第二話 「カーリヤの罪」
私は石碑の前に立っていた。
気持ちのいい朝の空気が漂う青白くも、オレンジに染まる空の下で。
『悪魔殺しの英霊たち』
三年前の戦いで命を落とした戦士たちの名前が記されている。
この石碑があるのは町の共同墓地の真ん中、一番背の高い墓だ。
他の墓にはぼちぼち花が添えられているが、冒険者たちの墓は違う。
冒険者は花を添えない。代わりに飲んで余った酒を置いていくのだ。
私は酒が飲めないので、新品のボトルを一本。
その辺のふらつきに飲まれてしまうかもしれないが、こういうのは気持ちの問題だ。
「よお、嬢ちゃん。そこに置いた酒、少しもらっていいかな?酒が足りないんだ」
そういって声をかけてきたのは、三年前にも見たS級の冒険者『死神鎌のハルジオン・アルバ―』だ。
「あれはひどい戦いだったよな~。俺のパーティは壊滅するし、俺は右腕を落とすことになっちまった…それどころか、俺がその時お気に入りだった子も死んじゃったもんだからあんときは萎えたぜ~」
酔った勢いでひとりでに思い出話を始めた。
「それでよお、最近この辺りにまた、悪魔の卵が発見されたって聞いたときはオッたまげたぜ。この辺りの冒険者で腕の立つ奴は一通り奴に殺されちまったからな~」
「…その話は長くなりそうかな?」
「ちょっと待ってくれよ~偶然顔見知りを見つけたからあいさつしただけだろ~」
「…」
「にしても、その石碑はひでーよなー。そこに書いてある名前はほとんどが偽名だろうし、花を添えるやつは一人もいねーときたぜ」
「どいつもこいつも家族がいないよう奴だといいたいのか?」
「そうだ!、冒険者に墓が立てられないのは家族がいないから。そして、俺たちのような奴は生き残るだけ生きて最後は家族の居ない余生を過ごすんだ、この理由がわかるか?」
「………」
「冒険者は孤独でいることを愛しすぎたんだ。孤独なしでは生きていけねーんだよ、だから普通の人間ほど墓参りはしねーし、死んだ仲間のことは忘れるんだ」
「じゃあ、何でお前はこんなところにいるんだ?」
「そりゃぁ、ここほど孤独になって酒が飲める場所がねーからだよ」
「じゃあ、私に構う必要はないんじゃないか?」
「それは違うね」
口から話したばかりの、酒の余った瓶を揺らしながらはっきりとした声で言った。
「誰とでも話すし、誰とで酒を飲むが、それでもなお孤独でいられるのが冒険者って生き物なんだよ。お前はまだ冒険者って生き物を分かってねーんじゃねえか?お前の死んだ仲間について、何か知ってることがあるかぁ?」
「知らない…」
「そうだろう?、つまり、そいつらは孤独でいようとしたってことだ」
「じゃあ、何でお前たちは孤独でいたいんだ?」
「知るかよ。ここの酒もらっていくぜ~」
そう言うとハルジオンは、左手で鎌を抱えながらふらふらと歩いて行った。
「相変わらず不気味な奴だな」
■
私は眠い目をこすっているカーリヤを連れて、岩場に来ていた。
「今から修業を始めます!まずは魔力を単純なエネルギーに変換することから始める」
「…」
「一番単純だと言われている風を生成する魔法だけど…」
「……どうして私を生かしているの?」
いきなりカーリヤの口から思いもしない言葉が飛び出てきた。
私から見てカーリヤは、そんなことを考えていないと思っていた。
それはどうやら私の思い違いだったらしい。
「どうしてそんなことを聞くの?」
私はカーリヤがどこまで理解しているのか、探りを入れてみる。
「この町の東側の洞窟にある卵は、私の魔力と反応しあっている。多分私の魔力と卵の魔力が似通っているから…そのせいだと思う」
「それは私も、分かっていたよ」
「それなら、あなたたちにとって私は有害な存在なんじゃないの?」
「確かに、カーリヤはとても危険な存在だし、カーリヤがいることでこの町が再び危険にさらされようとしているのは確かだよ…」
「じゃあ、やっぱりどうして…」
「…卵が孵化しかけているのはね、カーリヤの魔力が外に漏れだしているからだよ」
カーリヤ本人は気づいていないかもしれないがカーリヤからはおぞましい量の魔力が漏れ出してしまっている。
熟練な魔法使いになればなるほど、余計な魔力が外に漏れだすことはなくなるけれど、彼女は全くもって魔力の制御ができていない。
つまり彼女がエネルギーの供給源になってしまっているということだ。
「カーリヤ、手を出して」
カーリヤはおとなしく、私より一回り小さい手を差し出した。
私はその手をそっと握り、魔力の拡散を内側に抑え込む。
「どう?カーリヤ。自分の魔力を感じ取れてるかな?」
「何となく…」
「魔力の収縮を覚えるんだ、今体の中でどうやって魔力が動いているのか覚えてコントロールする…」
「分かった」
「じゃあ、私はそっと手を離すから。いいね?」
私が手を離しても、彼女は自分自身で魔力を制御している。
「いつでも自然にできるようにするんだ、まるで目を閉じるかのように自然とできるようになるまで…」
「これで、いいの?」
彼女が不安そうにこちらを向いて問いかけた。
私が母から魔術を教わっていた時、
こんな時、母ならこう言っただろう。
「よくできてる、凄いよ」
私は母が褒めてくれるたびに、魔法がうまくなったと実感した。
私は母の真似をして、同じことをすればいいのだ。
別に特別なことをする必要はないし、母を超えようと思わなくていい。
ただ教わったことをそのまま教えるだけでいい。
「カーリヤはさぁ、いつか魔王になるのかもしれないけど、今はただの子供で、他の子供と変わることはないんだ。だから、人類のために魔王の芽は摘んでおいた方がいいとか、私は思わない…ただあの場所に一人でいるのは退屈そうだったからさ。寂しそうだと思っただけだよ」
それを聞いたカーリヤは、なんとも不思議な顔をしていた。
まるで自分の感情を、表現することができない子供のような顔だ。
「じゃあ、まずは簡単な魔法から使ってみようか」
「うん…」
そのあと私は、詠唱を教えて彼女に魔法を使わせてみた。
どれもこれも覚えはいいし、簡単に使えてしまった。
基礎的な知識を教えることは誰にでもできる。
しかし、魔術は研究だ。
無駄な部分を削り効率的に、もっと実用的に、そうやって研究されてきたのだ。
いつか、今まで研究してきた魔術のすべてをいつか、カーリヤに託せたらいいと思っている。
□
私が灰の王国から連れ出されて、しばらくの日にちが経った。
灰の王国で私は、私の中にいる人たちと話をしていた。
私の中にいる人たちというのは、前魔王を倒すために人柱となった人たちの魂だ。
一人一人と話をするたびに、その人の名前を灰の上に書いた。
もちろんしばらくすると消えてしまう。
しかし私の記憶の中にはしっかりと残っている。
彼らの人生と生きた記録が…
ここで私の一番好きな名前の彼女について少し語っておこう。
彼女の名前はカーリヤ・マリフ。
波乱の人生を歩んだ最後のエルフ族だ。
エルフ族が滅んだ原因は、子供を産むことが難しいことと人間とは似て非なる種族だったため、交配が難しかったことにある。
彼女の生まれるのは魔王紀元前120年。
女神エルフの密林にて生まれる。
エルフという種族が誕生した経緯を簡単に説明すると、女神と人間のハーフの子供がエルフだ。
女神は人間と交わった罰としてこの世界に下りることを許されなくなってしまった。
そんな悲しき女神の末永がエルフなのだ。
そして、エルフは人間と子供を作れない。
つまり、女神の子供たちは自分の種族を残すことができなかったということ。
今から説明するカーリヤ・マリフは、女神の母を持ち五つ子の兄弟たちを持つ。
森の番人、カーリヤの物語。
「すごいな、カーリヤは!」
カーリヤは生まれながらにして奇跡を扱うことができた。
奇跡というのは魔法の原型であり魔法の上位互換。
魔法の不可能原則と言われている五つの理『時間操作』『生命の創造』『重力操作』『死者の蘇生』『魂への干渉』。
これらを自在に操るの魔法が奇跡と呼ばれ、天界のものにしか使うことのできない神の御業と言われている。
そして、カーリヤが使ったのは『死者の蘇生』一度朽ち果てた命に対して再び命を吹き込むことができる、まさに禁忌の魔法。
死人を生き返らせることができる彼女にとって、傷を治すということは何とも造作のないことだった。
「お前が居れば、たとえ俺が間違って死んでしまっても安心だな!ハハハハハッ!」
そうやって高らかに笑っているのは、彼女の父親エールだった。
「父さんは、ケガしやすいんだからもうちょっと気を付けた方がいいよ」
「確かにな、同じことを昔母さんにも言われてしまったよ」
他の兄弟たちはすでに家を出ており、カーリヤとエールだけがこの森に住んでいた。
「まったくほかの子供たちは、顔も見せねーで寿命の短い俺をくたばらせるつもりかってんだ」
私だけがこの森に残っている理由は、この森にある魔王の卵を見張るためだった。
父親は、いつまでも結婚せずにこんな所で人生を無駄にしてほしくないと言っているが…
父さんは私たちほど長くは生きられないだろう。
たとえ、魔王を倒した勇者だったとしても。
いいや、完全には倒すことができなかったのだ。
魔王は最後に、自分の魔力で作られたからの中へと閉じこもってしまったのだから。
その中で今は力を蓄えているという訳だ。
魔族の卵は破壊することができない。
私も何度か森の奥へ行き身長の三倍はある卵に勝負を挑んだが、一度も勝てたことは無かった。
どんな魔法も攻撃もあれには通用しない。
この森があるのは、その卵を魔族たちに渡さないためにある。
魔族は皆魔王に忠実で、自分の命さえも捧げるほどだ。
もし魔族が近づけば己の体を犠牲にし、魔王復活を早めることは間違いないだろう。
母が生み出したこの樹木たちは自分の意志を持っている。
私たち家族には礼儀をもって接するが、他の者たちにはこの森への立ち入りを拒むだろう。
そんなある日、卵にある異変が起こり始める。
魔王の卵は自分の魔力を体外に放出し始めたのだ。
何のためにこんなことを始めたのか私にはわからなかった。
しかし、『悪魔は体を乗っ取る』
そして、魔王の魂の一部が父の体に癒着した。
森の木たちはその動きをいち早く察知し、父の体を自分の体の中に封じ込めようとした。
魔王の卵は、そのすきを見計らって自分の体の一部だけを早く孵化させた。
卵の表面からめりめりとヒト型の男が姿を現した。
私が目撃していたのは、卵の中から這い出してくるコイツだった。
魔王は体のたったの、百分の一。
全盛期と比べると程遠い力しかない。
しかし、腐っても魔王は魔王だった。
「クソ、どうしてこんなにも早く‼」
「……お前、あの女神に似ているな…」
しかし、どういったことだろう?
森の木たちが動く様子がない。
目の前に魔王がいるというのに、どうして?
「森の木たちはやはりお前たち家族には甘いようだな」
「どういうことだ?」
「勇者の魂を私の中に封じた。腐っても勇者なだけあってしばらく貯めた魔力をすべて使い切ってしまったよ」
「父を…どうしたんだ⁉」
「君の父は、私の魔力に勝てなかった。魔法は魔力が全てだと習わなかったか?せいぜい人間の魔力では、到底私にかなうことは無い」
敵を前にしているというのに、魔王は卵の前に腰を下ろしている。
「私が力のすべてを取り戻すには後千年はかかるだろう…」
「ドラゴンブレス‼」
ブオン‼
魔王が片手で私の魔法を振り払った
「どうやら訓練された魔法ではないようだ…しかし、既存のものにアレンジが加えられている…さては勇者が魔法を教えたな?剣をふるうことしか能のない奴だと思っていたのだが思いのほか賢いところもあったのだな」
「父さんの魂を開放しろ!」
「今更どうするのだ?すでに肉体はボロボロ、死んだも同然だ」
「お前には関係ない‼」
「さてはお前、『奇跡』が使えるな。道理でさっきからお前を呪っているはずなのに、肉体が腐っていかないわけだ…」
魔王は、ゆっくりと立ち上がる…
「女神が厄介な置き土産を残してくれたものだな…」
これは、私の前世の記憶。
ただひたすらに、人間を憎んだ憎悪の記憶。
なぜそんなものを覚えているのか…それは
私が、魔王の新しい卵だからだ。
そして、彼女の名前を選んだのは自分の罪を忘れないためだった…
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