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2 いよいよお会いします。

「よし。これで完璧です」

 複雑に編み上げた髪にお母様からお借りした髪飾りをつけ終えたミモリーが、鏡越しに満足そうな笑みを向けてくる。

 今日は件のパーティー当日だ。

 気合が入りまくったミモリーの手によって、午前中から始まったパーティーに向けての支度。

 それが今、遂に終わった。

 ミモリーが仕度を始めると言ってきた時は、パーティーが始まるのは夜からなのに、何をそんなに準備をする事があるんだろうと思っていたけど……現在出発30分前。

 遅れないように余裕を持つと考えれば、丁度良い時間になっている。

 要するに、私の予想を大きく外れて、本当にそれだけ時間が掛かったという事だ。

 ミモリー曰く、「貴族令嬢のパーティー支度なんてそれ位掛かって当然です」との事だったけれど、今までちょこっと近所の領主宅にお邪魔してお茶をしたり、パーティーとは名ばかりの簡単な集まりに参加した程度の経験しかない私としては、こんな本格的なパーティー仕度は初めてで正直戸惑う。

 いや、戸惑うというよりも疲れたという気持ちの方が感想としては上なんだけどね。

「お綺麗ですよ、お嬢様」

 ミモリーの言葉につられて、鏡に映った自分の姿を再度確認すると……確かに時間を掛けただけの価値はあるかもしれない。

 いつもの三割増し位には綺麗な気がする。

 否。そうでないと私とミモリーの労力が報われない。きっとそれ位には磨きが掛かっているはずだ。

「有難う、ミモリー。私、こんなにお洒落したの初めてよ」

 ニッコリと笑みを浮かべると、ミモリーも嬉しそうに笑う。

「後は、お兄様が仕度を終えて迎えに来るまでの間、この状態をキープ出来れば完璧ね!」

 フールビンお兄様は、今、仕事で王城に行っている。

 今日開かれるパーティーは王家主催のもので王城で行われる為、王城警備を主な仕事にするお兄様の隊はとても忙しいのだ。

 本来であればお兄様は仕事に行っているはずだったのだけど、今回は上司公認……というか、むしろ上司命令による妹の御守がある為、夜は仕事を外してもらっている。

 その代わり、パーティー前の事前準備には駆り出されていた為、つい先ほど大慌てで職場から戻られ、今はご自身の支度にてんてこ舞いしている。

 だから、私はお兄様にお借りしている客間でお兄様の支度が終わるまで、ただ大人しく待っているしかない。

「……お嬢様、その状態をキープしないといけないのは、『フールビン様が迎えに来るまで』ではなく、『パーティーが終わって馬車に乗るまで』ですよ」

「あ、そうだったわね」

 言われてみればそうだ。

 お兄様のお迎えはあくまでパーティーの始まる序章のようなもの。

 本番は、パーティー会場に着いてからだ。

 無事出発出来たってだけで満足していてはいけない。

「お嬢様、本当にくれぐれもよろしくお願いしますね? 会場には私はついていけないのですから、フールビン様の言う事をよく聞いて、きちんと淑女らしく振る舞って下さい」

「淑女らしく……ね。わかってるわよ」

 余程私の事が心配なのだろう。今日の支度の間もミモリーは不安そうな様子で何度も私にそう言ってきた。

 一応お母様による淑女教育はそれなりにパスしてきているというのに、全く信用がない。

 何故だろう?

「会場には、沢山美味しそうな食べ物があるかと思いますが、あまり食べ過ぎてはいけませんよ? 食べて一口二口程度ですからね? もちろん、飲み物も会話の間に軽く口を湿らす程度ですよ?」

「……え? 食べちゃいけないの? 飲み物も?」

 ミモリーの言葉に衝撃を受ける。

 王家主催のパーティーだ。きっと美味しくて豪華なものが沢山出るだろうと楽しみにしていたのに。

 淑女教育でも食べちゃいけないとは言われなかったのに。

「普通の貴族令嬢程度に少し摘まむ位なら問題ありませんが……普段お嬢様が召し上がっている量は食べてはいけません」

「それだとお腹空かない?」

 美味しい料理を目の前に摘まむ程度って、どんな拷問だろう。

 折角、美味しい料理を食べる為にと思ってお昼も少なめにしてお腹を空かせておいたのに。

「ですから、先に少し召し上がっておくように先程軽食をお出ししたんですよ」

「え!? あれってそういう事だったの!?」

 言われてみれば、ドレスを着こむ前にミモリーお手製の一口サンドイッチを勧められた。

 パーティーの料理を食べる為に、泣く泣く我慢したというのに、「パーティーでは食べれないから」という意味だったとしたら、もう後悔しかない。

「い、今から食べ……」

「折角旦那様が買って下さったドレスを汚すわけにはいきません。その格好での飲食はご遠慮下さい」

 慌ててさっき諦めたサンドイッチを食べたいと訴えたら、即却下された。

 そりゃ私だって、我が家にしてはお値段お高めのドレスで食事を取る自信はなかったけどね。

 でも空腹を満たす事だって重要だと思うのよ。

「ひ、一口だけでも……」

「諦めて下さい。パーティーからお戻りになった際には、夜食をご用意しますから」

「そ、そんなぁ……」

 一番の楽しみだった食事を取り上げられ、しょんぼりする。

 そんな時、扉をノックする音が部屋に響いた。

「コリンナ、支度は済んでいるかい? そろそろ出発するよ」

 扉の向こうからお兄様に声を掛けられた。こうなってしまっては、もう食べたいと粘る事も出来ない。

「……もう済んでおります。今、参りますわ」

 恨みがましい視線をミモリーに向けたけれど、彼女は涼しい顔してそれを華麗にスルーしている。

 渋々ミモリーに扉を開けてもらい部屋を出ると、パーティー用の少し派手めな騎士服を身に付けているお兄様が待っていた。

 雰囲気が何処となく頼りない……優し気なお兄様だけど、本職の騎士なだけあって、体はそれなりに鍛えているから思いの他、似合っている。

「うん、俺の妹はやはり可愛いね」

 私の格好を見て、ニッコリと笑って褒めてくれるお兄様。

「有難うございます。お兄様も格好いいですわ」

 もちろん、私だってそこは空気が読める。パッと見て感じた感想をそのまま伝えたりはしない。

「それじゃあ、行こうか」

「はい!」

 エスコートの為に差し出してくれた手に自分の手を重ねて元気よく返事をした。

 こうして私達はパーティーへと向かった。


***


「うわぁ、素敵!」

 会場に入っての私の第一声はそんな言葉だった。

 色とりどりに着飾った貴族達が会場には溢れ、シャンデリアの光が会場をキラキラと照らす。

 今までの狭かった自分の世界が一気に開けるような、そんな煌びやかな世界。

 既に会場では様々な人達がグラス片手に談笑をしていて、その雰囲気をより良い物にする為なのか、静かで穏やかな演奏が常に会場に流れ続けている。

 これが都会の社交パーティー。

 田舎貴族のパーティーとは比べ物にならない。

 もちろん、あれはあれでいい所も沢山あるんだけどね。……ご飯をそれなりに食べれるところとか。

 ミモリーが言っていた通り、都会の貴族は美味しそうに並んでいる食事にはほとんど見向きもしていない。

 手に持つグラスも、「それは装飾品か何かですか?」という聞きたくなる位、口を付けていない。

 ……あぁ、これは本当に食事は味見程度で我慢しないといけないやつだ。

 でも、まぁ、憧れの都会のパーティーに出られた上に、もしかしたら未来の旦那様とも出会えるかもしれないというなら、空腹ぐらい気にならな……気にはなるけど、我慢できる!

「気に入ってくれたみたいで良かったよ。パッと見た感じ、まだ先方は来ていないみたいだから、悪いけれど俺の仕事の関係者への挨拶周りに付き合ってくれるかい?」

 申し訳なさそうな顔で言うお兄様に笑顔で頷く。

 お兄様の仕事関係者。

 もしかしたら、そちらの方面にだって出会いのチャンスがあるかもしれないし、こちらとしては大歓迎だ。

 それに、私はわかっている。

 お兄様がそうやって私を連れまわすのは、慣れない場に私を一人取り残す事を心配してくれているからだって。

 それに文句を言う程、私は馬鹿じゃない。

「さぁ、行きましょう! 私、お兄様に恥を掻かせないように頑張りますわ!」

「有難う、コリンナ」

 私とお兄様は手を取り合い、パーティー会場をあちこち歩き回りながら、お兄様の知り合いを見つけては挨拶をするという事を繰り返した。

 どれ位、時間が経った頃だろうか。

 騒めき……という程大きなものではないけれど、入場口付近の方々の所で少し違和感がある程度の微妙な雰囲気が流れ始めた。

 貴婦人は扇子で口元を隠しつつ、視線をチラリッと出入り口の方に向け、紳士は楽しそうに談笑をしていた口を一瞬止め視線を向けてから、また何食わぬ顔で話し始める。

 視線をチラチラと向ける若い令嬢の中には、少しだけ頬を染めて仲間の令嬢と口元を隠して楽しそうに話し始めた人達もいた。

「あ、遂にいらっしゃったか」

 「何だろう?」と思いつつ、その視線の先を追おうとした時、隣でお兄様が小さく呟いた。

「え?」

 人々の視線の先を追おうとしていた視線をお兄様の方に向けると、まっすぐ入場口の方を見ていたお兄様が私の視線に気付いてこちらを見る。

「先方がいらっしゃったよ。何人か仕事関係の方々に話し掛けられて挨拶をしているみたいだから、ひと段落したら挨拶に行こう」

 その言葉に、もう一度視線を向け掛けていた方角に目を向ける。

 何人かの体格の良い男性達に話し掛けられている男性がいる。

 きっと、あれが例の縁談相手なのだろう。

 今は、丁度人影に隠れてしまっていて、プラチナブロンドの髪がチラチラと見える程度で顔を見る事が出来ない。

「えっと、何ていうか出不精? な方だから、きちんとしたお見合いの席を用意してもきっと顔を出さないだろうと、騎士団長が珍しく彼が参加予定だったこのパーティーでの顔合わせをセッティングしたわけだけど……きっと……多分……話は伝わっているはずだから大丈夫だよ」

「なんだか、とても心配になってきたのですが……」

 お兄様の口調が怪しい。

 基本的にフールビンお兄様は真面目でキチッとしているタイプだから、自分が主体で動く場合はきちんとセッティングしてくれるはずだ。

 そのお兄様がこんな状態になっているという事は……例の騎士団長様を間にしている事でちょっと自信がないという事だろう。

「まぁ、トラブルになる事はないはずだよ。彼も悪い人ではないから、文句があればこちらではなく主犯の団長に直接言うだろうし、今回は本当に顔合わせ程度のもので、本格的な縁談になるかどうかは今日の結果で決まるからね。何もなければただお互い挨拶をして『ご縁がないようです』と後で軽く手紙をやり取りしておしまいさ」

 肩を竦めて「大丈夫大丈夫」と言うお兄様に、緊張し掛けていた心と体が緩み、自然と笑みが零れた。

「おや、そろそろ良さそうだね。それじゃあ行こうか」

「はい!」

 元気に返事をして、お兄様に連れられるようにして縁談相手の元へと向かう。

 少し視線を落として、お淑やかな女性に見えるように所作を気を付けつつ進んでいくと、遂にお兄様の足が止まった。

 ゆっくりと顔を上げ、相手の顔へと失礼にならない程度に視線を向ける。

 …………っ!?

 時が止まった。

 ついでに心臓も止まりかけた。

 ……どうしよう。凄くタイプの顔がそこにあるんだけど。

 まるで物語の中の、姫を守る硬派で素敵な騎士様のようだ。

「ご無沙汰しております。ガーディナー第六騎士団長」

「あぁ、君は確かカインツ殿の隊の……」

 目の前の男性の視線が私とお兄様の方に向けられる。

 その途端、止まりかけていた心臓が一気に動き出し加速していく。

 頬が熱い。

 向けられた紫水晶のような瞳や撫でつけられオールバックになっているプラチナブロンドのキラキラした髪に心が奪われる。

 ……ヤバい。超かっこいい。

 思わず、淑女の仮面がずり落ち、本能のままに呟きそうになる口を必死で噤む。

「フールビン・ゼルンシェンです」

「あぁ、そうでしたね。では、そちらの令嬢が?」

 あまりの格好良さに見惚れて固まっていた私を彼が見る。

 ……ドキンッ。

 視線が交わった。

 トットットッと一定の早いリズムで刻んでいた心臓の音が一瞬で跳ね上がる。

 あぁもう、頭が真っ白になりそう。いや、もしかしたら白じゃなくてピンクかもしれない。

「カインツ団長に紹介するように言われ連れてきました、妹のコリンナです。コリンナ、こちらはタジーク・ガーディナー第六騎士団長様だよ。ご挨拶しなさい」

 私が一目惚れの熱に浮かされている間にも、話が進み遂に挨拶をするように促される。

 ボーッとしていた私は、お兄様の言葉にハッとして、慌ててドレスの裾を掴み、頭を下げる。

「お初にお目に掛かります。フールビン・ゼルンシェンの妹、コリンナ・ゼルンシェンと申します。どうぞコリンナとお呼び下さいませ」

 焦っている状態でも、お母様にしっかりと貴族の挨拶を叩き込まれていた為、何とか無様な挨拶にはならずに済んだ。

 ……ただ、ついうっかり彼――タジーク・ガーディナー様との距離を詰めたいという願望がポロッと溢れ出て、『名前で呼んで?』的な事を口走ってしまった。

 アウトではないけれど、ちょっと積極的過ぎたかもしれない。

 心の中で「しまった」と思いつつも、タジーク様の反応が気になる。

 少し不安になりながらも、ずっと頭を下げ続けているわけにもいかないから、ゆっくりと頭を上げ、彼の反応を窺いみる。

 彼は、一瞬、少し驚いたように目を見開いた後、スッと目を細めて小さく笑みを浮かべる。

 そんな些細な表情の変化にも胸が躍る。

「初めまして、コリンナ嬢。私の事はタジークとお呼び下さい。……また会う機会があるようでしたら」

「有難うございます、タジーク様。また是非お会いしたいですわ!」

 理想の男性との出会いに、完璧に浮かれ切っていたは私は、彼が名前呼びを許可してくれた事と「また会う」という単語に反応して満面の笑みで返事をした。

 そんな私達の挨拶の様子を見て、お兄様は私と彼、それぞれが発言する度に、ギョッとした表情をして、交互に私達の顔を見る。

 私がタジーク様にお礼を言っている時には何故か「そういう感じじゃないだろう!」的な雰囲気が滲んでいたけれど、よくわからなかったので無視する事にした。

 今の私は、この短い挨拶の時間でいかにタジーク様を見つめるかで忙しいのだ。

「……何というか、前向きなお嬢さんですね、ゼルンシェン殿」

「「はい」」

 タジーク様の言葉に、私とお兄様が同時に返事をした。

 いやだって、私もゼルンシェンではあるもの。

 私の事は名前で呼んで下さる話にはなっているけれど、少しでも多く会話をしたいし、呼び掛けられて返事をするチャンスは逃したくない。

 「えっ!?」という表情でお兄様とタジーク様に視線を向けられるのも気にせずニコニコと笑顔を浮かべる。

 もちろん、状況的にお兄様への声がけだとわかった上でわざとだ。

「……失礼。フールビン殿の方に声を掛けさせて頂いたのだよ」

「いえ、こちらこそ妹がもう何だかすみません」

 苦笑を浮かべつつも改めてお兄様に声を掛け直したタジーク様にお兄さんが、頬を引き攣らせつつ小さく頭を下げる。

 失礼な。ちょっと強引だったのは認めるけれど、失礼と言われるレベルの事はしていない。……多分。

「妹は何分田舎育ちで、ずっと領地に籠っていまして。色々と足りない部分もありますが、多めに見て頂けると有難いです」

 申し訳なさそうに話すお兄様に、タジーク様は妙に納得した様子で小さく頷く。

「あぁ、なるほど。それで私に対してもこういった反応なのですね。カインツ殿も私の相手など、一体何処から見付けて来たのかと思いましたよ。……まぁ、確かに領地に籠っておられたのなら、ある意味私にはピッタリの相手かもしれませんね」

 フッと小さく笑うタジーク様、格好良い。ニヒルな感じがまた素敵。

 対するお兄様は少し頬を引き攣らせながら困った様子で笑みを浮かべている。よくわからないけれど、どう反応を返せば良いのか悩んでいる感じだ。

「それにしても、カインツ殿も困ったものですね。気に掛けて頂けるのは有難いですが、このように強引では……。コリンナ嬢にも遥々こんな遠い所までご足労頂く事になって、申し訳ない」

「いえ、私はそんな……。こうして王都に来させて頂き、タジーク様とお会いさせて頂けただけで嬉しく思っておりますので」

 チラッと視線を向けられたのが恥ずかしくて頬を更に赤く染めつつも、必死で首を振る。

 ただでさえ、この縁談は旅費が第二騎士団長様持ちで王都に来れて、尚且つ縁談のチャンスも有りなんていう私にとって破格の条件だったというのに、こんな素敵な男性に引き合わせて頂けるなんて。

 もしタジーク様への紹介以外の全ての特典をなくしたとしても、それだけでもう控えめに言って最高だというに。

「……そんな風に言って頂けるなんて嬉しいですね。私の事をもっと知った上でも尚そう言って頂けると良いのですが」

 ニッコリと何処か冷たくも美しい笑みを浮かべたタジーク様に、心臓を鷲掴みにされた私は赤くなった頬に手をあてて、小さく「まぁ!」と返答するのがやっとだった。

 あぁ、もう素敵。

 きっとどんなタジーク様でも知れば知っただけ更にハマってしまうに違いない。

 是非もっともっといっぱい彼の事が知りたい。

「あぁ、そろそろ私は失礼しますね。今回は少々義務でこちらに出席しておりますが……あまりこういった煌びやかな席は得意ではないので。用を済ませて早々に帰らせて頂く予定になっているのです」

「あ……あぁ、それはお引止めしてしまい、申し訳ありません。本日は妹と会って頂き、有難うございました」

「タジーク様、お会い出来て光栄でした」

 タジーク様が用事があるとその場を去ろうとしたので、慌ててお兄様に合わせて挨拶をする。

 本当はもっと色々とお話しして彼の事を知りたかったけれど、こういった場で長々と引き留めるのは好ましくないだろう。

 ましてや用事があると言っている相手であれば、尚更だ。

 名残惜しいけれど仕方がない。

「あぁ、私もお二人と話が出来て楽しかった。それでは……」

 颯爽と去って行くタジーク様。

 その背中をジッと見詰める。

「……ちょっとコリンナ? 大丈夫かい?」

 いつまでもポーッと彼の去って行った方向を見つめていた私を、兄が心配そうに覗き込んでくる。

 タジーク様の去った余韻を楽しんでいる真っ最中なのだから、視界に割り込まないで欲しい。

 ともあれ、ずっとそうしている訳にもいかず、渋々お兄様の方に視線を向けると、お兄様は困ったように苦笑をしていた。

「ひとまず、この後にいらっしゃる王族の方の挨拶を聞いて、もう少しだけ挨拶周りをしてパーティーを楽しんだら帰ろうか」

 私の中では本日の一大イベントとなったタジーク様との出会いが済んだ時点で、もう終わったような気分になっているのだけれど、パーティーはこれからが本番らしい。

 お兄様の話では、パーティーの半ば位に王族の方が会場にお越しになり挨拶と乾杯をするそうだ。

 その後、ダンスの時間が始まり後は徐々に帰宅してくる方も出て来るらしい。

「という事は、タジーク様もまだ会場にはいらっしゃるという事でしょうか?」

 少なくともパーティーに出席している以上は、王族の方がいらっしゃるまでは帰る事はないだろう。

 ならば、また会えるかも……下手したらダンス何か一緒に出来ちゃうかも!?

「う~ん、どうだろうな。あの方は少々変わっているから。本当に用件が済んだら帰ってしまう可能性もあると思うよ。まぁ、もしいたとしても……あの様子じゃ、きっともう捕まらないよ」

「え? そんなぁ……」

 お兄様の言葉にしょんぼりする。

 出来ればもう一目お会いしたかった。

「彼は元々滅多に会えない人物だからね。寧ろ、団長のセッティングとはいえ、今日会えた事の方がラッキーな位なんだよ」

 更に続くお兄様の言葉にガックリと肩を落とす。

 でも……

「でも、今回お会いしたのはあくまで切っ掛けですものね! ここから縁を深めていけば良いのですわよね!」

 ギュッと両方の拳を握り締め、私は決意する。

「え? まさか……」

「お兄様、このお話、是非進めて下さい。……私、タジーク様の妻になって見せます!」

「えっ!? ちょっと!?」

 一応、ここはパーティー会場の真っただ中だ。他の方に変に話を聞かれるのも不味いだろうと思い、小声で自分の決意をお兄様に伝えると、お兄様は私を二度見しながら目を見開いた。

 私の言葉ではなくお兄様の反応に驚いた方が何人かこちらをチラッと見てきたけれど、話しの内容が聞こえてない事もあり、すぐに興味を失った様子で視線を戻している。

 もう、お兄様ったら。反応が大げさ過ぎるんだから。恥ずかしいじゃない。

「第二騎士団長様には感謝をしなくてはいけませんね」

「……コリンナ、結論はそんなに早く出すものじゃないよ。一先ず、家に帰ってからゆっくり話をしよう」

 お兄様は色々と話したそうではあったけれど、ここがそういった身内同士の会話には不向きな事は十分にわかっているらしく、その場ではそれ以上は何も言わなかった。

 帰りの馬車の中、お兄様は切々と止めた方がとか、さっきの会話の中にそんな風になる要素が何処にあったんだとか語っていた気がするけれど、初めての都会のパーティー参加で疲れていた上に、何度も頭を過るタジーク様の笑みにボーッとしていた私の頭にはほとんど何も入ってこなかった。


……あぁ、タジーク様、次はいつお会い出来るかしら。


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