4 押し掛けたら意外なお出迎えが待ってした
「ここがタジーク様の御屋敷なのね」
目の前に聳え立つ豪邸。
王都は王宮を中心に外に向かうにつれて、上級貴族の屋敷の立ち並ぶ区画、下級貴族の屋敷が立ち並ぶ区画、お兄様のお家のような貴族用の借家が立ち並ぶ区画と家の質が下がっていく形になっている。
タジーク様のご自宅は上級貴族の屋敷が立ち並ぶ区画の中でも比較的自然が多く庭が広い閑静な屋敷が立ち並ぶ場所に建っていた。
王宮を挟んだ逆側にある区画に立ち並ぶ屋敷はどちらかと煌びやかな印象の家が多く、何となく向こう側に屋敷を持つ家に比べ、こちら側に屋敷を持つ家の方が歴史が長そうな感じがする。
あくまで勝手なイメージだけどね。
「私的には、こちらの方が落ち着きがあって好きだわ!」
タジーク様の落ち着いた雰囲気と重なるものを感じて、自然と頬が緩む。
「あぁ、ここにあの方がいるのね。緊張するけれど、早く会いたいわ」
団長様から預かった手紙を両手で握り、胸に抱き締める。
ドクドクといつもより早く強くなる心臓が、苦しいけれど何処か心地よい。
「お嬢様、深呼吸をなさって下さい。落ち着いて。淑女らしくですよ」
緊張と喜びで浮足立っている私を窘めるように、ミモリーが後ろから声を掛けて来る。
確かに、このままのテンションで突撃したら、パーティーの時のように暴走してしまうかもしれないわね。
深呼吸。深呼吸。
ヒッヒッフ~。ヒッヒッフ~。
「……お嬢様、それは出産の時の呼吸法です。お願いですから本当に落ち着いて下さい」
「へ? あっ! そうだったわね」
ミモリーに突っ込まれた瞬間、自分の間違いに気付いて顔が赤くなる。
失敗失敗。何でこんな初歩的なミスをしてしまったのかしら。
本当に落ち着かなきゃ駄目ね。
改めて深呼吸をする。
その間にミモリーが門番をしている方に声を掛け、取り次ぎを頼む。
団長様はきちんと話を通して下さっていらっしゃったようで、すぐに門の中に入れて頂けた。
「ようこそおいで下さいました。コリンナお嬢様」
門番の方の案内で屋敷へと足を踏み入れるとすぐに執事風の方と数人の女性の使用人が私を出迎えて下さった。
「私は当家の執事長をしております、ジヤルトと申します。こちらの者は侍女頭のバーニヤです」
「バーニヤでございます」
ジヤルトさんに紹介され、一目で他の使用人より上の立場と分かる品格を持った女性の使用人が前に進み出て頭を下げる。
私より上の年齢の人達ばかりだけれど、ジヤルトさんとバーニヤさんはその中でも年齢が特に上で髪に白い物が混じっており、貫禄がある。
まさに一流の使用人という感じだ。
「突然の訪問、失礼します。ゼルンシェン家の長女コリンナと申します。本日はタジーク様にお会いしたくて伺いました。取り次ぎをお願いします」
使用人相手という事で、頭を下げたくなるのをグッと堪えて、少しでも印象がよくなるようニッコリと笑みを浮かべて用件を伝える。
貴族って、使用人相手にはあまり頭を下げてはいけないらしいから、こういう所の使い分けが慣れないと難しい。
「ええ、もちろんでございます。あの坊ちゃまの事を気に入って下さった奇特な……とても素敵なご令嬢がいらっしゃったんですもの。すぐにでも坊ちゃまをお呼び致しますね」
バーニヤさんがジヤルトさんを押しのけて、私に近付き両手で私の手を握る。
……何故だろう? ただ手を優しく握られているだけのはずなのに、捕獲された気分になるのは。
「いやバーニヤ、コリンナお嬢様には直接タジーク様の部屋に行って頂いた方が良いだろう」
「それもそうね。そうした方が確実にお二人を会わせる事が出来るものね」
バーニヤさんに対してジヤルトさんがした提案に驚いていると、バーニヤさんまでその提案に同意する。
私はどうすれば良いのかわからずオロオロとしつつも、頬が赤くなるのを感じた。
いやだって、初のお宅訪問というだけでドキドキだというのに、この上自室なんていう相手のプライベート空間にまで足を踏み入れるなんて……。
それに、未婚の男女、それもまだお付き合いすら成立してない男女が私室に入ると言うのもちょっと……破廉恥というか……別にお相手がタジーク様なら嫌ではないのですけれど……。
「……お嬢様?」
……はい。わかっています。淑女らしく貞淑にですね。
私の気持ちがタジーク様のお部屋に行きたいという方に大きく揺らぎ掛けた瞬間に声を掛けてくる辺り、この私との付き合いの長い侍女は本当に私の事をよくわかっている。
「コホンッ。あのですね、今回はこのお手紙を届けに来ただけで……それに少しお話をさせて頂ければ嬉しいなと思っただけで……」
一瞬脳裏に浮かんだ考えを小さな咳払いと共に封印して、今回の目的を伝えた上でやんわりと『そこまでの進展はまだ望んでいない』と告げる。
口調に少し渋々感が滲んでしまったのはご愛敬として欲しい。
しかし、そんな私の苦渋の決断は綺麗さっぱり無視されて……
「さぁ、コリンナお嬢様、坊ちゃまは現在自室に繋がっている執務室にいるはずですよ」
「坊ちゃまはシャイですからね。先にお嬢様の訪問の件を伝えると恥ずかしがって逃げてしまう可能性があったので、まだお伝えてしていませんの。直接行ってびっくりさせてあげましょう」
ニッコリと微笑んだジヤルトさんに案内され、満面の笑みのバーニヤさんに連行される。
うん、これは連行と言って良いと思う。
やっている事は、自分の掌の上に私の手を乗せ軽く握り、エスコートするようにジヤルトさんの後を共に歩いているだけだけど、見えない圧力が掛けられているような感じがしてここで立ち止まる事も付いて行くのを拒否する事も出来そうにない。
助けを求めるように顔だけで振り返ると、私同様困惑した顔をしながらもどうしていいのかわからない様子で後をついてくるミモリーの姿が目に入った。
ミモリーはすぐに私の視線に気付き、自分の視線も即座にこちら側に向けてくれる。
カチッと互いの視線が噛み合った瞬間、私達は目と目で会話した。
『ここはもう諦めてついていくしかないね(ですね)』
私とミモリーはお互いの顔を見つつ、小さく苦笑いを浮かべ頷き合った。
まぁ、ジヤルトさんとバーニヤさんの様子を見た感じからすると、本当に私とタジーク様を会わせたいだけのようだ。
お二人からは、なかなか結婚しない子供を心配する親のような雰囲気が滲み出ているもの。
それなら、お二人の判断に身を委ね、タジーク様との再会の確立を上げるのは決して悪い事ではないだろう。
とにかく、私はタジーク様に会って、折角繋がり掛けているこの縁をしっかり繋げたいのだ。
そう、ここは女は度胸よ、コリンナ!!
「こちらがタジーク様のお部屋でございます」
二階の一番奥の部屋。古いながらも綺麗に磨き上げられ、美しい飴色の艶を帯びる重厚な扉の前で足を止めたジヤルトさんが機嫌良さそうにそう告げる。
……この向こうに、あのタジーク様が。
そう考えると、心が躍る。
たった一回、それも数分しか会った事がない相手にここまで惹きつけれなんて、自分でもおかしいなと思うけれど、もうそうなってしまったのだから仕方ない。
後は、どれだけ私が頑張れるかなのだ。
ギュッと手にしていた手紙を更に強く胸に握り締める。
コンコン……。
ジヤルトさんのノックの音が妙に大きく廊下に響く。
「……誰だ?」
中からは聞き覚えるのあるテノールの綺麗な声。
私の心臓に響く声。
「ジヤルトでございます。坊ちゃまに素敵なお客様いらっしゃってますよ」
「……客? 俺にか?」
少し訝しむように声。
それを聞いて、ジヤルトさんが茶目っ気たっぷりにウインクしてくる。
「はい。坊ちゃまにお客様です。手紙を持って来て下さったそうですよ。早く出ていらして下さい」
部屋でガタゴトと物音が聞こえる。
そして……
「俺に客なんて滅多に来ないだろう」
キィィ……と小さな音を立てて扉が開いた。
バーニヤさんにソッと背中を押されて、胸に手紙を抱きしめたまま一歩前に出る。
そして、緊張から俯きがちだった視線をパッと上に上げた。
「一体誰が来たって……」
「……っ」
私とタジーク様の視線が合わさり、時が止まった。
「何で君がここに?」
「……えっと、タジーク様……ですよね?」
お互い目をまんまるにしながら相手を凝視する。
タジーク様が私の姿を見て驚くのはよくわかる。
だって、どうやらジヤルトさん達は、私の来訪の話を聞いてタジーク様が逃げないように事前にその事を伝えなかったみたいだし。
でも、ここにタジーク様がいる事を知っていて、それを目的に来ていた私が驚く理由は本来ないはずだ。
ない……はずだった。
「ず、随分、先日とは雰囲気が違いますね……」
「……まぁ」
私の言葉に小さく返したタジーク様は……
長い前髪で目元を隠し、髪の毛もボサボサ。
着ているシャツは皺だらけでだらしなく胸元が開いている。
おまけに何故かシーツを頭から被っている。
一見浮浪者かと見間違いそうな格好なのに、着ている服は物がよく、腰にはしっかりと剣をぶら下げていた。
正直、一体に目の前で何が起こっているのだろうかと思った。
先日とのギャップに戸惑う。
しかし、その一方で、お兄様があれ程この縁談を渋っていた理由が何となくわかったような気がした。
「タジーク様、今日はお仕事はお休みなんでしょうか?」
「……俺はこの家……主にこの部屋を守る事が仕事だ。職場には滅多に行かないし、部屋からも滅多に出ない」
私の質問にムスッとした態度で答えるタジーク様。
要するに、彼は職場に滅多に行く事がなく、自宅の警備……というか自室の警備を主な職務としていると。
なるほど。自宅警備隊なんですね。
でも、それってつまり……
「引き籠りという奴ですか?」
「周りの奴は皆そう言っているな」
「……」
ちょっと言葉を失った。
チラッと後ろを振り返ると、ジヤルトさんとバーニヤさんが気まずそうに苦笑している。
ミモリーは頭が痛いとでもいうように額に手をあてて眉間に皺を寄せ俯いている。
私は再び視線をタジーク様に戻した。
彼は憮然とした顔をして、長い前髪の向こうからその紫水晶の瞳で私を見下ろしている。
髪をオールバックにしていた先日と違い、その顔は半分ほどが前髪に覆われていて見えないけれど……。
ふむ。やはり私好みの顔をしてらっしゃる。
ちょっと不機嫌そう……硬派な感じもやっぱり格好良い。
ここは一先ず……
「タジーク様、お手紙をお届けに参りました」
ニッコリと笑顔で手紙を差し出す。
「……あ、あぁ」
タジーク様は私の態度に軽く片眉を上げつつも、私が差し出した手紙を受け取り、ペーパーナイフも使わずに手早く指で封を破り中を確認する。
彼の眉間に皺が寄った。
「……このオルセウス殿からの手紙には、君とデートをするように書いてあるが?」
あれ? オルセウス殿って……誰でしたっけ? あ、団長様のファーストネームですね。
そうか。タジーク様、パーティーの時は「カインツ殿」って呼んでたけれど、普段は団長様の事をファーストネームの方で読んでるんだ。
そう考えると、私が思っていた以上に団長様とタジーク様は親しい仲なのだろうか?
いや、今はそれよりも団長様が書いてくれたという手紙の内容についての方が重要だ。
「まぁ! そのような事が書いてありましたの?」
団長様、お兄様が言うように押しが強いですね。
でも、大歓迎です。
ちょっと、引きこもりだったのは意外だったけれど、私はまだ彼の事を何も知らないのだから、引きこもりな面も含めて色々互いを知った上で縁を深めていきたい。
そうしたら、良い面ももっと出てきそうな気がするし。
それらを含めて色々知った上でお互いに答えを出すのもきっと悪くないだろう。
「では、まず手始めに、ご一緒にお茶でも如何ですか?」
ここはタジーク様のご自宅ですけれど、誘ってくれるのを待っていたらそのまま追い返されそうな予感がする。
折角首の皮一枚で繋がった縁なのですから、そんな事はさせません。
幸い、こちらにはタジーク様の結婚について心配するジヤルトさんとバーニヤさんという心強い味方がいるのです。
二人に頼めば、きっとタジーク様からの指示がなくてもお茶位入れてくれるはずです。
それに田舎貴族の娘の良縁への執着を舐めてはいけませんよ?
『引きこもり』になんて、負けないんだから!
「……俺はこの部屋を警備する仕事が忙しい。帰ってくれ」
……パタンッ。
扉を閉められた。
…………。
コンコンッ。
一先ずノックをしてみた。
「……帰れ」
コンコンッ。
「……帰れ。俺はここから出ない」
コンコンッ。
……バンッ!
「……しつこいぞ」
ノックをし続け、やっと扉が開きタジーク様が出て来た為、ニッコリと笑顔を浮かべる。
「第二騎士団長様からのお手紙にもデートをと書いてあったのですよね? 今日はお忙しいとの事ですが、いつだったらデートして頂けますか?」
「俺は年中無休で自宅警備だ!」
「まぁまぁ、そう言わず。お仕事には休日も必要でしょ?」
「休日は自室で休む」
「それって仕事の日と何が違うんですか?」
「……」
あ、黙った。
「それで、次の休日はいつですか?」
「コリンナ嬢、君には関係のない話だ」
眉間に皺を寄せて睨まれる。
関係ないとか言われたけれど、そうはいかない。
「いえ、デートの予定を立てようとしている私にはとても関係のある事だと思いますが?」
「デートはしない。以上。今日はもうこれで帰ってくれ」
バタンッ!
また勢いよく扉が閉められた。
……なるほど。これは手強そうだ。
「わかりました。今日はこれで失礼致します。……『今日は』ね」
正直、タジーク様が引きこもりで普段の格好があのような感じだったのには驚いた。
実は冷静にふるまっているように見えて、私も少し動揺している。
ここは一度撤退して気持ちを整理して、作戦を練り直した方が良いだろう。
今日もほとんど会話らしい会話をタジーク様とする事は出来なかった。
けれど、彼の新たな面を見る事ができ、ついでにお兄様が何故この縁談に消極的なのかもわかった。
そして何より……
「私共はあの坊ちゃまのお姿を見ても引かないで下さったコリンナお嬢様を応援しておりますからね」
「いつでもいらっしゃって下さい。坊ちゃまが何か文句を言いましたら、このバーニヤが説き伏せて差し上げますからね」
とても心強い味方を手に入れる事が出来た。
それはジヤルトさんやバーニヤさんだけでなく、彼等の後ろでうんうんと頷きながら私とミモリーを見送ってくれているメイドさんや侍従さん達もだ。
「コリンナお嬢様、お帰りは当家の馬車でお帰り下さい」
少しの驚きと大収穫に胸をいっぱいにして玄関を出ると目の前に我が家の馬車とは比べ物にならない程立派な馬車が止まっていた。
来る時は辻馬車で来たから、帰りも大通りまで歩いて馬車を拾おうと思っていたのだけれど、どうやら私達の為に馬車を用意してくれたようだ。
「お気遣いありがとうございます」
「いえいえ。馬車につきましては我々ではなく、坊ちゃまのご指示ですので」
「……え?」
先程まであれだけ「帰れ、帰れ」と言っていた人が、私の為にわざわざ馬車を用意するように手配して下さったというのだろうか?
驚いて、タジーク様の自室のある方角を見ると、閉じられたカーテンの隙間からチラリッと銀色っぽいものが一瞬見えた。
けれど、それはあっという間にぴっちりと隙間なく閉められてしまったカーテンによって見えなくなる。
……そうか。お兄様も仰っていたけれど、やっぱり彼は少し変わってはいるけれど悪い人ではないようだ。
タジーク様の衝撃の姿により、少し収まり掛けていた胸の鼓動がまた勢いを取り戻し始める。
「それでは、タジーク様に私が感謝していたとお伝え下さい」
「はい。必ずお伝え致します」
ニッコリと笑うジヤルト様の顔は穏やかで何処か満足げだ。
「コリンナ様、これに懲りず是非またいらして下さいね。坊ちゃまはその……色々抱えていらっしゃる方なので、ひねくれてはおりますが、決して悪い方ではないので」
少し不安と心配を滲ませつつ、私の手をギュッと握ってくるバーニヤさんの手は温かい。
「えぇ、もちろんです。王都にいる間はタジーク様が嫌がっても通わせて頂くつもりですので」
「是非是非そうして下さいな!」
バーニヤさんを安心させるように全開の笑みで通う宣言をする。
もしかしたら、少しは迷惑そうな顔をされるかもしれないという思いがあったけれど、そんなものは微塵も感じさせないガーディナー家の使用人達の様子に、少しホッとする。
あぁ、私、もう少し頑張れそうだわ。
タジーク様の反応は決して良いものではなかったけれど、彼の優しさにも触れる事が出来た。
それに、彼が引きこもりだというなら、お付き合いを目指すにしても順を追って事を進める必要があるだろう。
ガーディナー家の馬車に乗り、ミモリーと共にお兄様の家へを向かう中、私は彼とデートする為に、一先ず部屋から引っ張り出す計画を練る事にした。
「明日から忙しくなりそうね、ミモリー」
「私はお嬢様のメンタルの強さについていけないそうです」
何処か呆れを滲ませた目を向けて来るミモリーに「それは愛の力よ」と冗談めかして言うと、更に呆れの色が濃くなった。
***
タジーク様のお宅訪問をしたその日の夜。
ここ最近ずっと深夜まで帰って来なかったお兄様がまだ夕方とギリギリ呼べる時間帯に帰って来た。
折角王都に来ているのだから、たまには外食をしようと誘われ、私達はお兄様お勧めのレストランへと行く事にした。
「お兄様、これは何のお肉ですか? とても美味しいですわ!」
「それは鴨だよ。家でだって食べた事があるだろう?」
「家で食べた物とは別格ですよ。お肉の質の問題かしら? それとも調理方法の問題?」
「さぁ、どうだろうね?」
テーブルマナーにはそれなりに気を付けつつ、それでもモリモリと勢い良く食べていく私に、お兄様はお酒をチビチビと飲みつつ笑っている。
「……それで、ガーディナー第六騎士団長とは会えたのかい?」
食事もひと段落ついた頃、お兄様が恐る恐るといった感じで話を切り出した。
時々チラチラとこちらを窺うような気配を感じたから、きっとその事を聞きたいんだろうなと思っていたら案の定といった感じだ。
「えぇ、会えましたわ。……お兄様、お兄様が内緒にしていたのは彼が引きこもりだという事だったのですね」
食後の紅茶を飲みながら上目遣いに睨むと、お兄様がばつが悪そうな顔をした。
「そうだよ。彼は社交界にも職場にも滅多に顔を出さない引きこもり騎士として有名なんだ。それこそ、王都に住む未婚の貴族令嬢達がこぞって縁談を避けるレベルでね」
なるほど。これで合点がいった。
彼のように容姿もよく、家柄も地位も良い優良物件が未だに売れ残っている理由がよくわかった。
私が暮らしていた縁談相手の選択肢が全くないような場所ならともかく、王都は大勢の有力貴族が集まる場所だ。
敢えて引きこもりでほとんど仕事にも出てこないような人を選ぶ必要なんてない。
ましてや、必要以上に体面を気にするのが貴族だ。
例え事実でなくても変な噂が立った相手は縁談相手としては避けられるのが当たり前。
彼の場合は事実、引きこもりのようだけれど、それ以上に『引きこもりだと有名』な事の方が問題としては大きいのだろう。
「団長様は私がその話を聞けば会う前に避けるだろうと判断して、敢えて耳に入れないようにお兄様に言ったのですね」
「そういう事だ。ついでに言うとお前が選ばれた理由の一つとしても、『彼が引きこもりだと有名な事を知らない』というものが含まれている」
今まで隠していた事を私が実際に彼の普段の様子を見て知った事で、何処か諦めたようなホッとしたような様子でお兄様が話す。
「でも、よくそんな職場にも顔を出さないような方が騎士団長なんてやってられますね」
私は彼が引きこもりだからと言って、彼を嫌いになったわけではないし、非難する気もない。
デートする為に部屋から引きずりだろうと企んではいるが、あくまでそれは私を知ってもらう為の手段なのであって、彼自身を馬鹿にする気はない。
けれど、それとは別に引きこもりが団長しているという事がおかしいと感じる感覚は持っている。
引きこもりだからいけないというわけではなく、団長という地位についている以上それなりに仕事も責任もついて回るだろう。
それが家に引き籠っていては出来ないだろうと思うから不思議に感じるのだ。
「それはな、元々第六騎士団そういう変わり者だけどそれなりの家柄だったり事情があって簡単に切るわけにもいかないという人達を集めた騎士団だからだよ。それぞれの特技や仕事スタイルに合わせた仕事をやったりはするけれど、他の騎士団に比べて実務がほとんどないから、『名誉騎士団』なんて通称で呼ばれていたりもする」
「……名誉騎士団」
何ですか。その無駄に名前だけは格好良いのにろくでもない感じが漂いまくっている騎士団は。
「つまり、彼が引きこもっていられるのも、彼の所属先が……」
「名誉騎士団だからだろうな。要はほぼ名ばかりの騎士というやつだからね。まぁ、彼の場合はそうは言っても騎士団長なだけあって、それなりに仕事もあるから時々は職場に出て来るけどな」
一応、少なくても存在はしている騎士団長の仕事はちゃんと熟しているという事かな?
「引き籠りなのに、時々とはいえ、職場には出てきているのですね」
その点は評価しても良いのかもしれない。
……自分でも、ちょっと評価基準が低めな気がするけど。
「彼は『家から出てこれない』タイプではなく、『自ら出ようとしない』タイプの引きこもりだからね。面倒くさそうにはするけれど、必要だったらいくらでも出て来るし、この前みたいなパーティーにも参加する事が出来る。ただ、ちょっと頑固ではあるから自分で出ないと決めたら梃子でも動かない」
何となくそれはわかる気がする。
そう考えると、タジーク様とデートをする為には、こちらも気合いを入れて説得する必要があるという事だろう。
無理に引っ張りだそうとすれは、余計に自分の殻に閉じこもってしまいそうな気もするし、この辺のさじ加減は難しそうだなぁ。
「ちなみに、以前団長が無理矢理肩に担いで家から連れ出した時は、その後かなりの期間家から一歩も出なくて大変だったみたいだよ」
それは何というか……団長様の強引さも酷いけれど、タジーク様の悪化具合も酷いですね。
「そんな事があっても、タジーク様に無理矢理縁談を勧められる団長様、凄いですね」
「ああ、あの人の鋼のメンタルは俺も凄いと思うよ。ただ、あんな風になりたいかと尋ねられると答えに困るけれど」
「同感です」
しかし、団長様まではいかなくても、私も頑張らないと何一つ変わらなそうだという事は確かだろう。
もちろん、少しあしらわれたからと言って簡単に呆れめているようでは、きっと彼との恋を始める為のスタート地点にも立てないはずだ。
やり方はともかく、鋼のメンタルは見習っても良いかもしれない。
「それで、お前はタジーク様が引きこもりだと知ってどう思ったんだい? やっぱりこの縁談止めたくなったんじゃないのかい?」
少し考え込む素振りを見せた私に、お兄様が勢い込んで尋ねてくる。
でも……ごめんなさい。私は全く諦める気はありません。
「確かに少し驚きはしましたし、これは手強そうだなとは思いましたけれど……まだ諦めるまではいってませんよ?」
「え? でも、彼は引きこもりで、家どころか部屋からすらあまり出てこないんだよ?」
私の返答が自分の予想と異なっている事に驚いた様子のお兄様。
まぁ、気持ちはわからなくもないけれど……ほら、恋は盲目と言いますし?
「タジーク様に私の事をもっと知って頂きたいとは思っているので、デート位は行きたいなと思っていますよ。でも、私は引きこもりだから諦めるのではなく、どうやったら出て来てくれるようになるかについて考えたいんです」
きっと諦める方が楽ではあるけれど、きっと何もせず諦めたら後悔はすると思う。
なら、当たって砕けるつもりで精一杯チャレンジしたって良いじゃないか。
「何て言うか……我が妹ながら、物凄くポジティブだな、コリンナは」
「フフフ……。最悪お兄様に慰めて頂けるという安心感もあるから頑張れるのですよ」
妹らしく可愛らしい笑みを意識して笑いかける。
今日はちょっと疲れたし、妹としてお兄様に甘えたい気分なのだ。
もちろん、考えなどお見通しのお兄様は少し苦笑いを浮かべつつも、優しく私の頭を撫でて甘えさせてくれる。
「頑張るのは良いけど、程々にな。お兄様は可愛い妹が傷つくところはなるべくみたくないからな」
「はい! もちろんです」
お兄様の優しさに包まれて、明日からのエネルギーをチャージする。
ついでに、食後のデザートももう一つ追加で頼んで、栄養もチャージしておこう。
……もちろん、お兄様の驕りで。
可愛い妹に、縁談の相手が有名な引きこもりだった事を黙っていたのだから、これ位の我儘は許されて当然だろう。