1 突然縁談話が舞い込んできました!
空は快晴。
気温も丁度よく、優しい風が吹く心地の良い昼下がり。
私は近所に住む男性から貰った素敵な贈り物を手に、庭で洗濯をしていた私付きの侍女――ミモリーの許へと駆けていった。
「ねぇミモリー、見て頂戴! この鮮やかなピンク色を。それにこの甘く芳醇な香り。素敵だと思わない?」
「まぁ、本当に素敵ですね」
丁度洗濯物を干し終えたところらしいミモリーが手を止め、私が差し出したそれに視線を向けニッコリと笑みを返してくれる。
「そうでしょ? このピンクから白へのグラデーションも凄く綺麗……」
ミモリーに肯定の言葉を貰って、嬉しくなった私は更に賛辞の言葉を重ねようとして、ミモリーに手で制された。
「確かに素敵です。素敵ではありますが……仮にも貴族令嬢が領民から貰った生肉を見つめて満面の笑みで素敵とか綺麗とか褒め称えるのはどうかと思います」
先程の笑みとは一転して、頭痛を堪えるかのように眉間を抑えたミモリーが呆れ声でそう言う。
その言葉に、私はもう一度自分の手に乗っている素敵な贈り物に視線を向けた。
そこにあるのは……とても鮮やかな色合いの瑞々しい生肉。
近所に住んでいる猟師のユミガお爺さんが、私達領主一家で食べるようにとくれたものだ。
とっても素敵な肉……だけど、言われてみれば確かに、年頃の貴族令嬢が満面の笑みで手に持ち褒め称えるべき物ではないかもしれない。……凄く美味しそうで良いお肉だけど。
「大体、肉は甘く芳醇な香りなど致しません。生肉なんですから程度の違いはあれど生臭いはずです」
「それはそうだけど……。でもほら、新鮮で処理もしっかりしてある良いお肉だから、肉界の中ではきっと甘く芳醇な香りに分類されるはずよ?」
とても美味しそうなお肉を貰って上がっていたテンションを少し下げつつ、それでもこの肉の素晴らしさを共感して欲しくて食い下がる。
「肉界って何ですか、肉界って。まぁ、このお肉がとても良いお肉で美味しそうな事は認めますが、コリンナお嬢様は仮にも貴族令嬢なんですから淑女らしい言動を心掛けて下さい。そんなでは、素敵な結婚相手を得る事が出来ませんよ?」
腰に手をあて、お説教モードに入ったミモリー。
彼女の言いたい事はわかるけれど……
「きちんと淑女として振る舞ってたって、こんな田舎領地じゃ、素敵な結婚相手なんて見つからないわよ」
何せ、私の父ゼルンシェン子爵が治める領地は王都から遠く離れたド田舎だ。
若い貴族女性が結婚相手を見付ける為に行くという王都の社交パーティーに行くのだって一苦労。
否。それ以前に、王都で開かれるパーティーに出席出来るだけの伝手がないのだから、頑張って行った所で無駄足に終わるだけだろう。
もちろん、近所の領地も似たり寄ったりの田舎で、悲しい事に私と年回りが近い男性貴族はいない。
そして、私の父は社交下手だから私の結婚相手を見付ける伝手も多くない。
私も貴族の結婚適齢期に入った18歳だし、結婚相手を探した方が良いのはわかっているけれど……この状況ではあまりいい相手は期待出来ないだろう。
本当は私だって、素敵な男性と出会って、物語のような恋がしたいけれど……まず相手がいなくちゃ何も始まらない。
世の中は、とても世知辛い。
「……お嬢様」
「せめて、恋まではいかなくても、憧れる事の出来るような素敵な男性との出会いでもあれば良かったんだけどね……」
溜息交じりな私の言葉に、ミモリーの吊り上がっていた眉も次第に下がっていく。
ミモリーだって、私の現状はよくわかっているから、下手に慰める事も出来ないんだろう。
「何処かに素敵な出会い、落ちてないかなぁ?」
「お嬢様、貴族令嬢が道端に落ちているような出会いを拾ってくるのはどうかと思います」
「……わかっているわよ」
コリンナ・ゼルンシェン。18歳。
ド田舎の領地に暮らす子爵令嬢。
恋に憧れつつも、政略結婚すら難しそうな現状に置かれた私は、この時まだ、この数日後に届く次兄からの手紙によって人生が大きく変わる事を知らなかった。
***
「お嬢様、兄君からお手紙が届いておりますよ」
その日、私は午後の花嫁修業という名の淑女教育を終えて、紅茶を飲みながら部屋でのんびりと本を読んでいた。
ちなみに、花嫁修業と言ってももちろん結婚の予定は全くないし、教えてくれるのもお母様というという事で、私にとってはあまりやる気が出ない時間だ。
それでも、いつか来るかもしれないお見合いやパーティー参加のチャンスの為に、恥をかかないようにしっかりと勉強をしておかないといけないのだから、憂鬱な事この上ない。
「~の為に」という明確な目標でもあればまた気分も違うんだろうけどね。
そんな時、新しいお茶を取りに行って帰って来たミモリーがそう言って私に一通の手紙を差し出して来たのだ。
「お兄様から? ジミールお兄様から……なわけないわよね。さっき一緒に昼食を食べたばかりだし、用事があるなら手紙なんて書かずに直接言ってくるはずだもの。もしかして、フールビンお兄様から?」
ミモリーが頷くのを確認しながら差し出された手紙を受け取る。
宛名には私の名前が、差出人の所には次兄のフールビン・ゼルンシェンの名が記入されていた。
「フールビンお兄様が手紙を送ってくるなんて珍しい……というか、王都に行ってから始めてじゃないかしら?」
私には兄が2人いる。
一人はゼルンシェン家の跡取りとして、王都の学校を卒業した後、家に帰ってきて父に付いて領地経営を学んでいるジミールお兄様。
もう一人が一昨年王都にある騎士学校を卒業して、そのまま王宮に就職して、現在も王都で騎士として働いているフールビンお兄様だ。
今回はどうやら、そのフールビンお兄様が手紙を送って寄越したらしい。
「いつもなら、王都からここまで手紙を送るのにも結構お金が掛かって勿体ないって頼んでも手紙なんてくれないのに、何か大切な用事でもあるのかしら?」
フールビンお兄様が騎士学校に入学した時も、王都での就職が決まったと報告に帰ってきて、その後王都に戻っていく際も、私も両親も会えなくなるのが寂しくて時々お手紙を書いて欲しいと頼んだ。
そうしたら……「学生は金がないんだ」「騎士と言っても新人の給料はそんなに高くないんだから、頻繁には無理だ」と言われてしまった。
結局その後、フールビンお兄様から手紙が届いた事は1度もない。
フールビンお兄様曰く、手紙を送らないといけないような用件が今のところ1つもないのだとの事。
まぁ、寂しくはあるが、お金は大事だ。正直、別れの寂しさやその場の空気で「手紙を送って」とは言ったものの、私も両親も冷静になれば、「確かにお金勿体ないね」「そのお金貯めて帰ってきてくれた方が良いね」と考え直した。それに、たまに帰省した時にはいっぱい色々な話を聞かせてくれるから、文句は言わないようにしている。
そんな何か重要な用事がない限り手紙なんて送って来ないはずのフールビンお兄様が送って来た手紙。
少々読むのが怖いけれど……だからと言って放置も出来ない。
見覚えのある字で封筒の表に綴られた自分の名前をジッと見詰め、軽く深呼吸をする。
ミモリーが差し出してきたペーパーナイフを受け取り、そっと封を開け中身を取り出し、そこに綴られた文字へと視線を走らせた。
「……え?」
そこに書かれていた内容に、思わず目を見開く。
「えぇ!? ちょっと待って!! これって……これってもしかして!?」
一度、サラッと流し読んだ内容をもう一度凝視しながら読み直す。
何度も何度も読み直す。
それでも内容は変わらない。
……と、いう事は。
「ミモリー! やったわ!! フールビンお兄様が縁談の話を……ついでに社交パーティー参加の話を持ってきてくれたみたいよ!!」
自分の顔にパーッと満面の笑みが広がっていくのを感じる。
私が手紙から外した視線を向けた先、ミモリーも私の言葉と反応に驚いて目を見開いている。
「上司の方からの紹介……というかお願いで、一度先方とパーティーで顔合わせをして欲しいんですって! だから、私の分の旅費はその上司の方が持ってくれるらしいのよ! これで何の心配もなく王都に行けるわ」
パーティーへの参加権だけでも嬉しいのに、その上お相手の紹介と旅費付き。
なんていう好待遇。
これだけの待遇だと反対に、「相手の方に何か問題でもあるのかな?」と不安に思う部分もあるけれど、フールビンお兄様の手紙には何度も「ちょっと変わった人だし、顔合わせだけしたら、後は嫌だったら断っても大丈夫」という言葉が書いてある。
ちなみに、本当に『ちょっと変わった人』程度の問題だったら特に気にはしない。
だって、言い換えれば『個性のある方』って事だもの。
これがかなり年上とか、借金があるとか、嗜虐志向があるとかだったらさすがに悩む……というか会う前にお断りしたいけれど、フールビンお兄様が書いて下さった相手の情報にはそういった気になる点はない。
年齢だって24歳と少し年上ではあるけれど、私的には問題のない範囲だ。むしろ、大人の包容力なんかもあって良いかもしれない。
正直、こういう流れでの縁談だとはずれの可能性が高いと思ってるけれど、会ってみて嫌なら断ればいいだけの話だ。
そう考えると、例え縁談自体が上手くいかなくても、王都に旅費が掛からずに行けて、尚且つ社交パーティーにも出られ、別の相手を探すチャンスがある状況はかなりお得だろう。
フールビンお兄様の顔も潰さずに済むしね。
「お嬢様、やりましたね! ではすぐにでも旦那様にお話をしなくては」
「そうね! パーティーまでの日数は……まだ多少あるけれど、ここから向かう事を考えればと、あまり余裕があるとは言えないものね。お父様に言ってすぐにでも準備を始めなくちゃ!!」
やっと巡ってきたチャンス。
逃すわけにはいかない。
グッと拳を握りしめ気合いを入れて、私はお父様の書斎へと走り出した。
「お嬢様! 貴族令嬢が廊下を走ってはいけません!」
後ろから聞こえてくるミモリーの注意を聞き流し走る私の足取りは、今までにない程軽かった。
***
お父様とお母様にフールビンお兄様からのお手紙の内容を伝え、大急ぎで準備をして馬車で王都へ向かう事、1週間。
馬車の窓から外を見れば今まで見た事がない程の建物が立ち並び、人が行き交っている。
長時間馬車に乗り痛むお尻に耐え続けやっと着いた王都は、私の目にはとても輝いて見えた。
我がゼルンシェン領の町とは比べ物にならないレベルの街並みに、「ここが王都か」と圧倒されつつも、私の心は今までにない程弾んでいる。
「良いですか、お嬢様。ゼルンシェン領とは違い、王都には大勢の貴族の方がいらっしゃいます。くれぐれも、くれぐれも! はしたない行動はお取りになりませんように。恥を掻くのはコリンナお嬢様なんですからね!」
明らかにはしゃいでいる私を見て不安になったのか、この旅が始まってからもう耳にたこが出来るくらい聞かされたお小言をまた言い始めたミモリーに、少しうんざりしつつも自分でも気を付けないとなぁと思う。
ゼルンシェン子爵家は田舎にある為、いい意味でも悪い意味でも領民との距離が近い。
父や上の兄――ジミールお兄様が頑張って領民の為に働いている為、領主家としてそれなりに敬ってはもらえているけれど、関わりとしては比較的ラフなものだ。
それに慣れ切っている私としては、都会の貴族のように『貴族らしい振る舞い』を息をするように当たり前に行うという事はかなり苦手分野ある。
もちろん、貴族令嬢としての教育は受けているから、やり方がわからないというわけではないけれど……気を抜くと素が出てしまう。
常に気を張ってる気はないけれど、使い分けは肝心だろう。
「わかってるわよ、ミモリー。折角王都に来て、社交パーティーにだって出られるんだから、恥だけを掻いて帰るなんて事はしない……ように頑張るわ」
「お嬢様……。くれぐれもよろしくお願いしますよ」
語尾に不安が滲んでしまった私に、ミモリーが呆れが滲んだ溜息を吐きつつ釘をさす。
ちょっとお小言が多いのが玉に瑕だけれど、彼女の言葉は私の事を思ってくれているが故のものだ。
だからこそ、今回のような急な王都への出発やパーティー参加にも文句の一言も言わずに、時間をやり繰りして準備し、付いて来てくれているのだろう。
素直に頷いて、感謝しなくてはいけない。
「確か、このままフールビンお兄様が借りているお家に向かうのよね?」
「そうですよ。事前に本日王都に付く事はお手紙で伝えてあります。フールビン様も本日はお仕事をお休みにしてご自宅で待っていて下さっているとの事でした」
そういえば、騎士の仕事はシフト制だから多少の融通は利くって言ってたっけ?
独身で恋人すらいない為、休みの日の予定がほとんど入っていないお兄様は、よく他の騎士様に勤務の交代を頼まれる事があるって言ってた。
……我が兄ながら、何だか虚しいわね。
折角王都に暮らしていて、人気のある王宮勤めの騎士なんてお仕事をしているのだから、早く恋人の一人でも作れば良いのに。
まぁ、今回に至ってはきっといつも勤務を交代してあげている誰かにお兄様の方が交代してもらったという事だろうし、そのお陰で慣れない土地でお兄様の帰りを待つ事にならずに済んだ私としては、良かったと思わないといけないわね。
「フールビンお兄様とお会いするのも久しぶりだし、楽しみだわ!」
再び、視線を外に向ける。
早めに荷物整理が出来たら、お兄様に王都の案内をしてもらうのも良いかもしれない。
何処からかお兄様の「お前は長旅の後なのに元気だな」という苦笑交じりの声が聞こえたよう気がしたけれど、確実に気のせいだから気にしない事にして、今後の予定をあれこれと考える事にした。
お兄様の家は王都の貴族街のはずれの方にあった。
一つの建物の中に複数の人の家……というか個人持ちの部屋が入っている構造らしい。
うちのような土地が有り余っている田舎ではあまり見ない構造だが、人がそれなりに集まっている地域ではよくある形式らしい。
領地から出た事がない私からしたら、ちょっと新鮮だ。
「よく来たね、コリンナ」
ミモリーがお兄様の住んでいる建物を管理している人に声を掛け、用件を伝えるとすぐにその人がお兄様を呼んできてくれた。
小走りに迎えに来てくれたお兄様は、満面の笑みで私にハグをしてくれる。
「お久しぶりです、お兄様。お元気でお過ごしでしたか?」
私もハグを返しつつ、お兄様に笑みを向ける。
「あぁ、もちろんだ。コリンナも変わりなさそうで良かった」
挨拶代わりのハグを終え、少し体を離してサッと私の全身を視線で確認したお兄様が、ホッとした表情で頷く。
「さぁ、中に入ろう。長旅で疲れただろう?」
御者やミモリーに荷物を運び込むよう指示しつつ、私を家へと招き入れる。
建物の中を進み、ある番号の書かれた扉の前で立ち止まったお兄様が、「ここが俺の家だよ」と言って扉を開けた。
どうやら、この扉から先がこの建物の中でお兄様が借りている区画らしい。
扉には鍵穴がついているから、家を出る時や寝ている時等には鍵を掛けて行けば他の人が入ってくる事はないという事なのだろ。
「ここがお兄様のお部屋なんですね」
部屋に入ってすぐに部屋全体を見回す。
使用人を付けずに一人で暮らしているはずだけど、思いの他片付いている事に少し驚いた。
「コリンナも王都にいる間は我が家だと思ってくれていいよ。俺は使用人を連れてきていないから、今は使っていないけれど、この部屋は一応貴族用の物件だから、使用人用の部屋もあるんだ。ミモリーにはそっちを使って、コリンナはこっちの客間を使ってくれ」
お兄様に案内されて家の中を軽く探検する。
その間に、ミモリーと御者はお兄様の指定通り、私の荷物は客間へ、ミモリーの荷物は使用人用の部屋へと運び込んでいる。
部屋の見学と荷物の運び込みが終わった段階で、ミモリーにお茶を淹れてもらい一息つく事にした。
「それでお兄様、お手紙の件ですが……」
気持ち的には王都見学の話をしたいところだけれど、件のパーティーは明後日に迫っている。
一応こっちが本題だから、話を振るのもこっちが先だろう。
「ごめんね、コリンナ。俺に姉妹がいると知った騎士団長にごり押しされてしまって断れなかったんだ。あの人、強引な所があるから」
お兄様が苦笑いを浮かべて話す。その時の事を思い出したのか、何処か疲労感が滲んでいる。
どうやらお兄様も都会の荒波(?)の中で苦労されているようだ。
それにしても……
「お手紙には断っても良いと書いて下さってありましたが、そんな強引な方、しかも騎士団長様からの縁談をお断りしても大丈夫なんですか?」
正直、不安。
断ってもごり押しして、最終的に逃げられずって可能性もあるかもしれないという事なのではないだろうか?
或いは、断る事は出来てもフールビンお兄様の立場が悪くなるとか……。
まだ断るかどうかなんてわからないけれど、もし『絶対に無理!』てレベルの人を押し付けられたら、私の人生はお先真っ暗だ。
もしお兄様が頑張って言葉通りに断りを入れてくれたとしても、今度はお兄様の人生に暗い影が落ちてしまう。
考えただけでも嫌な未来しかイメージ出来ない。
「あぁ、それは大丈夫だよ。あの人は多少強引な所はあるけれど、本当に嫌がる事を無理強いする事はないし、今回は本当に駄目元でお試しって事だから」
顔を青くして不安がっている私に、お兄様は安心させるように笑みを浮かべた。
それに少しホッとして、気付かない内に詰めていた息をゆっくりと吐く。
……それにしても、駄目元のお試しって、それはそれでどうなんだろう? ちょっと軽すぎやしないだろうか、騎士団長様。
「俺の所属する王宮警備主体の第二騎士団の騎士団長は、余計なお節介レベルの世話焼きでね。悪気はないんだけど、少々強引に物事を進めようとしてしまう性格なんだよ。……喧嘩真っただ中の夫婦の仲裁やら、女性慣れしてない騎士を慣れさせる為に女性が大勢いるタイプのお店に連れて行ったりね」
「それは何と言いますか……」
人によって賛否両論別れそうなタイプですね。
実際に迷惑がる人も絶対ににいるだろうし。
「上手くいけば良いんだけどね、もちろん失敗して火に油……なんて事もしょっちゅうで。……その度に下っ端の俺が駆り出されてフォローに回ったり、謝りに行ったり。何度迷惑を掛けられた事か……」
お兄様が遠い目をした。
心なしかいつもより目に光がない気がする。
……やっぱり、都会で苦労をされてるんですねお兄様。ご愁傷様です。
「まぁ、俺の苦労話は置いておいて。とにかく、強引な事はするけれど、本人は良い事をしているつもりでやっているだけだから、きっぱり『嫌です!』と言い切ればちゃんと納得してくれるし、後に引きずるタイプでもないから大丈夫だよ」
「なるほど。では、お手紙にあったように断っても?」
「問題ない。残念がりはするだろうけれど、納得はしてくれるさ。今回は、いつまで経っても女性との浮いた話の一つもないあの人の事を心配して、少しでも切っ掛けになればと強引に話を進めてきただけだから。……妹を紹介しろと言われた俺としてはいい迷惑だけどね」
渋い顔はしているけれど、お兄様の口調から察するに上司の騎士団長様との関係はそう悪いものではなさそうだ。
それならば、安心しても大丈夫だろう。
「お兄様お相手の方はどのような方なのですが? お手紙にはあまり詳しい事は書かれていませんでしたけど」
そうなってくると、お兄様が『あの人』と称した私の縁談相手の事が気になる。
年齢とか騎士をしているとか簡単な事は手紙の少し書かれていたけれど、お名前やどのような性格か等は書かれていなかった。
今のお兄様の口ぶりからすると、相手の方の事もある程度は知って良そうな感じはするけれど、何故だろう?
「あ~、一言で言うとやはり少し変わった人? で、気難しい所? があると言うのが正しいかな」
何故、語尾に疑問符付けているのですか、お兄様。
「まぁ、見た目は良いと思うよ。仕事は第六騎士団の騎士団長だ。年齢は手紙にも書いたけれど、24歳でそこまで上でもない。それ以外の情報は……悪いが、騎士団長に変な先入観を抱かせず会わせろと厳命されていて言えないんだよ。悪い人ではないけど……結婚向きではないと思うし、無理はしなくていいからね? 断って良いからね? むしろ断る事を推奨するよ?」
お兄様、今思い切り先入観を植え付けようとしていらっしゃいますね?
地位よし、年齢よし、容姿よし(お兄様評価)なのに、何故そこまで断る事を勧めようとするのでしょうか?
反対に気になるのですが……「厳命された」と言ってる位だし、これ以上聞いても無駄なんだろうな。
「わかりました。ではお会いして判断したいと思います。断ってもいいんですものね?」
「ああ、もちろん断っても大丈夫だよ。悪いけど、そうしてくれるかい?」
私が言及して来ない事にホッとした様子のお兄様。
本当に不味い状況であれば、家族思いのお兄様はきっと上司の言葉より家族である私の方を優先してくれるはずだから、きっとこれで良かったんだろう。
「当日は、俺がエスコートするから、何か困った事があったら遠慮くなく言ってくれ」
「有難うございます。しっかりと頼らせて頂くつもりなのでよろしくお願いしますね、お兄様」
もし、縁談を断る事になったら、お兄様にお知り合いの騎士の方で良さそうな方を見繕ってもらい、紹介してもらう事にしよう。
お兄様も貴族同士の付き合いはそんなに得意じゃなさそうだけれど……王都で働いている以上、きっとお父様よりはましだろう。
もしかしたら、騎士仲間だけじゃなくて、他にも良い伝手を持っているかもしれない。
ここはお兄様の言葉を拡大解釈して、是非ともしっかりガッツリ頼らせて頂こう。
ニッコリと笑みを浮かべると、私の思惑なんか想像もしていない様子で、普段通りの穏やかな笑みを返してくれる。
結構苦労している様子にお兄様には申し訳ないけれど、可愛い妹の為だと思って頑張ってもらおう。