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8 困惑しています

 カルミア様に出会った翌日、私はいつも通りタジーク様の屋敷を訪ねていた。

 昨日は珍しく用事があると言っていたが、今日は何も言われていないから大丈夫なはず。

 そんな思いで向かった屋敷は、何だかいつもと様子が違いおかしな雰囲気が流れていた。

 いつも通り声を掛けるとジヤルトさんとバーニヤさんが出迎えてくれるけれど、彼等も何処かよそよそしいというか、心配そうな目を私に向けてくる。

 屋敷にいる他の使用人も、何処か私と距離を置いているような印象を受ける。

 今日はタジーク様は自室ではなく敷地内にある温室の一角に作られた喫茶スペースで待っている言われた。

 今まで彼が部屋の外で私を待っていたのはあの蟻事件の時だけだ。

 あの時だった、私を待って部屋の外にいたのではなく、部屋にいられないから部屋の外の廊下にいただけだ。

 こんな風に彼が私を待っていた事なんてない。

 普段だったら、「タジーク様が私の事を待っていてくれた!」と歓喜に沸いていただろうけれど、今日は喜べない。

 喜べるような雰囲気じゃないのだ。

 嫌な予感をひしひしと感じる。

 ジヤルトさんの後について、タジーク様が待つという温室へと向かう。

 その道すがら、不安に耐えられずミモリーに視線を向けると、彼女も何か異様な雰囲気を感じ取っているのか、警戒をするように周囲に視線を走らせていた。

「あの……」

 いつもだったらタジーク様の部屋に向かうまでの道中には、案内をしてくれるジヤルトさんやバーニヤさん、もしくは他の使用人さん達と楽しく雑談をしていくのに、今日はそれが出来る空気ではない。

 でもだからといって、無言のままなのも落ち着かなくて恐る恐るジヤルトさんに声を掛ける。

「コリンナお嬢様、私どもはお嬢様を信じております。坊ちゃまも本心ではきっとそれを望んでおられます」

「……え?」

 振り返る事なく告げられた言葉に戸惑う。

 「私を信じている」と告げられているのに、その言葉の裏側には、私が何か信用を失うような事をしてしまったような、そんな不穏な雰囲気が感じられる。

 けれど、そんな意味深な事を言われても、私には思い浮かぶ原因が一つもない。

 もしかして、昨日タジーク様の言葉に従ってお屋敷を訪ねなかったのがいけなかったのだろうか?

 でも、以前のタジーク様と違って、昨日の来訪を断った時のタジーク様は、ただ放っておいて欲しいと言っているわけでなく、明確な理由があって断っているようだった。

 だから私もいつものようにごねずにその言葉に素直に従ったのだ。

「こちらへどうぞ」

 温室のドアを開けると室温は丁度良いのに、何処か寒々しいものを感じる。

 体感とか見た目とかそういった類の寒さではなく、空気感のようなものが凍えているようだった。

「坊ちゃま、コリンナ様がお越しでございます」

「あぁ、入ってもらってくれ」

 喫茶スペースに入る前に、ジヤルトさんが声を掛けると中からタジーク様の返事が返ってきた。

 いつも向けられる怒っている声でも呆れている声でもなく、平坦で無感動な声だった。

「あの、タジーク様?」

 戸惑いつつも、ここまで来て逃げ出すという選択肢は存在しない。

 不安で重くなる足を叱咤して、ジヤルトさんが促すがままにタジーク様のいる喫茶スペースへと足を踏み入れた。

「やぁ、コリンナ嬢。よく来てくれたね。さぁ、座ってくれ」

 笑顔だ。

 笑顔なのに何故か彼の中の感情が全て凍り付いてしまったようなそんな冷たく突き放すようなものを感じる。

「あ、あのタジーク様? 私、何かまた失礼な事を……」

 私は何度も何度もタジーク様に迷惑を掛けるような失敗をしてきている。

 その度に謝り、優しい彼に許してもらってきた。

 だけど、今回は今まで失敗をしてしまった時とは明らかに様子が違う。

 それが私の中の不安と恐怖を更に煽っていく。

「何か心当たりが?」

 タジーク様の視線が私を射抜く。

 まるで、「もうわかっているだろう?」とでも言いたげな光を宿したそれに、胸がキュッと竦み上がり体が震える。

 けれど、それは彼から向けられた冷たい怒りと拒絶に反射的に体が反応しただけど、その先に思い浮かぶものは何もない。あるとすれば、困惑のみだ。

 ……どうしよう。謝るべき事が何なのかわからなくては謝る事すら出来ない。

 早くこの凍てつくような雰囲気を何とかしたいのに、何をどうすればいいのかわからず不安で泣きそうだ。

「す、すみません。思いつく事が……」

 暫く考え込んでは見たもの、結局何も思い浮かばず素直にそう答える事しか出来なかった。

「そうか」

 タジーク様はそんな私の返答に何処か諦めの色を滲ませて、視線を逸らした。

「……席に着いたらどうだ?」

 再度椅子を勧められて、逃げ出したい気持ちを押し殺して腰を下ろす。

 ここで逃げたらもう本当に全てがおしまいになる。

 そんな危機感を感じていた。

「ジヤルト、彼女にもお茶を」

「畏まりました」

 心配そうに様子を見ていたジヤルトさんが、タジーク様の命令でお茶を淹れ始める。

 しんと静まり返った室内に、ポットにお湯を注ぐ音だけが響いた。

「コリンナお嬢様、どうぞ」

「有難う、ジヤルトさん」

 いつの間にか緊張で冷え切ってしまった指先を温めるように、目の前に置かれたティーカップを両手で持ち、唇を付ける。

 本来であれば、淑女の持ち方ではないが、今は凍えた体に少しでも温もりが欲しかった。

……コクンッ。

「はぁ……」

 ここ最近のタジーク様ののお屋敷通いで慣れ親しんだお茶の味が少しだけ心を落ち着けてくれる。

 口から喉を通って胃へと落ちていく温もりが、強張った体を少しだけ和らげてくれるような気がした。

「……躊躇わず飲むのか?」

「……へ?」

 すっと目を細めたタジーク様の視線の先には、私が両手で握りしめているティーカップ。

 意味が分からず小首を傾げると、タジーク様はククッと喉で小さく笑い、慌てた様子で私の手からティーカップを奪い取ったミモリーが匂いを嗅いだり、指につけて舐めたりしている。

 一体どういう事だろう?

「大丈夫だ。何かを入れたわけではない」

「紛らわしい事をなさらないで下さい」

 一通り何かを確認して安心したような表情を浮かべたミモリーがタジーク様を睨みながらティーカップをソーサーに戻す。

 状況が理解出来ていない私は、ただ二人の険悪な雰囲気におろおろするばかりだ。

「……坊ちゃま」

 どうすれば良いのかわからず、ミモリーとタジーク様を交互に見ていた私を見兼ねてか、ジヤルトさんが窘めるようにタジーク様の名前を呼んだ。

 タジーク様は「フンッ」と不満げに小さく声を上げてミモリーとぶつかり合っていた視線を逸らす。

「コリンナ嬢、昨日は何をして過ごしていたんだい?」

 明らかにトーンが変わった口調。

 突然の雑談に更に困惑が深まりつつも、昨日の事を思い出しつつ答える。

「昨日は、タジーク様の都合が悪いとの事でしたので、久々にお兄様の所にお弁当を作って持って行きました。お時間があるとの事だったので、王宮の庭園でお兄様と一緒に昼食を取り、帰ってきましたけれど……」

 ありのままに答えてみたが、何かが不満だったのかタジーク様の眉間に皺が寄る。

「それだけか?」

「それだけ……ですけど?」

 タジーク様が何を聞きたいのかがよくわからない。

 聞きたい事があるなら、こんな遠回しな聞き方はせずにはっきりきっぱり聞いてくれれば良いのに。

 正直、こういうまどろっこしい質問のされ方は苦手だ。

 私には質問の裏に隠された意図が読めないもの。

 出来る事なら、はいかいいえで答えられる質問にして欲しい。

 そうしたら、ずれた回答をせずに答えられる。

「本当にそうか?」

「はい」

 どんどんと不愉快そうに眉間の皺を深めていくタジーク様の様子に、彼が求めている答えがこれではない事はわかるのに、他の何を答えれば良いのかがわからない。

 意味の分からない怒りをぶつけ続けられ、段々と私もイライラしてきた。

「何がお聞きになりたいのですか? 聞きたい事があるならはっきりと尋ねて下さい。そんな遠回しな言い方をされても私にはわかりません」

 ついついいけないと思いつつもムッとして強い口調で尋ね返してしまう。

 不安の頂点に達していたというのもきっと原因だと思う。

 そんな私の態度に、タジーク様は一気に不機嫌さを増幅させバンッ! と机を叩いて立ち上がった。

「なら聞いてやる。昨日、君はフールビン殿以外に人と会っていただろう!?」

「っ!」

 突然大きな音を出され、怒鳴られ、反射的に体がビクッと委縮した。

 その様子を見て、タジーク様は私が図星を刺されて驚いたのだと思ったのだろう。

 「ほら見た事か」とでも言いたげに腕を組んで私を冷たい目で見下ろしてくる。

「お兄様以外で会った……人?」

 両親やお兄様達含め、男性にここまで強い態度に出られた事がないビクビクと怯えながらも止まりそうにになる思考を無理やり動かして誰の事を指しているのか考える。

 そしてやっと答えに辿り着いた。

「もしかして、カルミア様の事ですか?」

「他に誰がいると言うんだ! 昨日は俺も第六騎士団の仕事で王城に行っていたんだ。そこで俺は確かにこの目で見た。君とあの女が楽しそうに話している所をな!!」

 ムッとした様子で、再び勢いよく腰を下ろすタジーク様。

 その時不意に、彼女が言っていた言葉を思い出す。

 そういえば、タジーク様とカルミア様は何か行き違いがあって仲違いをしたと仰ってた。

 という事はあれか?

 喧嘩した相手と仲良さそうにしていた私に対して、裏切られたような気がして怒っていると、つまりはそういう事なのかな?

「タ、タジーク様、誤解です。カルミア様は行き違いで仲違いをしたままになっているタジーク様の事を心配されて、たまたまお兄様とタジーク様の話をしていた私の話を聞き、最近の様子を聞きたいと話し掛けて下さって……」

「誰がそんな言い訳を信じるというんだい?」

 何とか誤解を解こうと思って必死で状況を説明するけれど、タジーク様は聞く耳を持って下さらない。

「ですから、タジーク様は何か思い違いをなさって……」

「俺は思い違いなどしていない。君はあの女と会っていた。俺はあの女と俺のいない所で会っていた君を信じられなくなった。ただそれだけだ」

 私の言葉を遮るように告げられた冷たく拒絶的な言葉。

 「何故だ!」と怒ってくれた方がまだ救われた。

 怒りであれ何であれ、感情を向けてもらえているだけ、対話の可能性が見出せただろうから。

 しかし、今の彼にあるのは単純な拒絶。

 真実なんてどうでもよくて、彼女と話したこと自体が悪で、それをした私をまるで切り捨てるかのような言葉を向けてくる。

「タジーク様……」

 縋るように名前を呼んだけれど、その先の言葉が出て来ない。

 そんな私に対して、彼は立ち上がり背を向けた。

「もう茶番は終わりにしよう。さっさと帰ってくれ。帰って……二度とここには来ないでくれ」

 彼から告げられた明確な別れと拒否の言葉。

 今まで彼が私に告げていた「帰れ」という言葉とは重さが全然違う。

 完璧なる拒絶。

 胸が握り潰されたかのように激しい痛みを訴える。

「嫌です! 嫌です、嫌です、嫌です!!」

 涙をボロボロと流し、恥も外聞も殴り捨てて部屋を出てこうとする彼に追い縋るように叫んだ。

 けれど、彼は一切振り返ってはくれない。

 いつもだったら私が泣いたり落ち込んだりすれば、困ったような顔をして少しだけ態度を軟化されてくれたのに、今はまるで鉄の扉をぴっちり閉められたしまったかのように彼の心はほんの少しも揺れてくれない。

「タジーク様! タジーク様!!」

 ほんの少しの躊躇いもなく出て行ってしまった彼の背中に絶望する。

 心の中で「何故!?」と何度も何度も尋ねながらその場で泣き崩れた。

 理由は明確なようで不確か。

 昨日、たまたま偶然出会い少し話をしただけの彼の乳母を名乗る女性が、彼にとって地雷と言うべき存在だった事は明確だけれど、何故そうも過剰反応するのかがよくわからない。

「コリンナお嬢様」

 テーブルに突っ伏すように泣きじゃくり、身動きの取れない私を慰めるようにジヤルトさんがソッと背をさする。

「ジ、ジヤルトさん。ねぇ、何がいけなかったの?」

 恐らく全ての事情を知っているであろうジヤルトさんに教えてくれと縋る。

 けれど、タジーク様の従順たる使用人である彼は一瞬口を開き掛けただけですぐに閉じてしまった。

「少しずつだけど前に進めてるって……そう思っていたのに、何でこんな急に……。わかんないよ。わかんないよ!」

 自分に明確な非があったのなら、それこそ相性や好みの問題だったり、私自身の失敗が原因ならならまだ諦めも付いた。

 けれど、こんなのはどう考えたって納得できない。

 だって、いくら彼にそれ相応の事情があったとしても、それを教えてもらっていない私からしたら、ある日突然道を歩いていたら見知らぬ人に体当たりをされて、それを理由に振られたようなものだ。

 納得が出来るはずがない。

「ねぇ、理由があるなら教えてよ!」

 もう既にいなくなってしまったタジーク様の代わりに、答える事が出来ない立場だとわかっていつつもジヤルトさんを責めるように尋ねる。

 ジヤルトさんは私の悔しさと悲しさと憤りを理解してくれているのか、ただただ悲しそうな目で私を見つめ、宥めるように背中をさすってくれる。

 けれど、結局何も言ってはくれなかった。

「帰りましょう。お嬢様」

 どれ位泣き続けただろうか?

 泣き過ぎて頭がボーッとしてきた頃、ミモリーがそっと声を掛けてくる。

「……帰りたくない」

 ここで帰ってしまったら、本当にタジーク様との繋がりが切れてしまいそうな気がして怖かった。

「お嬢様……」

 泣き過ぎて擦れてしまった声で答え、力なく首を振る私に対して、ミモリーは痛ましいものを見るかのように切なげな顔をした。

 そして、何度か言い掛けては口を閉じてを繰り返した後、意を決したように眉尻を上げて私を睨みつけた。

「全く、いつまでうじうじしていらっしゃるんですか。お嬢様らしくもない」

 私を叱咤するように強い口調でそう告げた彼女は、私を見下ろして腰に手を当てた。

「『今回は』失敗してしまったようですけれど、ここで諦めるお嬢様ではないでしょう?」

「……ミモリー?」

 さっきまでの憐れむような視線から一転して、大げさに呆れたような顔をする彼女に驚いて見上げる。

 その言動とは裏腹に、彼女の瞳には慈愛の色が深く深く浮かんでいた。

 それはまるで私に「さっさと立ち上がって前に進め」と励ましているかのようだった。

「いつまでもここに居座っていても状況は変わらないのですから、ここは一度戦略的撤退というやつですよ。そして、また作戦を立てて……もう一度来ましょう?」

 もしかしたら何度来てももうダメも知れない。

 そんな事は私以上に冷静なミモリーの方がよくわかっているはずだ。

 それでもこんな風に言ってくれるのは、私の気持ちを守る為。

 彼女は私が頑張りきるかもしくは私自身が気持ちに折り合いを付けるまで、徹底的に付き合ってくれると言っているのだろう。

「で、でも、迷惑じゃ……」

 彼女の気持ちを知りつつも、私の口から出てきたのはそんな弱気な言葉だった。

 自分でもらしくないのはわかっている。

 でも、初めて本気で人を好きになって……相手に嫌われる事の恐怖も知ってしまった。

 だからこそ、どんな結果になっても前に進まなくてはと思うのに一歩が踏み出せず尻込みしてしまう。

「迷惑なんて今更でしょう。普通、あそこまでしつこく通い詰めた時点で相手にとっては大迷惑ですよ」

「そ、そんなぁ……」

 元も子もない返答が返ってきた。

 ……でも、そっか。

 確かに言われてみれば今更だ。

 彼が迷惑しているなんて百も承知。

 それでも彼との繋がりを保ち続ける為に通い詰めたのだ。

 今更それが何度か増えたところで、きっと大きな違いはないだろう。

 大体、本当に迷惑で来てほしくないと拒絶するならば、あんな中途半端な言い方じゃなくてもっとはっきりしっかりと原因を告げて欲しい。

 それをタジーク様はしなかったのだから、それを聞き出してその上で本当にダメかどうかを判断するまでは粘っても良いかもしれない。

 それに……チラッと視線を向けると、今は無言で穏やかな笑みを浮かべて私達を見守ってくれているジヤルトさん。

 彼はタジーク様は本心では私を信じる事を望んでいると言っていた。

 きっとそれはあのへそ曲がりなタジーク様自身の言葉ではないだろう。

 けれど、タジーク様を長い間見守り続けてきたジヤルトさんの見立てだ。

 少しはあてにしても良いと思う。

 私はジヤルトさんの目を見た後、ギュッと手を握りしめ気合いを入れて立ち上がった。

「帰ろう、ミモリー。……そしてまた来よう。タジーク様が話してくれるまで何度でも」

「はい、お嬢様」

 ニッコリと飛び切りの笑顔で頷いてくれたミモリーに、泣き過ぎて腫れぼったくなった目で頑張って笑みを返す。

 一先ず帰ったらこの顔を何とかしないといけない。

 こんな不細工な顔のままタジーク様に会ったら、今度は別の理由で嫌われてしまう。

「ジヤルトさん、『またね』」

「ええ、『また』」

 私は笑顔で手を振ってタジーク様の屋敷を後にする。

 門へと続く道の途中、振り返ったお屋敷。

 そのタジーク様の部屋のある位置にある窓のカーテンはぴっちりと閉められていた。

 けれど、私が振り返ったほんの一瞬だけ揺れたように見えたのはきっと気のせいじゃない。

 ……私はそう信じている。


***


 タジーク様に別れを告げられた翌日から、また私の一方的なタジーク様の部屋通いが始まった。

 本当はあれだけのやり取りがあった後だ。

 少し冷却期間を置いた方が良いかもしれないと思いはしたのだけれど、反対に間を空ければ空ける程、行きにくくなるような気がして、結局翌日からまた通い始める事にした。

 ガーディナー家の使用人達は以前のような親し気な関わりは持ってはくれなかったけれど、距離は置きつつも応援してくれているようだった。

 具体的には、タジーク様が私を追い出す為に使用人を呼んだ時に歩いて部屋まで来たり、目が合った時に小さく頷いてくれたりとかそういう感じだ。

 きっとそれが彼等にとって、主人の命に従いつつも出来る精一杯の事なのだと思う。

 そして肝心のタジーク様は……

「タジーク様、話し合いましょう! きっと誤解があると思うんです。話せばわかるはずです!!」

「……」

 あの日以降、綺麗に私の声掛けを無視して下さっている。

 私が屋敷にいる時は、一歩も部屋から出ず、私が変な事をしても沈黙を保っている。

 本当は部屋には誰もいないんじゃないかなと疑いたくなる位だけど、ジヤルトさんやバーニヤさん曰くちゃんと部屋にいるらしい。

 それに私のいない時なら、普通に部屋から出てくるそうだ。

 これは前より強固に避けられている事間違いない。

「あ~もう! いい加減、引きこもってないでちゃんと話をしてよ!!」

 姿を見るどころか声を聞く事すら出来ない日々が続き、徐々に私の苛立ちも溜まっていく。

 いっそのこと、タジーク様の部屋の扉を斧か何かでこじ開けて引きずり出してやろうかと思った事も何度もある。

 けれど、その度にミモリーに「それをやったら屋敷に出入り禁止になるから」と止められて我慢している。

「お茶もお出し出来ず、申し訳ありません」

 私を見送りに来てくれたバーニヤさんが、眉尻を下げて心底申し訳なさそうに頭を下げる。

 ちなみに、前は私が行く度に誰かしらお茶を淹れてくれていたのが、今はタジーク様に「あれは客じゃないから茶など出すな」と命じたせいで、お茶を出してもらえなくなっている。

 まぁ、タジーク様のいう事は尤もなので私も気にしていない。

 ただ、バーニヤさんを含む数人のメイドさんはその事を気にしてくれているようだ。

 本当にガーディナー家の人たちは皆優しくていい人ばかり。大好きだ。

「振られたのに、無理に押しかけているのは私の方なので気にしないで下さい。こうして屋敷の中まで入れて下さっているだけで感謝の気持ちしかありません」

 本当は、主人が拒否をしている私のような客人を屋敷の中に入れる事自体、使用人としてはいけない行為だと思う。

 けれど、彼らは私が貴族令嬢な事を理由に、「主人に確認を取るまでは追い返せない」と理由を付けて屋敷に入れてくれている。

 そして、彼らがタジーク様に確認を取りに行く時に、私がついて行っているのに『うっかり気付かなかった』事にして、短時間ではあるがタジーク様の部屋の前まで行けるようにしてくれているのだ。

 タジーク様ももちろん使用人達のその行動を知りつつも、半ば呆れた様子で自分が会わなければ良いだけの話と黙認してくれているらしい。

 何だかんだと言って、やっぱり優しい主従なのだ。

「坊ちゃんも、コリンナ様の事は気にはしていると思うのですが……コリンナ様が盛大に坊ちゃんのトラウマを踏んでしまったせいで、臆病になっているようなのです。……あら、いけない。私ったら」

 何度か通い詰めて、それでも進展がなくてやきもきしている私を見て、同情心が強くなったのか、バーニヤさんが「ついうっかり」といった感じでわざとらしく口に手をあてる。

「え? 今のって……」

「あら? 私、何か言いましたでしょうか?」

 思わず食いついて質問しようとした私を牽制するように、バーニヤさんが頬に手をあててニッコリと微笑む。

 どうやら彼女のがヒントをくれるのはここまでのようだ。

 でもそうか。私がカルミア様と話す事で、タジーク様の中にある何らかのトラウマを引きずりだしてしまったからこそのあの反応なのか。

 肝心のトラウマの内容がわからない以上、このヒントを上手く活かす手立ては今のところない。

 しかし、彼が単純に私が嫌いな相手と話をしていたから怒っているというだけではないという事がわかったのは収穫だ。

「バーニヤさん、有難う」

「何の事でしょうか? 最近年のせいか物忘れが酷くて……。でも大事な坊ちゃんを傷つける事だけは惚けていても許せないので、その点だけはよろしくお願いしますね」

 ニッコリと笑うバーニヤさんは最後に私に釘を刺してきた。

 私はそれにしっかりと強く頷いた。

 きっと彼女の中の優先順位はあくまでタジーク様がトップで、私はタジーク様にとって良い影響を与える可能性もある存在だと認識されているお陰で、時々手助けをしてくれているのだろう。

 彼女が全面的に私の味方になってくれたら物凄く助かりはするけれど、決してそうならない相手だからタジーク様は彼女を傍に置くし、私も彼女の事が好きなんだと思う。 

「それにしても、トラウマか。思っていたよりもずっと根は深そうだし、時間が掛かりそうね」

 お兄様の家に帰る馬車の中、溜息交じりに呟く。

「お嬢様は元々覚悟の上だったのでしょう?」

 まるで私の覚悟を確認するかのよう当然といった口調で尋ねてくるミモリーに苦笑する。

「そうね。そうだったわ。私の初恋はそんなに簡単に終わるような温いものじゃないのよ!」

「程々に頑張って下さい」

 私がやる気を見せると途端に気のない返事をしてくるミモリー。

 タジーク様にバーニヤさんがいるように、私にはミモリーがいる。

 ちょっと怖い時や冷たい時もあるけれど、最後の最後には絶対に味方になってくれるってわかっているから、だから私は一人じゃないって思える。

 挫けそうになっても頑張ろうって思える。

「ミモリー、いつも有難う」

「お礼なら旦那様に昇給を願い出て下されば良いですよ?」

「……ミモリー」

 ニヤリッと笑う彼女の言葉。

 少しだけ耳が赤くなっているあたり、きっとこれは照れ隠しなんだろうなって思う。

「大好きよ、ミモリー」

「鬱陶しいです、お嬢様」

 抱きつく私を押し返す私付きの侍女の姿に、本当に照れ隠しだったのか少し不安になるけれど、それでも私が彼女の事を大好きなのも頼りにしているのも変わらないから、まぁいっかと思った。


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