3 待って駄目なら押してみろです!
「……タジーク様からのお返事が来ないわ」
私はお兄様の借りている部屋で、ミモリーの淹れてくれたお茶を飲みながら、不満を口にする。
タジーク様とお会いしたパーティーからもう既に二週間が経とうとしてしていた。
私の方はお兄様を通して、縁談を進めて欲しいという意向は伝えてある。
後はタジーク様の方からの了承の返事をもらい、次の逢瀬の予定を立てていけば良いだけのはずなのに、一向にお兄様からは何の話もない。
「お嬢様、これはもう単純に振られたという話なのではないですか?」
正面に座って、昨日街を歩いて回った時に買ってきたお菓子をポリポリと食べながら、ミモリーが実にあっさりと酷い事を言う。
ちなみに、侍女であり本来主である私と同席する事はないはずの彼女が私の向かいにある椅子に座りお茶をしているのは、一人でお茶を飲むのが寂しくて、ついでに愚痴も聞いて欲しかった私がお願いしたからだ。
「そ、そんな事ないわよ。大体、お返事云々以前の問題として、お仕事が忙しいせいでここ二週間、ほとんどお兄様とお話しする機会がなかったし。きっと、忙しくて忘れているとか、話している時間がなかったとかそういう理由よ……多分」
言葉尻が小さくなってしまうのは、私の中でも少しだけどそういう不安を感じていたからだ。
「忙しくて……というより、どちらかというと避けているようにお見受け出来ますが? お優しいフールビン様の事です。パーティー後、毎日のように目を輝かせてタジーク様からのお返事はまだかと嬉しそうに話し掛けていらしたお嬢様に、事実を伝えられず逃げておられるのでは?」
「そんな事ないもん!」
ついつい考えたくない可能性を口にされ、幼子のように声を唇を尖らせてしまう。
パーティーの時にお会いした素敵な殿方。
挨拶のみで他の会話はほとんどなかったけれど、その分、大きな失敗もしていない……はずだ。
「ちなみに、もし断られたらどうされるおつもりなんですか?」
「それは……」
少なくとも初めて出会った理想の男性だ。すぐに諦めるのは無理だと思う。
しっかりと私の事を知ってもらった上での言葉ならばまだ諦めも付くけれど、それ以前の段階で断られたら……やっぱりもう少し粘りたいなと思ってしまう。
もちろん、ストーカーのように付きまとう気はない……つもりだけど、それでももう一度位チャンスは作りたい。
「はぁぁ……。あまり淑女らしくない無茶な行動はなさらないで下さいよ、お嬢様」
溜め息を吐き釘を刺しつつも、私の気持ちを思ってか「止めろ」と言わないミモリー。
その不器用な優しさが、今は妙に安心する。
「それにしても、そろそろフールビン様にはしっかりとお話を聞いた方が良さそうですね」
ミモリーが「いつまで逃げてるんだあの腑抜け……」とか呟いた気がしたけれど、きっと気のせいだ。
だってミモリーは礼儀に煩い私の侍女。
そんな事を呟くはずがない。うん。きっとそうだ。
「そうは言っても、お兄様ったら早朝から出勤され、帰るのは深夜ですもの。家にいてはなかなか捕まらない……」
そこまで言い掛けて、私の頭に名案が浮かんだ。
「そうだわ。家で待っていてはいくら経っても話が出来ないし、ダジール様にもう一度会えるよう取り計らってもらうようお願いする事も出来ないわ! それなら……」
グッと拳を握り締め、立ち上がった私をミモリーがお菓子をポリポリ齧りながらも訝しげに見上げる。
「私がお兄様の職場に行けば良いのよ!」
「……は?」
私の宣言に、ミモリーは目を僅かに見開く。
フフフ……。私の考えた案の素晴らしさに驚いているようね。
そうよ。何でもっと早くに思い付かなかったのかしら。
確か、王宮にに勤めている人の所に家族が差し入れをする事は出来たはず。
前に、お兄様が同僚の婚約者が職場までお弁当を届けに来ていて物凄く羨ましかったという話を聞いた事があるもの。
まだ結婚して縁を繋いでいない『婚約者』が大丈夫なら、血の繋がった妹が差し入れをしてもきっと大丈夫なはずよ!
それに、もし駄目だったら諦めて帰ってくればいいだけの話だもの。
試してみる価値はあるわ!
「……という事で、ミモリー、お兄様用のお弁当を作って頂戴」
両手をパチンッ合わせて、首を少し傾げながら優秀で料理の腕まである私の侍女に頭を下げる。
「……それを持って会いに行くという事ですね。お嬢様自身がお作りにはならないのですか?」
ミモリーの言葉に一瞬返答を迷う。
基本的に貴族令嬢というものは料理はしない。
ただ、うちは使用人との距離も近い為、私もたまに手伝ったりする事はある。
しかし、あくまで手伝い程度で……下手ではないけれど、ミモリー程上手に作れるわけではないし、レパートリーも少ない。……だって貴族令嬢だもん!
「……私が作った方が、お兄様は喜ぶと思う?」
どうしようか悩みつつ、上目遣いにミモリーに尋ねる。
「それは当然ですよ。何だかんだ言って、フールビン様にとってお嬢様は可愛い妹ですからね」
ニッコリと笑みを浮かべてそう言い切られた私は「うっ……」と小さく呻く。
私もお兄様も別にシスコンでもブラコンでもない。
けれど、単純に妹としてそれなりに可愛がってもらっている自覚はある。
小さい頃から、私がどんな悪戯をしても、注意はすれど、最終的には笑って許してくれた兄だ。
それに、庭で摘んだ花(雑草)や綺麗な石(子供目線)をあげても、凄く嬉しそうに受け取ってくれた。
ミモリーが言う通り、私が作った物であれば不味くても笑顔で「有難う」と言ってくれる気はする。
「……全部一人で作るのは不安なんで、お手伝いする形で参加させて下さい」
「承知致しました」
料理の美味しさを取るか、私が頑張って作ったという事を取るか悩んだ結果、中間を取る事にした。
味も物凄く大切だけれど、お兄様の性格を考えると少しでも私が頑張って作った方が喜んではくれそうだしね。
時計の針を見れば、お昼までにはまだ少し時間はあるけれど、これからお弁当を作って王城内にあるお兄様の職場まで行くと考えれば、少し急ぎ気味に動いた方が良さそうだ。
いくら差し入れをしても、お兄様の昼休憩に間に合わなくては意味がないのだから。
「ミモリー先生、よろしくお願いします!」
「はい、このミモリーにお任せ下さい。……ですがひとまず、調理場に向かう前にエプロンはして下さいね」
勢いのまま、調理場へと向かおうとする私の手をミモリーがソッと掴み、引き留め苦笑する。
確かにエプロンは大切だ。
王都に来る時には持ってきた服はどれも私の持ち物の中では良い方の物ばかり。
料理中に汚して着れなくなるのは勿体ない。
ミモリーの予備のエプロンを借りて準備をした後、私達は改めてお弁当作りを開始した。
正直、このお弁当の届け先がタジーク様だったらもっともっとやる気が出るのになぁと思わなくもないけれど、お兄様に喜んでもらえるのも嬉しくはあるから、今は贅沢は言わない。
それに、こうしてお兄様に会いに言って話をする事がタジーク様との再会に繋がっているのだ。
今は前進あるのみ!
少しずつでも自分に出来る事から頑張っていこう。
「待ってて下さいね! お兄様!!」
「……お嬢様、ガツガツとし過ぎですよ。淑女的にはアウトですからね?」
ミモリーの冷静なツッコミが入ったけれど、これもやっぱり気にしない事にした。
***
「あ、いらっしゃったわ! お兄様!!」
なんとかお兄様の昼休憩に間に合うようにお弁当を作る事が出来た私とミモリーは、お兄様の職場である王宮へと来ていた。
王宮の中に入る時に、警備の方に声を掛けた際には、本当に来て大丈夫だったのかと不安になったけれど、王宮への来訪は所定の手続きさえ踏めば、そう難しいものではなかった。
もちろん『この国に所属している貴族なら』という制約があったり、行ける範囲が目的や身分で分かれていたりと、色々制限はあるようだったけれどね。
そんなこんなで王宮への入場手続きを簡単に済ませた私達は、案内役の騎士の方に連れられ、騎士の方々用の建物へと案内された。
建物の一角に面会者用の待機スペースのような場所があり、私達はそこで案内役の方がお兄様を呼んできて下さるのを待っていた。
そこは監視の意味もあるのか、廊下の一角が部屋のように引っ込んでいる状態の場所に椅子が設置されているだけで、廊下と部屋を区切る扉も壁もない為、とても見通しが良い。
遠くの方から廊下を歩いて来るお兄様の姿をすぐに見付ける事が出来た私は、立ち上がり自分がいる事をアピールするように手を振った。
「コリンナ、急にどうしたんだい?」
元気よく手を振る私を見てお兄様が驚いたような顔をして小走りに近付いてくる。
案内役の騎士様はもういなかったから、きっと持ち場に戻られたのだろう。
お礼を言い損ねてしまったから、後で代わりにお兄様に言っておいてもらおう。
「お兄様とタジーク様の事でお話がしたくて。後、ついでにお弁当も作ってきました」
「お嬢様、本音と建て前が逆になっていますよ」
つい本音がポロッと口から出てしまうと、すかさずミモリーが突っ込んでくれる。
お兄様は、私の発言に頬を引き攣らせていた。
……気まずそうにしていても、今日は逃がしませんからね、お兄様?
「そ、そうか。お弁当を作って来てくれたのか。それは嬉しいなぁ」
「はい! ついでと言う名の主目的でタジーク様との件がどのようになっているかもお聞きしに来ました」
「ハハハ……」
お兄様がダラダラと汗を掻き、視線を逸らしながら乾いた笑い声をあげる。
……だから逃がしませんってば。
私の一世一代の恋ですよ? 初恋ですよ? しっかりと協力して頂きますからね?
「お兄様? それで、タジーク様のからのお返事はあったのですか? あったのですか?」
「コリンナ、回答が一択になっているよ?」
「故意です」
キッパリと言い切ると、またお兄様が頬を引き攣られた。
その内、お兄様の頬が筋肉痛になりそうだ。
「なぁ、コリンナ。彼は止めておかないかい? 何て言うか……彼は……ほらね?」
「何が『ほら』なんですか!? あんな素敵な男性、私お会いした事がありません」
理由にもならない……というか、言葉にもなっていない理由で私に諦めさせようとするお兄様に、イラッとして少し口調が荒くなってしまう。
「彼は……その色々と事情があってね。お前も苦労すると思うし……」
「なら、その事情とやらを教えて下さい! あんな素敵な方に、どんな事情があると言うのですか? 実は外にいっぱい子供がいるとか、嗜虐趣味とか、法的にギリギリアウトなマッドサイエンティストとかですか!?」
「なっ!? ちょっと、ストップ、ストップ!」
私が彼を諦める理由としてパッと思い付いた事を挙げていくと、お兄様がギョッとした顔をして慌てて私の口に手を当てる。
昼休憩の時間帯という事で、他の騎士様もチラチラと廊下の見掛ける状態。
確かに、こんな所でいう言葉ではなかったかもしれない。
けれど、これはお兄様が意味のわからない理由で私の初恋を邪魔しようとするのがいけないと思う。
だから、私は少し羞恥で頬を赤くしつつも、不満を訴えるようにお兄様のを睨んだ。
「いやいや、そこまで酷い事情はないよ! 特に最後のはギリギリだろうが法的にアウトな時点で騎士団が捕まえているからね!?」
お兄様が慌てて否定した後、視線で「これ以上変な事を言うなよ」と訴えた後、口から手を放して下さる。
「それでしたら、何故駄目なのですか? 私はまたあのお方に、タジーク様にお会いしたいのです」
私がタジーク様のお名前を口にした途端、近くを通りがかった若手の騎士様が一瞬驚いたような表情で振り返った。
その事に驚いて、つい視線をそちらに向けると、彼は慌てた様子で私から視線を外してそそくさと立ち去って行った。
一体何だったのだろうか?
「そんな突飛な理由じゃなくたって、色々と縁談を躊躇う理由があるだろう?」
「借金だらけで一家離散寸前とかですか?」
「いや、彼の家は我が家なんか比べ物にならない位家格が上でお金もあるから! 滅多な事言わないでくれ! 向こうの家じゃなくてこっちの家の立場が危うくなる」
私の言葉にお兄様が勢いよく首をブンブンと振る。
目、回らないのかしら?
「そうじゃなくて、ほらもっとやんわりとした事情でもさ、嫁ぐのに躊躇うものとかあるだろう?」
「具体的には?」
「それは……」
お兄様の瞳が揺れる。
上司である第二騎士団長様に、先入観を持たせないように余計な事は言うなと口止めされているお兄様。でも家族思いのお兄様。
きっと、私に上司命令を破って私に事情を話すかどうかで悩んでいるのだろう。
「……お兄様?」
お兄様の揺れる瞳を見つめ返し、それでも運命の初恋の相手をそう簡単に諦められない私は、先を促すように小首を傾げる。
お兄様が私の顔を見て、困ったように眉を下げてからグッと唇を噛みしめ決意をした表情になる。
そしてゆっくりと口を開き……
「実は……」
「なぁにを言おうとしてるのかな? フールビン?」
不意に、廊下の方から声がして、驚いてそちらに視線を向ける。
40代後半から50代位の体格のよいダンディーなおじ様が、顔に威圧的な笑みを浮かべて廊下からこちらを覗き込んでいた。
「ヒッ!」
お兄様の体がビクンッ跳ね上がる。
何かに怯えたように体を硬直させたお兄さんが、恐る恐るといった様子でギギギ……と音がしそうな程ゆっくりとぎこちない動作で後ろを振り返る。
「……カ、カインツ団長?」
「おぉ、俺だ。で、今、お前は何をこの麗しいご令嬢に話そうとしていたのかなぁ?」
ゆっくりとした動作で近付いて来た男性――カインツ団長様がガシッとお兄様の肩に腕を回す。
お兄様の喉からまた小さく「ヒッ!」と悲鳴が零れ、体が震えた。
……なるほど。これがお兄様が口止めされているという上司である団長様というわけか。
そして、同時に私とタジーク様の縁を繋げて下さった方でもあるわけね。
「お初にお目に掛かります。フールビン・ゼルンシェンの妹、コリンナ・ゼルンシェンと御申します。」
即座にこの人に媚を売っておいた方がタジーク様への道が開けると判断した私は、なるべく綺麗に見えるように精一杯心掛け、淑女の礼をする。
「おぉう。お嬢さんの話はフールビンから聞いてるぜ」
「聞いたのではなく、聞き出したの間違い……」
「何か言ったか? フールビン」
「いえ何でもございません」
……お兄様、弱過ぎる。
職場でのお兄様の立ち位置がよくわかった瞬間だった。
「俺はコリンナ嬢の兄さんの所属する第二騎士団の団長を務めるオルセウス・カインツだ。今回は俺の我儘の為にわざわざ来てもらって悪かったな」
お兄様に向けていた威圧的な笑みを快活な笑みに変え、団長様が私に挨拶をして下さる。
その内容で、私の予想が事実であった事を改めて確信した。
「いえ、こちらこそ、この度は大変とてもこれ以上ない程素敵なお相手をご紹介して頂いた上に、王都までの旅費まで出して下さり有難うございました。とても感謝しています」
全力でタジーク様がとてもとてもとても気に入っているのだとアピールしながら笑顔で返答をすると、団長様が「おっ?」と少し意外そうに片眉を上げた。
その後に、ニヤリッと大きく片方の口の端を上げ、満足そうな笑みを浮かべる。
「そうかそうか、コリンナ嬢はタジークの事を気に入ってくれたか。それは良かった」
「えぇ、私の方はとても素敵な方でまたお会いしたいと思っているのですが……」
チラッとお兄様の方に視線を向け、不満を訴えるように少しだけ頬を膨らませる。
すると、即座に後ろから小声で「お嬢様、淑女らしい振る舞いを……」とミモリーからの注意が入った。
慌てて頬に入っていた空気を抜いて、誤魔化すように笑みを浮かべる。
「ハハハッ! コリンナ嬢はとても愛らしいお方ですな。だが……まぁ、アイツにはこれ位明るくてわかりやすい方の方が良いかもしれんな」
ん? わかりやすいって何がだろう?
団長様の呟きに疑問を感じて小首を傾げると、団長様はまた「ハハッ」と笑って「何でもない」と仰った。
「で、フールビン、これだけコリンナ嬢の方は乗り気なんだ。話は進めてあるんだろう?」
団長様が視線に威圧を乗せて、再びお兄様に話し掛ける。
表情は笑顔のままなのに、これだけ逆らえないオーラをかもし出せるのは、流石団長様といったところか。
お兄様とは纏うオーラが違う。
……これから先もお兄様の出世は難しいかもしれないわね。お兄様はびっくりする位、小物感が漂っているもの。
って、今はそんな事はどうでもいいのよ!
折角私が聞きたかった事を、団長様が威圧まで掛けてお兄様に聞いて下さっているのだから、しっかりと話を聞かなきゃ!
「いや、その……。向こうからも何も縁談についての連絡はなかったので……その……」
お兄様がしどろもどろに言葉を紡ぐ。
それに団長様の眉尻がピクッと上がる。
「……で?」
団長様の低い声が煮え切らない返事を繰り返すお兄様を促す。
お兄様は、その言葉にビクッと反応し、私と団長様の様子を怯えた小動物のような目で交互に窺う。
……この反応、何か嫌な予感がする。
「えっと……一応、礼儀かなと思い、妹と顔合わせして頂いた事への感謝と妹が喜んでいた事はお伝えしました」
うん。確かに、一応パティーの中の一時とはいえ、『縁談の顔合わせ』という名目で時間を取って頂いたのだからお礼は大切ですね、お兄様。
「…………で?」
団長様の声が更に低くなる。
「向こうからも『お会い出来て良かった』という返事は頂きました」
「……なるほど。で、その後は?」
「何もないです」
…………。
その場がシーンと静まり返った。
これはあれですね。
要するに縁談を進めるどころか、『挨拶させてくれて有難う』『こっちも話せて良かったよ』という会話だけで話が終わっているという事ですね。
え? 何? 都会の貴族のやり取り的には、これが普通なの?
もしかして、貴族特有の遠回しな言い方とかそういうので縁談の返事が成り立ってたりするの?
それなら、これは良かったって事? 悪かったって事?
田舎育ちの私には判断が付かないんだけど!?
「……おい。縁談すらなかった事になっているじゃねぇか!!」
パーンッ!
ギロッとお兄様を睨んだ団長様が、小気味いい音を立ててその硬そうな手でお兄様の頭を叩いた。
「痛っ!」
叩かれた後頭部を両手で抑えて、涙目になるお兄様。
でも、今は同情しませんよ?
どうやら私の勘違いではなく、全く縁談を進めてくれていなかったお兄様に私も怒っているのですからね。
「お兄様、酷いです。私、あんなにタジール様との縁談を進めて下さい。タジール様と会う機会をセッティングして下さいってお願いしたのに!」
腕を組んで頬を膨らませ、怒り心頭でお兄様に詰め寄る。
流石のミモリーもこの時ばかりは私の言動を窘めなかった。
「いや、でもな。ガーディナー家の方がうちなんかよりもかなり家格が上だ。そのガーディナー家からの返事に縁談についての言及が何もないのに、こちらから再度尋ねるのも勇気がいるんだよ」
「それにしたって、もう少し私の好意を伝えてくれたって良いじゃありませんか! せめて、また会いたがってた位言ってくれれば、もしかしたらもしかするかもしれないでしょ!」
お兄様が一生懸命弁解してくるけれど、そんな事で納得できるわけない。
私にとっての初恋なのだ。
断られても、何とか頑張ろうと思ってたと言うのに、断られる以前に話が立ち消えになってたなら納得なんて出来るはずがない。
「まぁ、そうかもしれないけどな。でも、向こうも何も言って来ないって事は多分乗り気ではないという事だし、ここは平穏無事に話が流れた方が良いかなぁなんて……」
私が言い募る度に後退し、たじたじになりながら話すお兄様を、キッと睨む。
「私はタジーク様にまたお会いしたいんです! 何も頑張る前から諦めたくはないんです!!」
「よく言った!!」
自分の思いの丈をお兄様に向かってぶつけると、途中から私とお兄様のやり取りを傍観していた団長様が急に拍手をし始める。
驚いて視線を向けると、彼は満面の笑みを浮かべて何度も頷いていた。
「コリンナ嬢、君のような女性を探していたんだ。タジークは色々とこじらせているからな。ある程度押しが強くてへこたれない女性じゃないと落とすのは無理だと思っていたんだ」
「……こじらせている? 押しが強い? へこたれない?」
タジーク様がこじらせているかどうかはよくわからない。
これから何度かお会いしてお互いについてもっと深く知っていこうと思っていたところなんだから仕方ない。
でも、後半の『押しが強い』『へこたれない』という淑女としてどうかという評価については納得出来ない。
出来ない……けれど、タジーク様とお付き合いする為にはそういった能力が必要だというのならば、頑張る事は吝かではない。
そういうのは、都会暮らしの吹いて飛びそうな繊細なご令嬢達よりはある気がするもの。
「あいつはあまり素直な方じゃないから、最初は冷たい態度を取るかもしれないからな。それでも大丈夫だというなら……さっさとあいつの所に直接行っちまいな。俺が事前にあいつの家の者に連絡した上で手紙を書いてやるからさ。それを届けるって名目で行けば良い」
「本当ですか!?」
親指をグッと立てて頼もしい事を言ってくれた団長様に、目を輝かせる。
突然1度しか会った事がない女が押し掛けるのは少々やり過ぎな気がして実行出来なかったけれど、団長様が事前に連絡を入れた上にタジーク様に届ける為の手紙まで用意して下さるというなら……これはもう、会いに行くしかない。
「ちょっと団長! 余計な事を……」
「あいつにはこれ位しなきゃ、何も話は進まねぇよ」
「……別に進まなくたって」
「コリンナ嬢自身が乗り気になってくれたんだ。諦めな。そういう約束だっただろう?」
「それは……そうですけど」
どうやら、お兄様と団長様の間で、私がもしこの縁談に乗り気にならなかったら止めていいという話になっていたのは本当らしい。
ただし、それと逆もあり、もし私が乗り気になったら、お兄様は渋々だろうがなんだろうが話を進める事になっていたようだ。
ガックリと肩を落とし多少ごねている様子は見られるものの、団長様の行動を本気で制止する事が出来ずにいるのがその証拠だ。
それにしても、本当に何でこんなにお兄様はこの縁談に乗り気じゃないんだろか?
気になるけど……私のこの目で確かめろというのなら、折角チャンスも貰える事になったんだし、そうしよう。
「じゃあ、決まりな。これから誰か人をやって、あいつの家の奴等に午後のコリンナ嬢の来訪を伝えさせる。後、俺はこれから手紙を書いてくるから……丁度、フールビンが休憩中だ。一緒に飯でも食べて待っててくれ」
「わかりました。本当に有難うございます、団長様」
「良いって事よ。元々この話は俺が強引に推し進めている所もあるしな。協力するのは当然だ」
そう言って、団長様は踵を返し、颯爽と立ち去って行った。
「それではお兄様、昼食に致しましょう。元々お兄様と昼食を取りながらお話出来ればと思って少し多めに作って来たんです。ご一緒させて下さい」
本来の目的以上の成果を手に入れた私は、午後の来訪に向けて少々緊張しつつもご機嫌でお兄様に声を掛ける。
「ハァ……。あぁ、そうしようか。向こうの庭に昼食を食べるのに丁度良い場所があるからそこに行こう」
私の高くなったテンションとは逆に、何処か疲れている様子にお兄様が溜息を吐きつつも、食事を取れる所へと案内してくれる。
「……まぁ、彼の本当の姿を見たら、コリンナも諦めるかもしれないしな」
何処か投げやりな様子で呟かれた言葉。
心の中で「そんな事はないと思いますけどね」と呟きつつ、疲れている様子のお兄様を気遣って敢えて言葉にはしなかった。
「お兄様の為に頑張って作って来たんですから、いっぱい食べて下さいね!!」
「おまけで作ったお弁当なんだろう?」
「でも、一生懸命お兄様の為に作りました」
少し拗ねた様子で言われた言葉に満面の笑みで返すと、お兄様はいつもの「仕方ないな」という穏やかな笑みにを浮かべて、私の頭を撫でてくれる。
こうして一緒に昼食を取った私達は、団長様からの手紙を受け取った後、王宮の出入り口までお兄様に送ってもらって別れた。
午後は遂にタジーク様の許へ向かう事になる。
急な話で少し驚いているけれど、折角のチャンスを活かさない手はない。
女は度胸だと思って頑張って来よう。