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「逆に質問するのは――」
(早く「定義」を!)
「……『感情』だろう。『気持ち』は。」
(「気持ち」は……ただの「感情」一言で済ませることじゃない!ただの喜怒哀楽じゃない!人の気持ちを尊重することが大事なことだろう。たとえ平等な人間でも、仲間でも……)
「……わからない。抽象的すぎる。もっとわかりやすく……」
私……本当に人間と会話しているの?ここまで「気持ち」に対して説明をしなくてはいけないの?
(あなた、人間だよね。)
「当然だ。」
(私、「自由意志」のことを言ったよね。)
「言った。」
(仲間になってって言ったよね。)
「言った。」
(あなたも引き受けたよね。)
「ああ、引き受けた。」
(そして、私は優しく接してくれるって言ったよね。)
「ああ、人として扱う前提なら。」
(その「暗喩表現」に対して私も尊重するつもりよ。あなたにもあなたの原則があるってことはわかっている。だから「手伝うのはいい、やらせてもいい」って。)
「……ああ、言った。」
(ならば、「気持ち」のことを無視しないで!)
「……俺、格好悪いのか?」
馬鹿なの?!
(馬鹿なの?!外見の問題じゃない!格好いいか悪いかの話じゃない!むしろ外見は好みのほうなの!だが、私は「気持ち」の問題で身体を貸したくないの!)
「……わからん。」
ここまで言ってまだわからないと、もはや「人間」ではない。
(なんで私が「心理的な原因」って言ったことに何も考えてなかったの。)
「わからん。」
(だろうね。もし分かっているなら、「気持ち」のこととか聞かないし。)
「皮肉はいい!早く言え!」
(私は――
なるべくあなたのことを「尊重」したかった。それは「気持ち」だ。
あなたを人として尊重したかった。それは「気持ち」だ。
分かりやすく説明してあげるつもりだった。それは「気持ち」だ。
仲間になってほしかった。それは「気持ち」だ。
優しくてしてほしかった。それは「気持ち」だ。
「気持ち」の意味が曖昧であやふやすぎるから、言わないようにした。それは「気持ち」だ!
あなたにもわかってほしかったから、「心理的な原因」って言った。それは「気持ち」だ!
……「気持ち」は、一つの意味だけじゃないんだよ。もっと考えてよ。)
「……わからん。」
もう、諦めたかった。
「でも、このことを言ったら、わかるのか。あなたが、その、「気持ち」とかで……分かるようになるのか?」
正直、あまりこの人と深く関わりたくなかった。
余計な詮索もしたくなかった。
尊重したい「気持ち」があるから、なるべく考えないようにした。
でも、人間は人間である以上、感情がないわけがない。考えもそうだ。つい考えてしまう。ついつい余計なことを考えてしまう。
この人過去に何かあったの?その口調あまり変わらないね。ずっと命令口調で嫌いだな。(なんで無効率――)……すごい責任感、領主として何かプライドがあるかな。あ、そういえば鏡で顔を見た。意外と格好いい、性格嫌いだけど。意外に感情があるね、ずっと冷淡なやつだと思った。ちょっとつまんないな。勉強できないし、文字が線だし……
――尊重したいから、考えないようにした。でも無理。人は生きている以上、考える生き物なんだ。
私は、彼の身体の中にいた。脳の中にいた。心の中にいた。
どれも、触れないようにした。
でも……何が言いたいことがあるなら、触れなきゃいけない。
(いいよ、聞いてあげる。君の……「気持ち」を尊重したいから。)
「その態度――」
(あなたの「感情」に影響されているんだ!仕方ないんだよ!)
ロードルフ子爵がしばらく沈黙して、両手の痛みがジンジンと伝わってきた。
医者は……まだ来ないの?
「はあ……はっきり言って、あなたが言った『気持ち』はなんなのか、まだ分からない。
俺は、生まれてから、ずっと『貴族』たちと付き合っていた。付き合わせられていた。
『お前は貴族だ、人ではない。』
『感情なんてどうでもいい。意味ないものだ。』
『貴族に務まる以上、自分の気持ちを捨てろ。』
『言いたいことがあっても抑えろ。お前の意見が必要じゃない。必要なのは貴族の意見だ。』
だから、俺はずっと『気持ち』のことは『感情』のことだと思っていた。
でも、あなたが言った『気持ち』はそれだけじゃない。そうだろう。」
(ああ……そうだ。)
「俺は詳しくわからんが、何となくこのことを言ったら、あなたは何かが分かるようになるじゃないかと思った。どうだ?」
彼の過去、触れなきゃいけなかった。深く関わるつもりはなかった。この世界のことを「現実」として見たくなかった。
人は人と「触れ合って」、世界が「現実」となる。
だから、この時、この瞬間――夢が壊れ、幻想が破れ、理想が崩れ、触れなきゃいけない現実を見てしまった。
もう、見てしまった。
(……「感情的」になりやすい人間は、必ずしも人の「気持ち」を理解できるわけではない。)
「……どういうことだ。」
(あなたはあまり「共感性」がない人間だと言っている。「気持ち」は考えるより、感じるものだ。あなたは過去の原因によって、それを察する・感じる能力が普通の人より遅れている。)
「それが何か問題になるのか。」
今問題になったじゃん!
でも、これは説得にならない。彼の問題は、こんな薄っぺらい言葉遊びじゃない。別の答えを求めている。それも一つの「気持ち」だ。
なのに、彼は気付いていない。周りの原因で、環境の原因で、自分の「気持ち」すら気付かなかった。
ああ、そういえば、「最初」、「二週間前」、私は突然こいつの身体の中にいた。何の前触れもなく、突然の出来事、わけわからないまま、あまり現実性がなかったから、私は直接交渉に入った。
実は気付くべきだった。あの「状況」に対して――少し、わかった気がする。
――大丈夫ですか?私の考えに対して、彼は「無事ならさっさと起きろ!」と……ただの「不器用」ほどではない。
「無知」だ。
(「領主」として、「貴族」として、これは問題にならないかもしれない。だが、「人」として、「人間」として、絶対支障が出る。)
「……『気持ち』、そんなに大事なことのか?」
「――様!」廊下の端で、人影が見えた。
どうやら、二人が医者を連れて来たようだ。
(大事だ。あの二人も、あなたという人を心配している「気持ち」がある。だから、「気持ち」を無駄にしないで。無視しないで。)
「……わからん。」
(あの時、なんであのメイドの子が部屋にいたの?)
「……理由?俺は数日何も食べてなかったからとか言ってた。」
(あなたの返答は?)
「『いらん。さっさと出ていけ!』と。そして、彼女は転んだ。後のことはお前も知っている。」
はあ……
恐らく、今何教えても分からないと思う。謝る気持ちとか、感謝の気持ちとか……
二人も、医者も近づいてくる。
(とりあえず、あの二人に「感謝の言葉」を述べよう。)
「なんでだ。たかが平民だ。」
(平民でもだ!「気持ち」が知りたいなら言いなさい!)
「その命令口調は――」
(もし、あなたが優しく接する前提は「人」として扱うなら、私もあなたに「人」として扱う前提がある!今のあなたは、「人」ではない!)
ロードルフ子爵はバカではない。言葉の意味が理解できるはず。暗喩表現も使っている人だから。
「……分かった。」
(もし、どう言ったらいいのかわからないなら、この「言葉」を――)
そして、近づいた人たちに、彼は――
「……ありがとう、三人とも。」と言った。
三人が一瞬、ロードルフ子爵が何言っているのかがわからなかったようで、静かになった。
また三人が同時にはっとなって、慌ててこう言った。
「お、お、おそれいります!ご主人様!」
「とんでもございません!子爵様!」
「大変光栄に存じます!子爵様!」
感謝の言葉から、何かが始まった。
彼も。
私も。
次回、幕間の編!
次回の幕間が終わったら、第二章になります。