「貴族」として、これは問題にならないかもしれない。だが、「人」として、「人間」として、絶対支障が出る。)


「……『気持ち』、そんなに大事なことのか?」


「――様!」廊下の端で、人影が見えた。


 どうやら、二人が医者を連れて来たようだ。


 (大事だ。あの二人も、あなたという人を心配している「気持ち」がある。だから、「気持ち」を無駄にしないで。無視しないで。)


「……わからん。」


 (あの時、なんであのメイドの子が部屋にいたの?)


「……理由?俺は数日何も食べてなかったからとか言ってた。」


 (あなたの返答は?)


「『いらん。さっさと出ていけ!』と。そして、彼女は転んだ。後のことはお前も知っている。」


 はあ……


 恐らく、今何教えても分からないと思う。謝る気持ちとか、感謝の気持ちとか……


 二人も、医者も近づいてくる。


 (とりあえず、あの二人に「感謝の言葉」を述べよう。)


「なんでだ。たかが平民だ。」


 (平民でもだ!「気持ち」が知りたいなら言いなさい!)


「その命令口調は――」


 (もし、あなたが優しく接する前提は「人」として扱うなら、私もあなたに「人」として扱う前提がある!今のあなたは、「人」ではない!)


 ロードルフ子爵はバカではない。言葉の意味が理解できるはず。暗喩表現も使っている人だから。


「……分かった。」


 (もし、どう言ったらいいのかわからないなら、この「言葉」を――)


 そして、近づいた人たちに、彼は――


「……ありがとう、三人とも。」と言った。


 三人が一瞬、ロードルフ子爵が何言っているのかがわからなかったようで、静かになった。


 また三人が同時にはっとなって、慌ててこう言った。


「お、お、おそれいります!ご主人様!」


「とんでもございません!子爵様!」


「大変光栄に存じます!子爵様!」


 感謝の言葉から、何かが始まった。


 彼も。


 私も。


次回、幕間の編!

次回の幕間が終わったら、第二章になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ