彼女はある日、魔王のヒナを拾い上げる
「この町の人間はすべて灰になってしまいましたよ…」
「いったい誰の仕業なんだろうな?」
「そりゃ決まってるさ。墓の王だよ」
森の虫たちはうわさをする。
森のざわめきの中心には、ぽっかりと穴が開いていしまっている。
かつてこの場所には村があった。そのまた昔は、町だった。そしてさらに昔は王国があった。
それは、この世界で一番呪われた魔王の王国……アルバナ。
灰になってしまった砂漠のような場所に、一人佇んでいる少女がいる。
それはまるで白い灰に溶け込むような髪の色をした、三つ編みの少女。
彼女はずっと文字を書き続けていた。
砂の上に木の棒を使いながら名前を書いてている。
消えてしまうのもためらわずに、ただひたすらに。
呪われてしまったかのように書き続けていたのだ。
彼女の名前はまだない。
場所を変えて、すぐ近くの森の中をかき分ける人間がいた。
それは、何かに導かれてこの場所を目指す。冒険者だった。
冒険者について知らない人のために説明をするならば、彼らは自由に戦い。
いつか墓も立てられずに死んでいくような者たちだ。
彼女は森の中をかき分けて、その場所へたどり着く。
「灰の上に文字が書かれている…まるで突然別の世界に来てしまったようだ…」
そう言った彼女は、自称冒険家を名乗る放浪人、シェスタ。
彼女には天の声が聞こえる。
それは、彼女の生きる目印となり、今日この場所までたどり着くに至ったのだ。
びっしりと書き綴られている文字の中に一本だけ通路のようなものが開かれている。
その先は砂丘によって見えないが、何かがあるだろうとシェスタは考えた。
砂よりもきめ細かい灰の上をパサパサと歩いていく。
そうすると、シェスタが着くよりも先に少女がこちらをじっと見つめている。
「あなたは、この中のどの名前にも当てはまらない…あなたは誰?」
「私…私は冒険家のシェスタ、私はたぶん、あなたに会いに来たんだと思う」
「どうしてそう思うの?」
四分の三ほどの身長の彼女が見上げながら質問をしてきた。
「私は、あなたに会いに行って欲しいと、ある人から頼まれたの。だからここへ来た」
「誰?私の知っている人?それともお姉さんと同じで、私の知らない人?」
「きっとあなたも知っている人だよ…」
「それより…お姉さんの赤い髪はきれいだね、私はお姉さんのような髪の毛を知らない」
「ああ、この髪は魔法使いの家に必ず生まれる髪の色なんだ…」
「じゃあ、珍しいのね」
「うん。」
一通り話すことが無くなって会話が途切れてしまう。
次はいったい何を話したらいいのだろうか?
「私は…ずっとここにいるの。長い間。だから私はそろそろ行こうと思ってる」
「どこへ?」
「分からないけど、とにかくここではないどこかへ行かなくてはならない、みんながそう言っている」
「じゃあ…私と一緒にいく?私もずっとどこかへと旅をし続けているから…」
「私を連れて行って」
「………」
私が話を持ち掛けたはずなのに自然と相手の会話のリズムに飲み込まれ行った。
まるで私がそういう風に仕組まれたような気分だ。
私は熟年の魔女のような髪をした少女を連れて、来た道を戻り続ける。
ただ最初はなんとなく何も話さずにいた。
そうしていたかった。
一人で旅をしてきた私にとって、誰かが隣にいることはとてもぎこちなく。
どうしていいのか分からなくなっていた。
そんな私を疑いもせずに後ろから、少女は淡々とついてついて来ている。
日が落ちるころに私たちを森を抜けた、行きよりも断然長い時間がかかったように感じる。
「この辺りで野宿をしようか」
「私はさっきまでずっと、あなたを何て呼べばいいか考えていたの…」
「ああ…‼名前ね、うん!言ってなかったよね、ごめんごめん。あんまりにも早く物事が進みすぎてうっかりしてたよ!私の名前はシェスタ、礼儀にのっとって君の名前を聞こう。君の名前は?」
「私に名前はない」
「そうなの?」
初めてこの少女に少しだけの不思議を感じた。
「私の名前はすべてあそこに書いてきた。」
「あれ全部‼」
「そう、すべてが私の名前」
「それだと呼び方に困るな……どうしよう。じゃあ…あの中で一番好きな名前を名乗りなよ。」
「じゃあ、私は、私の名前はカーリヤ」
「カーリヤか、いい名前だね。なんだか幼さを感じて、それでかつ、少し大人になろうとする姿を匂わせる良い名前だよ」
「……シェスタには詩的なところがあるんだね」
「そうかな?」
一人でいると他人に形容されることがないから、そんな風には自分でも思ったことがなかったな。
「じゃあ、私の名前についてはどんな風にカーリヤは思うの?」
「…シェスタは、大人になろうとしてるけど、自分が子供であることを認めつつも、そんな自分に対しても、どこか反抗心を持ってる感じかな?」
「なんだか他人に言われると恥ずかしいね、今の会話はなかったことにしようか…。それよりもお腹すいてるでしょ?はいこれ、魚の干物。」
「これが、ご飯?」
「見たことないの?魚」
「見たことない」
「まあ、私は日持ちするからこればかり食べてるんだけど…」
焼いた干物をカーリヤに渡した、食べずらそうにしていたけど、だんだんと食べる勢いがよくなっていった。最終的には骨まで得全て間食するように、何も残さずに食べてしまった。
私はそれをあっけにとられながらただ見ていた。
「お腹いっぱいになった?」
「うん」
「……それは良かった」
そして夜が更けてゆき、彼女の頭の中では女神が夢の中にでてきた。
「私の可愛いシェスタ」
「―フリエル様…」
私はいつものあいさつみたいなものをした。定番の流れってやつだ。
「それにしても初めて見た時からだいぶ変わりましたね」
「もう十年もたつからね」
女神と会話するとき、私はいつも子供のころに戻る。
それは私が子供のころを知っている大人が、この人しかいないからだ。
子の女神を名乗る女性が私の夢の中に出てくるきっかけになったのは、子供のある日、私が父に連れられ旅をしていた時だった。
東の国にはとても腕のいい医者がいて、私の母の病を治してもらうために、はるばる会いに来ていた。
おおよそ半年をかけての長旅だったが、ようやく母を治せる医者を見つけて、父は大変喜んでいたことを覚えている。
しかし、その父の喜びも一時のものに過ぎなかったのだ…
なぜなら、私たちが故郷へ帰るころには、母はすでに死んでしまっていたのだ。
私たちが来る一日前に、最後に私たちに会いたいといいながら、息を引き取っていたそうだ。
私はとてつもなく泣いた、ずっと泣いていた、泣いても泣いても涙はなくならなかった。
私は泣き虫だったのだ。
少しでも怖い思いをすると泣いてしまって、父と母をよく困らせていた。
そして、私が泣き止むころに父は言った。
「シェスタ、もう一度旅をしないか?もう母さんはいないのだから、ここを離れてまた二人でどこまでも旅をしようじゃないか。」
口元は笑っている、しかし、目の奥がいつもより黒く荒んでいた…
母の最期も見とれなかった後悔と、父が抱える母を救えなかった、苦しみを抱えながら。
私たちはどこか遠くへ、ただ遠くへ離れるだけの旅をしに、出掛けるのだった。
もう二度と帰らない、長い長い旅立ち。
この時の私は、まだ六歳。
恐ろしい世界へ旅立つにはまだ早かった。
私が朝起きると父親はいなかった。
私は森の中で父の名前を呼ぶ…
誰も反応しない。
怖かったけれど、あたりを歩いて父を探し始めた。
あまり離れすぎて迷わないようにと、慎重になりながら。
しばらく歩くと、父の足元が見える。
それは、首を吊って力の抜けた父の足だった。
私はその場でストンと、腰が抜けてしまった。
森の中でただ一人、父と目を合わせるようにして。
私は直感的に、自分の死を悟る。
このまま子供一人でいれば、野生の動物に食い殺されてしまうだろう。
森を歩けば、どこかしらには捕食された跡があるものだ。
私もそうなってしまう。
朝の静けさの中で、周りに溶け込むように、声一つ出せずに気絶してしまった。
そして、私は夢を見る。
いつもの家の中で、家族がいつも通りに生活する様子。
母が料理をして、父が静かに本を読んでいる様子。
私は何もせずに二人をじっと見つめている。
そうすると、母親が私の方をちらっと見る、様子が見えないと心配になるといわんばかりに。
父が私を手招きする。
本を読み聞かせてくれるのだろうか?
この本は挿絵がないので、私にしては退屈だったが、嫌いな時間ではなかった。
どちらかと言えば好きな方だ。
本の中に女神様の話が出てきた。
私の知っている話とは少し違う。
女神は不幸な少女に対して、救いの手を差し伸べていた。
家族を失い、路頭に迷う少女に救いの手を差し伸べるお話。
生きる道に迷った少女に、加護を与える。
それは、彼女が不幸に見舞われないための加護。
私はそこで目を覚ます。
目覚めた先には、女神様が立っていた。
「私はフリエル、女神フリエル…」
「父さんと母さんは?」
「もういないのです、あの二人は無事、私のもとへたどり着きました」
「あなたが連れて行ってしまったの?」
「いいえ、これは誰にも選ぶことのできない運命だったのです。可愛いシェスタ、貴方はもうすぐ元の世界に戻る。そうしたら目をつぶって、まっすぐ前へ進みなさい。その間は私が守ってあげるから」
「ここは天……」
…………現実に戻されてしまった。
目を覚ますと、私は目を瞑って勢いよく走りだした。
そうすると、知らない間に私は森を抜けていた。
何か大事なものを置いてきてしまったような気がしたけど、何も気にならない。
何も、かも、。
この日から、女神がたびたび私を導いてくれた。
彼女にはきっと、未来が見えているのだろう。
どうすればいいか全て教えてくれた。
そうやって何とか今まで生きてこれたのだ。
私の育ての親は誰かと聞かれたなら、きっとこの女神に違いないだろう。
その女神が、今日も私の夢の中に現れた。
「シェスタにお願いがあるんです」
「女神はお願い事が多いんですね」
彼女がいつも私にして欲しいことがあると、こんな風に切り出してくるのだ
「あなたは今日から、弟子をとってくださ」
「弟子、ですか?」
「カーリヤに、あなたの魔法を教えてやってほしいのです」
「彼女に魔法を?」
「彼女の灰色の髪は、元はきれいな赤の髪。魔法使いの髪だったんです」
「なぜ彼女が、魔法使いの髪を…」
「それは、まだ言えないことです。女神には秘密にしなければいけないことが、大変多いのです。この世界の始まりや、魔法の本質。ほかにもたくさんあるけれど、そのうちの一つに過ぎないのです」
女神はたびたび後ろめたいことがあるようなことを、私にほのめかすのだ。
「今言えることはただ一つだけ…、彼女はいずれ、魔王になるということです」
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