第五話 「消滅の魔法」
ドラゴンの首が落ちた。
その様子を、後ろで三人の男女が眺めていた。
俺は返り血を浴び、少しの間時が止まるように頭の中は静まり返っていた。
「すげーじゃねーか」
ハルジオンは、のらりくらりと近づいていった。
俺は、そっと振り返る。
「まさか、ドラゴンの頭蓋骨を切るとは………」
マルフは目の横辺りから、首の方に切れたドラゴンを遠くから見つめて唖然としていた。
「ほんの一瞬……ギルの剣から魔力が爆発する。あの剣に切れないものはきっとないよ」
「本当かい?お嬢ちゃん…」
「多分ね」
カーリヤは、彼の剣が何を切るのか、すべてを見通していたように話した。
マルフには、彼の魔力が。ほんの一瞬の爆発が認識できてはいなかった。
カーリヤの話を聞いたとき、まさかと思った。
しかし、首というより頭の方が不自然に切れたドラゴンは、紛れもない現実だった。
「お嬢ちゃんはどうやってドラゴンを倒すつもりだ?」
自分の想像以上の事態が起きた。
今のマルフは、自分の想像力を疑っていた。
彼女は、もしかしたら、彼女も自分の想像を超えてくるかもしれないと。
「リリースミスト、知ってる?」
「魔法か?知らないな?」
「発散する、物体。この呪文は実体のあるものを消失させる魔法。人を殺すには、余りにオーバースペックで、容量の悪い呪文だった。だからいつの間にか忘れられた呪文」
「何でそんなものを知っているんだ?」
「この呪文のいいところは、死んだ者に呪いを残させないことにある。人は死ぬと呪いにかかる。しかし、この呪文ならすべてを無に帰す事ができる」
「呪い?」
「目には見えないけど、確かにある。死体の周りにある嫌な魔力がそう」
「何でそんな魔法が必要になるんだ?」
「強い魔力を持った魔族はこうしないと、滅ぼすことができないから」
「それは、何度も転生する。卵でもか?」
「本番前に、一回試しておかないとね」
なぜこの子は、この呪文を知っているんだろうか?
俺は一度も見たことないどころか、聞いたことすらない。
魔族の卵は、すべての攻撃を跳ね返し、その中からは転生した魔物が現れる。
三年前は、完璧に殺しきることができない前提で戦いを挑んだというのに。
死んでも何度も転生する、邪の世界の生き物。
そんなものを殺せるイメージがわかない。
仕組みを理解していない、魔法は使えない。
これは魔法の大原則だ。
そんな魔法が本当にあったとして、俺には仕組みが分からない。
たとえ見たとしても、真似できるようなものじゃないだろう。
「じゃあ、召喚するぞ?お嬢ちゃん、その魔法見せてもらおうか」
返事をする代わりに、彼女は杖を握りしめた。
そして、二人で魔法陣を囲む。
「召喚したら、すぐに遠くに離れて」
「……わかった」
さっきとは別の緊張感があった。
俺は召喚され始めると、すぐさまその場を遠ざかった。
本能的に、何かがヤバい気がする。
ドラゴンの半身が地面から這い出してきた。
「もっと、もっと遠くに離れて!」
「もっと離れるのか?正直十分離れると……」
ギルは、二十歩ほど離れた場所に立っていた。
「いいから!」
「わかったよ…」
ギルが大人しく、後ろへ下がると、全身が召喚された。
「あいつ……やけに長く呪文を唱えてやがるな。あんな長い呪文は初めて聞く」
だいぶ離れたおかげで、何かを唱えているということしかわからなかったが、何かの魔法を使おうとしていることは分かった。
「ありゃぁ、何をしようとしてんだぁ~?」
「あいつ、あのままだと喰われるぞ!!」
ギルが切羽詰まったように言い放った。
彼女はぎりぎりまで、呪文を唱えている。
このままだと、食われてしまうのではないかと思うまで。
「チッ…あのバカ野郎、しょうがねえ俺が…」
「いいや、大丈夫だ。彼女なら恐らく一発で消し去るはずだ」
「でもなぁ………」
マルフと、ギルが言い合っている内に、呪文が途絶えた。
どうやら、詠唱が終わったらしい。
「リリースミスト」
最後の言葉が、遠く離れた場所にも聞こえた。
彼女の呪文に答えて、二つの魔法陣が彼女の前に展開され、その中から、闇の触手が現れた。
闇の触手の動きは、非常に早く、ドラゴンの体をからめとった。
そして、闇がドラゴンの体を覆う。
闇の球体が完成した。
「ガア゛ぁ゛あ゛ぁぁぁ」
それに浮かび上がった球体から、おぞましい鳴き声が聞こえてきた。
まるで、とてつもない苦しみを感じているような。
そして、一度小さく縮む。
その瞬間!!!
元の大きさの十倍ほどの体積に急激に膨張し、爆発した。
「うお゛!黒い爆発!?アイツは大丈夫なのか!?」
黒い煙が上がる、辺りは少しくぼんでいるように見えた。
その中から、一人の人影が覗いた。
そう、カーリヤだ。
何もなかったかのように、ただ一人佇んでいる彼女は。
煙中から、余裕の表情で歩いてきた。
「終わった」
そう一言いい終えると、一人で下山の準備を始めた。
「終わったって、死体一つ残ってねーじゃねぇか」
「何か問題があるの?」
「いや、違う。まさかあんな派手なものを使うと思ってなかっただけだ」
「じゃあ、問題はないね」
マルフは、彼女、彼の会話を横目に、辺りの気配を探っていた。
たしかに、死体に必ず残る魔力が無い。
怖いほどこの辺りは静かになっている。
まさに、魔力そのものが消し飛んでしまったかのように。
「おいおい、こりゃぁーなんの魔法だぁ~こんなわけのわからねえ魔法、初めて見るぞ」
「ああ、俺もだ。実際にこの目で見ると余計にわからなくなった。この俺でも、何がどうなったのか何一つ理解できていない」
「だけど、一つ分かったこともあるよな~」
「……魔力が、この辺りの魔力が消えた」
この少女は、いったい何者なんだ?
少なくとも、ただの人間ではないことは確かになった。
この後四人は、山を下り、ギルドへ向かった。
昇級により、カードの更新S級名簿への登録をするためだ。
ギルドへ着くと、一人の女が、酒のボトルをもって待っていた。
マルフは、いつ何をやっているのか全く分からない謎の女だと思っていたが、余計にわからなくなった。
「みんな、お疲れー…ウヒッ」
どうやら、そこそこ酒が回っているらしい。
昼間から何もせずに、こいつは何をやっているのだ?
コイツが、嬢ちゃんの師匠だと思うとあまりに心配になる。
うまく制御できるんだろうな…?
こんな力を持った子供を、一人にさせておくわけにはいかないからな。
まあ、立派な魔法を使ったところを見ると、そこそこ立派な師匠なんだろうが…
「お!マルフ、久しぶりだね!!最近は懐かしい奴らによく合うな~」
懐かしいと言っても、まだ三年しかたってない。
冒険者にとっての、三年の別れなんてものは、本当に大したものではないのだ。
まあ、こいつは無駄に若いからな。
三年がまだ長い年なんだろう。
「お前とは話したいことはあるが……とりあえず、この二人の試験は無事に終わったよ」
「あ!どらごんねー!それは良かった。まあ、別にてこずるようなモンスターでもないしね!!」
ドラゴンを、弱いモンスターだと思ってるのは、おそらくこいつくらいなものだろう。
「じゃあ、今日は俺がおごるから、少し俺の話に付き合え」
「まじで、やったー!」
仲間の二人は、いつも通りだって顔をしている。
これがいつも通りというなら、俺はこいつらに同情してしまう。
「じゃあ、カードを受け取りに行こうか」
「よお嬢ちゃん、また必要以上に酔ったふりしてるな?」
「これだから、あんたが酒の席にいると気分よくなれないから嫌なんだよね」
「まあ、まあ、それよりよー。あの二人は予想以上に強かったな~」
「まあね」
「どうやったんだ?」
「私がどうかしたわけじゃないよ。ギルは魔力が少ないなりの戦い方を、自分の戦い方を極めた。それだけ」
「小さい嬢ちゃんは?」
「あの子は、最初から魔術の基礎を知っている。私はコツを教えただけに過ぎないよ。あれは彼女が元々持っていたものだ」
「ふーん、そうね~。まあいいやぁ。嬢ちゃんが、この町に来た時は子供とは思えない。まるで熟練の冒険者のような知識があった。流れの人間とは思えないほど。その知識は、誰から学んだ?」
「女神からだよ」
「嘘か?」
「嘘じゃない、私には女神が話しかけてくる。彼女は最も全能に近い人だよ」
「女神しか知らないことも、あんたは知ってるのか?」
「まーね」
「俺は、古い昔の話を聞いたことがある。魔王がいた時代。はるか昔の話だ。そこには、女神の声が聞こえる勇者がいたらしい。伝説上のお話だがな?」
「ふーん、そんな話がねー」
「俺はな~、あんたが…」
「おい、終わったぞ」
「これで二人とも、S級だね!!アハハハハ!いやぁーもうカーリヤに追いつかれちゃったな~」
「せっかく、A級が冒険者がそろったんだ。みんなで飯でも食おうぜ」
「いや、俺はパスだな~」
「そうか、お前は三人以上で飯は行かないよな。いつも」
「じゃあ、この三人で行くか」
「マルフ?君のおごりでいいんだよね?」
三人が、食事処につくとマルフは真っ先に本題を切り出した。
意外とこういう時は、シェスタとは違い、回りくどくない性格なのだ。
「黒い触手の生えるあの呪文。あれはお前が教えたものか?シェスタ」
「そうだよ」
「何で君は、そんな呪文を知っていたんだ?」
「女神様から教えられたんだよ」
「君はからかっているんだろう?」
「相変わらず頭が固いねー」
「シェスタの女神の助言は、結構俺の役にも立ってるぞ?」
「ギル…君は信じるのか?」
「まあ、信じるほかなくなったって感じだな」
「まあ、とりあえず。シェスタに答える気がないならいいだろう。しかし、なぜ三年前に自分で使わなかったんだ?」
「あれは私が使える魔法じゃないからね」
「どういうことだ?」
「魔法適正か………」
「魔法使いには、自分の得意不得意があるんだ。もちろん、私にもある。しかし、カーリヤはあの魔法に、高い適性があった。だから、今日は試し打ちをして来いと……」
「ドラゴンを、魔法の練習台にするのは、きっと君だけだよ」
「まあでも、問題はなかっただろ?」
「問題があったらどうするんだと言ってるんだ、俺は」
「まあ、まあ、俺でも切れたんだからそこまで危険じゃないだろ」
「あんたは……まあいいや…とにかく、もう少しで卵がかえる。しかし、現在の状況だと。戦力が足りるかどうかわからない……」
「いや、足りるね」
「どうして言い切れるんだ?」
「私の勘だよ、一度戦った経験からともいえるけど。私の仲間は強い。これ以上に納得するものはないんじゃないかな?」
「たしかに、それは良く分かった。しかし、この前と違って、三年前の戦いで引退した奴は多い。集まるのは、今いる俺たちを含めて六人だろう」
「あと一人は?」
「ハルネ・シンス。赤髪だ」
「ああ、彼か……それにしても、やはり少ないね。今回は、A級の冒険者を使わないつもりだろ?」
「良くわかったな」
「まあ、君がそんなことをする奴だとは思ってないからね」
「三年前に思い知ったよ、やはりAとSでは、大きな差が開いていた。正直見誤ったと思った。あの時は」
「まあ、三年前はA級の質も低かったしな。三年前にたくさん死んでくれたおかげで、そこら辺のハードルはだいぶ上がったみたいだが」
「それより、君には一つ確認しておきたいことがある。君は、勝てる算段があるんだよな?」
「カーリヤの魔法なら、確実に殺せる。これは確かだ。女神もそう言っている」
「こっちは、女神は信じちゃいないが、あんたは信じてるんだ」
「信じるべきは私じゃないね、カーリヤだ。今回の主役は彼女だよ?私たちは、彼女の呪文詠唱までの時間を稼ぐ。そして、彼女の呪文の射程内に対象がいることが条件になる。」
「じゃあ、俺たちはカーリヤを守ればいいわけか?」
「ああ、そうだよ。それくらいならできるでしょ?」
「……わかった、カーリヤと、あんたを信じよう。よろしく頼むぜ、お嬢ちゃん」
「―うん」
信用しきれなくても、やるしかないな。
時間は待ってくれやしないしな。
どうせならもうちょっと、頼れる感じだとよかったんだが……
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