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六章 海の悦び

 

 自分では未来を描かない。暗闇を走ることに慣れた。どこに光があるか判らないまま走り続けることにも慣れた。青年は最初から諦めていたのではない。求める未来を(あるじ)がいつも思い描いていた。描かれた絵を前にやるべきことがあると考えられた。自分の役割は主を支えることであるのだ、と。


 ──いつも、そう断っていたそうだな。

 いつもの言葉でカインは目が覚める。

 不快な目覚めではない。けれども、胸に突き刺さった言葉に痛みを感じないわけではない。大昔のことだからでもなく顔に出さず起き上がり、テラスの様子を覗く。

「起きたわね」

「ご苦労」

 テラスの警護を行っているカクミが、それだけはまじめにこなして起きていた。

「疲れはないか」

「テラス様の寝顔を見れば消え失せるわよ」

「お(ぬし)らしいな。さて、今日の予定だ」

 摘師の試験に合格し、仕事を始めたテラス。身を守るための魔法は主神時代から教えているので魔物に遅れを取ることはない。モカ村特有の魔物除けで遭遇率が極めて低くなることもあってテラスが起きている日中の警護はほぼ不要である。依然として外部から暗殺者が来ないとも限らないので事情を知る一部村民が密かに警護についてくれているという安心材料もある。副産物として、警護に当たってくれている村民からテラスの人柄が全体に伝わっている。

「──、と、いうことで、今日のところは予定通り息抜きをすることにした」

「やっと()()()に出られるのね」

 カクミがテラスの頰を指先で撫でて言った。

 村の一員となったテラスが村外へ出ることは本来であれば許されない。が、モカ織の技術流出をさせるような人格ではないことを皆が認めている。また、村民の血筋でないテラスを村に縛りおくことに否定的な意見も出た。他民の血を持ちながら誠実さの塊のようなテラスには、村外に出ることでモカ織のより長い存続を目指す契機となってほしい。それが村民の総意であった。とは言っても神界宮殿がどこでテラスを狙っているか知れないので議員が排出されている町やひとの多い場所に出向くことが難しい。そこで、モカ村に伝わる秘境〈テラリーフ()〉に遠足に出ることになっていた。テラクィーヌ以前の主神が発見し、古代のモカ村に伝えたとされる場所は、現村民に取ってまさしく伝説の秘境であり決して足を運べない憧れの地である。カインの調べで現存を確認できたため、掟によって村を出ることが許されない純血の村民に代わってテラスが伝説の地を観てくるというミッションをかねた遠足である。

 仕事を始めたテラスが全身筋肉痛にも拘らず際限なく仕事を続けて何度も過労で倒れてしまったことが村民の総意を束ねたことは伝えるべき状況であろう。要は、村民の与えたミッションをこなすための遠足という建前を与えた「村外での静養」である。そんな回り諄い手段でも講ぜなければ、テラスが言うのである。

 ──わたしの心は健やかそのもの。まだまだ働けますよっ。

 摘師として認められたがゆえに張りきっている。できることがある。その悦びを知ってやりすぎてしまう。際限なくみんなに尽くしてしまう。

 ──あれではテラスさんの体が持ちません。

 長老コウジが危惧したのは過労死である。元主神がそんなことで死ぬのか、と、いう疑問は特に子どもから湧いたが、現にテラスが過労で倒れていたから心配が尽きなかった。あっちこっちに仕事が転がっている自給自足の村にいては休ませようにも休ませられない。その結論のもと、カインとカクミ、それから村民の総意で今日の「遠足」が企画された。

「宮殿のときみたいにならなくてよかったわ」 「軟禁、か」

 テラスが外へ仕事に出ようと言い出したことが主神時代にもあった。そのときは議会の意向でテラスを部屋に閉じ込め、外に出ることを禁じた。いっときのことであるから、と、いうよりは、自分のこととなるととことん忘れっぽいテラスだから、すっかり忘れている。当時、カインがカクミから聞いたのは、テラスが一日じゅう泣いていたということだった。

「背中を撫でてあげることしかできなくて、銃士長の癖になんもしてあげられないんだなぁ、って、ひどく思い知ったわ」

 カクミが溜息ひとつ、意気を揚げる。「これからは違う。テラス様の行動が村のみんなに伝わってる。村を縛りつけてる掟がなくなることもあるかも知れない」

「どうであろうな。斯様なとき、柔軟に対応できるくらいにはなるかも知れぬが」

「なんでもいいわ。テラス様が不自由じゃなければ」

「お主はぶれぬな」

「当り前。あんたもそうでしょう」

「そうだな」

 良くも悪くも、ひとはなかなか変われない。いい部分が変わらないのであれば、それはとてもいいことだ。暗殺されかかったことも、過労で倒れたことも、一日二日ですっかり忘れてしまっているテラス──、いいことと一概にはいえないが、その心が歪まぬように見守ることはカイン達が己に課した役目である。

「そろそろ起こそう」

「ちょっと待って。いつもならあたしがやるんだけど、お弁当作ってあげたいから。ほら、お祝いのときに食べたお菓子が『うまい』っていってたから作ってあげたいし」

「テラス様に俗な言葉を植えつけるでない」

「ちゃんと『おいしいです』っていってたってば。ディテール気にしすぎ」

「失敬した。で、菓子とは、〈ショコライア〉のことか」

「〈ショコラズキ〉のほうよ。ま、どっちも作るけど」

 各家庭の味があるとされる村特有のお菓子で、チョコレート風味のする洋風焼菓子がショコライア、小豆風味の和風生菓子がショコラズキだ。

「お主が作るのか」

「あからさまに嫌な顔しないでよ」

 抗議の目を向けるカクミ。「あんたが作るよりはマシよ」

「ふうむ……」

 お互い前衛的な料理で味を比べるならカクミのほうが断然よい。テラスがカクミの料理を好んでいるので、カインが嫌でも拒否はできない。

「菓子は長期保存できぬから別の機会にせよ」

「森の外は暑いし普段と違って馬車移動もあるもんな、腐りやすいものはアウトかぁ。ほかのはいいんでしょ」

「ほかはそうだな、ほどほどにな」

了解(りょっ)。あんたはテラス様の寝顔を拝む時間を与えられたんだから、全世界の神神とあたしに感謝しなさい」

「すぐに起こすさ」

「もったいないっ」

「粗末な私欲でわたくしを動かそうとするな」

 わちゃわちゃやっている場合ではない。「早う着手せよ」

「手ぇ出すんじゃないわよ?」

「テラス様は娘も同然と。そもそも朝からそんなことを考えられる男がおるのか」

「枯れすぎっ」

「わたくしにどうしてほしいのか」

「いや普通に見守ってよ、寝顔を」

「それが普通なのか」

「普通よ。ほっぺぷにぷにも添寝抱きも毎夜の体格チェックも──」

「それは異常。ちょ、毎夜だとっ!」

「おっさんすぎっ」

「どぉぅぅ、(どうしたらよいのか!変態だ、此奴は変態だっ、どうすればよいぃっ!)」

「雄叫び?森へ帰れ」

「お主のせいだ、早う着手せい」

「へいへぇい」

 このような阿呆なやり取りを宮殿時代から毎日のようにしているが、カクミがテラスを守ってくれていることは間違いないので付き合ってやるカインである。キッチンへ向かう背を見送ると、言われたからではなくテラスの寝顔を窺う。とても穏やかだ。過労で倒れた日でさえこのように穏やかであるから、体が悲鳴を上げていても心は満たされているのだと判る。

 ……宮殿にいた頃から体を鍛えてあげるべきだったか。いや、いずれ伴うであろう。

 子時代から知らず知らず培われていることが大人になって役立つことがある。カインは体を動かしてばかりで勉強がからっきしだったが、大人になってからそれが活きた。テラスはというと幼少期から宮殿内で大人しくしていて走っている姿がほとんどなかったが、民を想う気持が育ちすぎなほど育っている。現状は、テラスの心に体力が追いついていないのが問題だ。しばらくは彼女の想いを知っている皆が体を労わってあげる。そうして体力が培われれば過労で倒れることもなくなる。

 ……あなた様は、この神界に必要な方です。

 モカ村だけでなく神界じゅうのひとびとに貢献できる。テラクィーヌを彷彿とさせる心が、彼女の最強の武器になる。が、過労を始め、自分を追いつめることもある諸刃の剣だ。しっかり見守って、ときに手を貸してあげなくては折れてしまうことだってあるだろう。

 ……あなた様だけは、守ってみせます。

 しばらく寝顔を見つめていると、

「希しい顔してるわね」

 と、皿が眼下に現れた。カクミが差し出したもので、蒸し野菜が盛られている。

「希しい顔とは」

「そんなことより、はいコレ、とっとと受け取んなさい」

「……まともだな」

「せっかく作ったのにひどいっ」

「うむ、すまぬ……感謝する」

「ふふん、嬉し泣きで塩味増し増しになるだろうからなんも掛けてないわよ」

「それほどのありがたみは感じておらぬ」

「返却願うわ」

「食べてもいないのに塩味を感じるようだ」

「よろしい」

 皿を受け取ったカインは、蒸し野菜を箸で摘まんで口に運ぶ。

「うまいな」

「当り前でしょ、テラス様が作った野菜だもん」

 村民となったテラスは村の仕事をいくつか担っている。その一つが田畑の世話で、野菜や米を育てている。多種類の植物を育てるので世話の仕方一つ取っても複雑になるが、しっかり覚えてこなしている。

「着替えの仕方もしっかり覚えないものか」

「働くことしか考えてないの。おバカさんよね、まったく」

「お主はテラス様にも毒舌だな」

「だいじょぶ、だいじょぶ〜、テラス様はこんなことで怒らないから」

「しかしだな、わたくしやカクミがおらねば素裸で徘徊するような露出狂紛いの行動を執ってしまうのは……」

「髪の結い方すらまともに覚えられないんだから無理よ」

「まあ、そうだがな」

「うだうだ考えてないで子どもの危なっかしいところを素直にサポートし(サポり)なさいよ」

 カインはときどき、本気で自分が老け込んでいる気がしてならなくなるが、カクミのようなテンションを維持することもできそうにない。

「お主は食したか」

「摘まみ食い」

「調理者特権だな」

「それはダメって言わないの?」

「お主も長らく休まず働いているのだ。危険の及ばぬところで気を抜くべきだろう」

「だからテラス様に引っついてもいいわけよっ」

「別問題だ」

「なぁんでっ、一緒じゃあんっ」

「どさくさ紛れに正当化するでない。(と、いかん、いかん、いつものパターンだ)」

 ついつい注意したらカクミのペースに乗せられてだらだら話し込む。それでカインも随分と楽になっている部分がなくはないが、

「──カクミ、車中では休むのだぞ」

「移動中もテラス様をぷにぷにしたいのに」

「ティンク殿に進言して永久追放してもらおう」

「それだけはやめてっ」

「ならば、言うことを聞け」

「……解ったわよ」

 ……お主もお馬鹿さんだな。

 テラスのために働くことしか考えていない。際限なく、働いてしまう。

 カクミの活力がどこから湧いているのか、聞いたことはない。カインはテラクィーヌからじきじきにテラスを託されたようなものだからいくらでも働くつもりがあるが、テラクィーヌとの繫がりがなく宮殿関係者の血縁でもないカクミが、そこまでテラスに尽くすのはなぜか。

「馬車に乗る前に一度起こすが、その前に一つ訊いてよいか」

 お弁当の準備に戻ろうとしたカクミを引き止めて、カインは尋ねた。「お主は何故、テラス様にそうまでして尽くす。銃士長を辞めたことで母君は路上生活に戻ったようではないか」

「なんか文句ある?」

「母君に会った」

「あたしを悪く言ってた?」

「驚くことに、尊重していた」

「当り前でしょ。あたしが幸せだから」

「……すごいな、お主も、お主の母君も」

「ふふ〜んっ、敬うといいわっ」

 カクミがえっへんと胸を張って、「質問の(こたえ)だけど、もう解るでしょ?」

「テラス様といることが幸せ、か」

「あんたもそうだと思ってたけど」

 間違ってはいない。

「テラクィーヌ様やチーチェロ様が一緒だったら、と、つい考えてしまうがな」

「二人と直で話したことがあるんだもんね」

「ああ。お二人とも、素晴らしい方だった」

 カインが及ばない優しいひと達。カインには描けない夢の先の先まで描き、歩めたはずだったひと達。そんなひと達を、一遍に失ってしまった。

「わたくしは、──」

「暗い顔してると心配させるわよ」

「……お主は時折、まことによいことを言うな」

「嫌み?」

「褒めておるのさ。悪かったな、いつも小言ばかり言って」

「自覚あるなら直しなよ、もっと老けるわよ」

「善処しよう」

 お弁当の準備を済ませて戻ったカクミは壁に凭れて疲労に沈んだ。テラス同様、彼女も疲れている。静養が必要だ。非村民のカクミにまで配慮するよう村民には言えないので、同じ立場であるカインが配慮せねば。

 ……準備をしよう。

 モカ村に来て早三箇月弱。移住の日テラスを運んでくれた御者ツィブラに依頼を出して馬車を確保した。テラスとカクミを一旦起こして馬車に乗せる前に、カクミの用意してくれたお弁当とレジャーグッズを一式、念のための魔物除けをバッグに、

 ……ぐ、入らぬ。

 引越し当日テラスに持たせたバッグしか持運びに便利なものがない。

 遠足が決まってから密かに用意したレジャーグッズは置いていくしかないか。テラスが愉しめればと思って少ない所持金を切り崩して買っていたが多すぎる荷物は運べない。こんな簡単なことでさえ計画しきれていない。カインは溜息が出てしまった。

 ……バッグをもう一つ用意しておけばよかったな。

 次の機会に用意しよう。テラリーフ湖はとても穏やかな場所で、町の外としては非常に希しい聖域である。調査したところ、魔物除けの必要がないほどに魔物が見当たらなかった。

 ……いっそ魔物除けを省いてレジャーグッズを。いや、いや、浮つくな、わたくし。

 命に関わることに手を抜くべきではない。モカ村秘伝の魔物除けは貴重だが、鎮火して煙が見えなくなっても多少効果があって信頼性が高いので持っておいて損はない。

 ……テラス様にも、カクミにも、ゆっくり休んでもらわなければな。

 その保険が魔物除け。省けない。

 カインが肩に掛ければそれほど大きくないバッグ。 容量はお察し。お弁当と必要最小限の道具を収めてファスナを閉じた。

 準備を進めていると、ツィブラの馬車が到着する数十分前であった。寝ぼけ眼のうちに着せ替えたテラスを抱っこしたカインは、カクミを起こして森を抜けると予定通り到着した馬車に乗り込み、一息ついた。

「ご一行さん、お久しぶり。今日はどちらへ」

「とりあえずフロートソアーを避けて北へ向かってくれ」

「はいよ」

 軽く手綱を引いて走り出す馬車。

「テラス様達はおねむのようだね」

「仕事が思った以上の重労働でな。お主は変りないか」

「ああ、変りないよ。いや、ちょっと変わったかな」

 世の噂が酒場に集まるように、御者にも世間話が集まる。

「つい昨日乗せたお客さんが言ってたんだが、騎士団が大規模な魔物討伐をする噂があるんだってさ」

「ほう。騎士団というのは宮殿騎士団のことか」

「そうだよ」

「変化というのは」

「魔物討伐作戦って魔法でドンパチやってると目立つんだが、十数()前からかなぁ、民間の討伐隊の出動が増えた気がしてたんだ」

 〈()〉とは人間の世界でいうところの「(にち)」に相当する単位で、主に神界で使う。

「宮殿騎士団の動きに先駆けた動きだったと感じたのだな」

「街道周辺の魔物討伐ってのは、民間からすれば食い扶持も同然だからね、騎士団が狩り尽くす前に一稼ぎしておこうって考えだろう。それなら騎士団が動く気配を見せる前からまじめにやれ、って、ワシもお客さんと盛り上がったよ」

「お主は、今の主神をどう思う」

「テラス様と比べるわけじゃないが、よくやってるんじゃないかねぇ。まあ当然か、テラス様の妹なんだもんなぁ、素晴らしいおひとに違いないよ」

「そうだな──」

 テラスが満足にできなかった魔物討伐のための宮殿騎士団派遣。新たに主神となったテラスプルを中心に議会が仕事を進めている。カインもそんな噂や動きを察知していたが、テラス追放という手段に反して議会運営は至ってまともで、早い話、粗がないのである。

 ……あるいはテラス様が仰るように、本当によき主神であるのかも知れぬ。

 テラスがそれに劣るとは思いたくないが、テラスが主神を務めていた頃と比べれば世界が住みよくなりつつある。

 だからこそ、カインは不気味に思えてならない。ツィブラなど一般神が宮殿の動きを知っている。それが、「テラスの妹」を名乗る新主神の許で起きていると認識している。そしてそれを好意的に受け止めている。一方で、その前提にあるのはテラス追放であり、皆の目につかない辺境の村で暗殺未遂が起こった。

 ……何かが、おかしい。

 総意だったはずのテラス追放後、議会の意思が分裂したのか。議員秘書から暗殺指示があったというティンクの証言を得てテラス追放派の差し金と考えたカインだが、追放に賛成した議員が「追放派」と一括りにできるものでないとしたら「追放完結派」と「暗殺完結派」がいたことになるだろう。両派、今のテラスプル体制を支持しつつも、追放後のテラスの扱いに大きな差がある。テラスの移住先を用意したのが追放完結派で、ティンク達を暗殺者として差し向けたのが暗殺完結派であるとも推測でき、それで両派の折合がついたと思えなくはない。が、暗殺失敗が伝わって暗殺指示者が納得しているはずがない。そう踏んで警護を続けているカイン達だが、暗殺者はティンク達以降、現れていない。これは非常に不気味だ。テラスを宮殿に誘き出す作戦があって機を窺っているのか、議会の意思がさらに変化しているのか。

 カインが宮殿に突っ込んだ調査をしていないのは、粗がないことが理由である。それというのも、暗殺を指示した議員秘書ひいては議員が判明していない。ティンクに接触した者が「議員秘書」を名乗ったことは確かだが誰の議員秘書か明かしていない。無論、主謀者が割れるような情報をわざわざ口にしたりはしないだろう。一目に人相が判らないよう変装したふうだったという証言もティンクから得ている。暗殺という荒っぽい手段を採りつつも、相手は慎重に行動している。自称議員秘書について判っているのは、低身長・小太りの体型、それから男の声だったこと。ある程度の割出しさえ済めば村から出られないティンク達に代わって村に連行して面通しを行い、犯行を自供させ、議会の不正な動きを洗いざらい吐かせることができる。さすれば、宮殿に乗り込み、不正な追放案の撤回も求めることができよう。

 立ち回りが大胆でありながら尻尾を摑ませない自称議員秘書。本当に議員秘書なのか、と、いう疑問が湧く。連行しようにも、身許も居場所も判らない。体型などに何人か心当りがあるが、宮殿に足繁く通っては警戒されるだろう。どう炙り出し、どう捕らえたらよいものか。カインは悩まされている。

「付かぬ事を訊くが、テラス様以前にモカ村の近くへ他民を乗せたことがあるか」

「あんな辺境へはテラス様が初めてさ。地図を確認しながらフロートソアーに落っこちないようにとばかり考えて走らせていたが、それがどうかしたのかね」

「少し気になってな」

 御者はツィブラ以外にたくさんいる。「御者仲間はどうであろう」

「モカみたいな辺境へ行ったんなら話すのが普通だ。フロートソアーのど真ん中みたいな場所にあるから興味本位な噂話くらいは立ってるがね、この眼であの森を観たのは仲間内ではワシだけだろう。だから、今回もワシは自慢するのさ、『また辺鄙なとこへ行ってきた』ってな」

「それが自慢になるのか」

「っははは、ヘンかね。御者ってのは因果なものでね、機動力があるのにお客さんの行先にしか行けない。だから、いつもと違う場所や目の保養になる秘境なんかに行ったとなれば話したがる。そうして愉しみを共有するんだよ。勿論、お客さんのプライバシに関わることなら漏らしたりはしないが」

「であるなら、今回の行先は他言無用にしてくれ。荒らされると困る場所なのだ」

「元主神だから知ってる場所、ってことかね」

「そんなところだ。信用するぞ」

「任せてくれ。約束は守ろう、ほかでもないテラス様ご一行の頼みだ」

 テラスの指示ではないが荒らされたくないのは本当である。辺境のモカ村が伝説の地としているだけあって、カインも初見は信ぜられないものを観た心地だった。

 ……ひょっとすると、テラス様の──、いや、それは行ってみなければ判らぬな。

 宮殿の動き以外にも、テラスに絡んだ懸念がある。テラリーフ湖で、その懸念を払拭できる可能性があるとカインは考えているが、レジャーグッズが無駄になったように、事がうまく運ばないことだってあるから安心はしない。

 ……今日はただ、テラス様とカクミが休まる日であればよい。

 そのためにカインは全力を注ぐ。一行における唯一の男としても、彼女達を守り抜かねばならない。男は、女を守る存在でなければ生きている意味がない。

 ……そうだろう──。

 瞼を閉じると、二人の寝息。心穏やかになれる。

「カインさん。ネオギス山脈を右手に北上しているが、行先はこのままでいいかい」

「ああ、しばらく直進してくれ。魔物が現れたわたくしが対処しよう」

「心強いお客さんだねぇ」

「テラス様を、早く連れていきたいのでな」

「そんなにすごい場所なのかい」

「お主も驚くかも知れぬ」

「それは愉しみだ。胸に秘める世の片鱗、なんて、風流な場所が好みだなぁ」

「なかなかうまいことをいう」

 カインは、海が好きであった。宮殿は海から遠く、見回すと山が多かった。これから行く場所もどちらかといえば山の景色であるが、海を思い出すような景色にも出遇える。

 ツィブラの操る馬車はいうほど揺れないが、馬車に揺られて進む間にカインはいつしか眠っていた。夜、きちんと寝たというのに、

「──カインさん、起きてください、着きましたよ」

 まさか、テラスに起こされるとは思いもしなかった。

 ……なんという体たらくか。

 内心で自分を叱責し、面には出さない。「起きていましたよ」と。

 カクミがツッコむ。

「こっくりしてたわよぉ」

「寝たふりだ」

「ヘンなとこで強情ね」

「ふっ、愉しませてやっておる」

「鼻で笑う場面じゃ、あ〜、自嘲?りょ〜か〜い」

「ぐ……」

 カクミに口で敵うわけがなかった。

「カインさん、降りましょう」

 テラスが手を引くので、カインは何事もなかったかのように立ち上がって荷台を降りた。彼女の笑顔は昔から、どんな心持をも穏やかにさせるものだった。



「これは、いい場所だなぁ……」

 とは、到着時、真先に景色を観た御者ツィブラが漏らした感嘆である。

 馬車が乗り入れたのは、山あい。荷台を降りたテラスは、カクミ、カインと横並びになってその景色を眺めた。

「なんというところでしょう──」

 溜息が出る美しさであった。深い森に覆われたモカ村の空気もおいしかったが、それとは異なる新鮮さ。いうなれば、清浄なる気配に満ち溢れている。

 カインが掌で示す。

「正面に観えます、あれが、名の由来となっている湖です」

「テラリーフ湖ですね。何やら()な水を湛えていますね」

 湖畔に歩み、屈んで手に取ると、ぽわぽわと立ち昇る光の粒子となって霧散する。水の動きとは異なるそれは、聖属性の魔力が水のように集まったもの。すなわち、

聖水(せいすい)です。わたくしもここで初めて目にしました」

 解説してくれるカインに応じて、テラスは聖水をもう一度掬った。手から零れ落ちるものもあるがほとんどが立ち昇って消えていく。ぬくもりの光を湛えた湖が遠い裾野まで広がっていて息を忘れるような美しさだ。

 東西と北が山に囲まれ、大きな町から離れた山あい。本来であれば魔物の巣窟と化していると推測されて侵入を躊躇うような場所であるから湖は誰にも発見されずひっそりと存在し続けていたのだろう。聖水は極めて希しい魔力の塊で、不浄なるものを寄せつけないとされているからここは魔物がおらず荒れてもいない。

「ここが、お父様のお父様、あるいはもっと前の主神さんが見つけたところ……」

 テラスは無性にどきどきした。初めて出逢った風景なのに、長年離れていた場所に還ってきたかのような、不思議な高揚感であった。

「素晴らしいですね、いったい、どうやってできたんでしょう」

「定かではありません。わたくしもティンク殿から聞かなければ知らなかった場所ですから、ひょっとするとテラクィーヌ様も知らない場所かも知れません。聖水の発生理由も謎ですね」

「そう思うとなんかすごいわね」

 と、カクミがテラスの横に屈んで、同じ目線で景色を眺めた。「何星霜って単位で存在してるんだよね、たぶん」

「全く同じ姿だったかは判らぬが、発見当時から秘境と呼ばれるほどだったことが窺える」

 最初から湖があったことは呼称が示している。現存したそれをいま生きている自分達が眺めていることに、テラスは感動した。

「麗しいですね……」

「無心になれますね……」

「茶でも飲みたくなるな……」

 揃って心が落ちついた。

「カイン、お茶なら弁当と一緒に置いといたけど気づいた?」

「無論だ。着いて早早だが、」

 ツィブラがやってくるとカインがバッグの中身を取り出した。「ツィブラ殿も一杯どうだ」

「ご相伴に与ろう」

 帰りのことも考えて馬車は貸切り。ツィブラにも時間がたっぷりある。

「ほら、敷いたわよ」

 カクミが地面にツルッとした布を敷いて座った。「お茶ちょ〜だ〜い」

「ったくお主は、機敏なのはよいが──」

「小言禁止っ、ゆっくりしなって〜」

「……うむ。テラス様も、ささ、座ってください」

 カクミに次いでテラスが座ると、カインとツィブラも続く。カクミがどこからか取り出した木製のコップにお茶を淹れて、乾杯した。

「カクミさんの淹れてくれたお茶がなおおいしいです」

 ほっと一服すると、「おや、カインさんとツィブラさんは飲まないんですか」

 コップを片手に固まっている二人である。

「いやぁテラス様、こりゃあ、その、本当にお茶なのかね」

「同意見だ。コップの色に馴染んで不気味なのだが……」

「そうですか」

 コップの自然な木目色に似合う鮮やかな緑色。「おいしいですよ」

「妙に毒毒しいのですよ」

「テラス様が身をもって毒見してるのに男が飲めないなんてどうかしてる」

「作った本人が言う台詞ではない。そして毒見と言ったな、お主」

「毒なんて入ってないって証明してくれた主を差し置いて飲まないのはどんな了見よ?って、言ったんじゃん、理解しなよ、オジジども」

「ワシも入るのかねっ」

「入るでしょ、と、いうか外見だけならツィブラがダントツの爺さんじゃない?」

「否めないなぁ」

 思わぬ巻添えを食ったツィブラだが、コップに顔を近づける。「うぅむ、香りは特別変わったふうでもないが」と、言って、ちょびっと口をつけた。すると、びくっと震えて固まった。

「どうよ」

「う、……なんじゃコレは。独特の香りと甘みがいい具合に……不思議なうまさじゃ」

「モカで採れる植物を煎じた特製茶よ。色が派手だけど旨みが濃い証なの」

「派手というか、半ば光ってるように観えるが、確かにうまい……、毎日でも飲めそうだ」

「利尿作用がないから水分補給に飲んでもいいわ」

「ほお、それはますます。喉が渇いてたからありがたい」

「ツィブラ殿、お主、勇者だったのだな……」

「冒険は必要かも知れん。あえて言えばこれはよき冒険であった」

「だそうよ。あんた、御者に負けるわけ〜?飲んでみぃよ、ほれほれ〜」

「う〜む……」

 煽るカクミに嫌そうな顔をしていたカインだが、「元主神世話役にしてテラクィーヌ様の元側近のプライドが負けを許さぬ……、いざ!」

「これであんたも勇者にっ、なぁんてね」

「っぐ……ゲホッゲフッ」

「誤飲したっ!ジジイだっ、ジジイっ!あははっ」

「お主というヤツはっゴホッゴホッ!」

 むせるカインの背中をテラスは撫でる。

「カクミさん、ひとの不幸せを笑ってはいけません。働き者のお爺さんをちゃんと労わってあげましょう」

「ぷぷっ、それはそれでジジイコンボですけどね」

 カクミが笑って、カインの肩に手を置いて揉み出した。「ホントあんた硬すぎ」

「ふっ、悪かったな、頭が硬くて」

「肩のことだけど。あ……、自覚あったのね、ごめんなさい……」

「塩らしい演技をするな」

「バレたっ」

「お主と話すと逆に肩が凝るわ……」

「じゃあカクミさん、ワシの肩を揉んでくれんかねぇ」

「いいわよ〜。素直なお爺さんは可愛いわぁ」

「っははは、新しい孫ができた気分でなんか嬉しいのぅ」

 ツィブラの用命にさっさと応ずるカクミを眺めて、カインが遠い目だった。

「カクミさんを恋しそうに見つめていますね。心、健やかですか」

「なんと申しましょうか、わたくしはホントにジジイなのだなぁ、と、思い知っておる限りですよ、っははは……、ある意味、健やかです」

「ならよかったです」

「ええ、よかったです、素直じゃないのがわたくしです」

 かすか涙を溜めているカインである。

 ……カクミさんが愉しそうにしているのがそんなに嬉しいんですね。

 悦ばしく捉えて正面の湖を見つめたテラスに、眼許を拭ったカインが尋ねる。

「テラス様は何か恋しいことがありませんか。わたくしどもがご要望を叶えましょう」

「そうですね」

 モカ織存続のための何かをここで摑んで帰りたい。が、モカ織に関することは村のことを深く知らないツィブラの前で話すわけにもいかない。それを察してか、カインが促してくれる。

「ご自分の願望とかで構いませんよ」

「テラス様の願望っ、気になるっ」

 と、ツィブラの肩を揉みながらカクミが乗った。「あたしも協力しますよ〜」

「……では、あそこを歩いてみたいです」

 畔から景色を眺めると目に入るのは湖中央に建つ四阿とそこへ架かった木製の桟橋である。

「あっちからの眺めはどんなものでしょうか。湖のきらきらに包まれているように観えるんでしょうか」

「幻想的な光に包まれし四阿、か。わたくしも興味があります。カクミ、先頭を行け」

「了解。テラス様、湖に落ちたらアレなんで、あたしの手を握ってください」

「はいっ」

 テラスがカクミの手を握って立ち上がると、カインがツィブラを見下ろす。

「どうする。ともに行くか」

「馬に餌をやりたいから少し周りを歩いてこよう。うまそうな草があるからなぁ、ちょっと離れるがいいかね」

「構わぬ。馬にも休憩が必要であろう」

 テラスは一旦馬の横について雄雄しい首を撫でた。

「乗せてくれてありがとうございました。帰りもよろしくお願いします」

 馬がこくりとうなづいたようだった。

「名乗り遅れました。わたしはテラスリプル・リアといいます」

「ブルっ」

「馬さんの名はクリキントンさんですね」

「テラス様、馬語(ウマご)が解るんですかっ!」

「判るわけあるまい」

 カインがカクミにツッコんだが、ツィブラが感心した。

「テラス様、よくお判りで」

「車の外に書かれていました。前に乗せてくれたのもクリキントンさんでしたね。名乗らないのは失礼かと思って遅ればせながら」

「ありがとう。気を配ってもらって相棒が悦んでるよ」

 薄い黄色と灰色を混ぜたような毛を持つ馬で、すらっとした体に立派な筋肉が観える。

 カインが食いついたのは、名前の由来である。

「クリキントンとは和菓子から来ているのか」

「ワガシかは知らないが、妻が流通拠点で買ったお菓子だったなぁ。色味も風味も独特でおいしかったから名を借りたんだ」

「食べる前提っぽくて嫌ね」

「名前を決めるのは難しいだろう。だから、好きなものの名前をつける、それがワシだよ」

「ツィブラさんが好きなのはお菓子を買ってくれた奥さんですよ」

「そんなことはお察しなのであえて指摘する必要はないかと」

 カインが話を戻す。「ツィブラ殿はクリキントン殿の世話を。わたくしはテラス様達と四阿へ向かおう」

「ワシは余裕を持って戻ることにしよう」

「ああ、頼む」

 ツィブラとクリキントンが湖の西へ向かうと、テラスはカクミの手に引かれて桟橋へ。

「ねぇ、カイン。この桟橋もずっと昔からあるの?」

「詳しくは判らぬ。ひとの手が加わっているのは間違いないが、現在わたくし達のほかには誰もおらぬ」

 山道は草が生い茂っており、鍛え上げられたクリキントンがツィブラの浮遊荷台を牽かなければ入ることができなかっただろう。徒歩での侵入はそれこそ大変だろうし、定期的にひとが入っている気配がない。

 合図を送ってカクミに止まってもらうと、テラスは桟橋の足許を覗く。

「聖水のお蔭でしょうか、伐り出したばかりの木のように橋がしっかりしていますね」

 聖水が「水」ではないことを考えると藻の繁殖や腐蝕が起こらないのは当然だが、それでも雨が降ったり日差に曝されたりと老朽化の要因はいくらでもある。まるで今日設置されたかのような桟橋で、

「不気味っちゅーか、キモいわね」

「わたくしが来たときには既にあったものだぞ」

 老朽化しないのは聖水が空間を満たしているからか。聖水が大量に存在していること自体が希しいことなので理由は定かでない。稀有な環境には稀有な現象が観られるのだろうと推測するまでである。

「湖の上を歩くと麗しい気に満ちていることをより感じます」

「テラス様を観ているかのように目が癒やされますよ〜」

「それはお主だけの特性だがな」

「わぁひどぉい、テラス様を観ても癒やされないなんてシモベ失格〜」

「今日も全開だな」

「テラス様の小さなお手手をこうして握れるのよ。テンションマックスよ」

「頼むから、変態性マックスにはなるなよ」

「ムシじゃないってば」

「ムシネタではなくっ」

 カインに呆れられてもカクミがしょげることはない。

「小言マシーンは置いといて行きましょ〜」

「ましーん、とは、なんですか」

「機械ってことですよ、小言を生産するしか能がない、いとアワレな存在なんです」

「優しい言の葉を紡げるようなましーんなら素晴らしいですね」

「ですってカイン」

「……そうだな、素晴らしいことだな」

「あんたのことだしっ」

「解っとるわぁぃっ」

 ……お二人とも愉しそうです。

 言い合いをする二人をテラスは見上げた。

「お二人とも、いつにも増してお喋りが弾んでいますね」

「開放感ですっ」

「開放感で弄られておったのか、わたくしは」

「いいじゃん。テラス様も笑ってくれてるし、みんなハッピってことで!」

「わたくしだけかわいそうな目に遭っている気がするのだが」

「ジジイの戯言ね」

「ほらっ」

「何が?」

「ジジイとか戯言とかっ、ヒドいっす」

「っす、て。キャラ崩壊してるから出直せマジで」

「ごほん……。年寄と捉えておるなら労ってくれぬか」

「あんたみたいな若い年寄いるわけないじゃん」

「ヒドいっす!神なのだから外見で年齢が判らんのはお主とて同じであろうがっ。テラス様、この扱いですよ、労働環境を正していただきたいっ」

 項垂れるカインの訴えであるから、テラスは無視できない。

「カクミさん。あとでカインさんの凝りを優しくほぐしてあげましょう」

「その扱いもちょっとコンボってますよ」

 と、カクミが苦笑したが、「カイ〜ン、テラス様のご厚意だから肩やら腰やら揉んでやるわよ、年寄特権で」

「名義が気に食わぬ」

「だからクっソジジイなのよ、可愛くなぁい」

「テラス様ぁ」

 土下座のカイン。

 ……膝をついてまで頼むなんて、よほどのことです!

 追いつめられたひとがいるなら、相手がカクミでもテラスは注意しなくてはならない。

「カクミさんはましーんだったんですね!カクミさん、優しい言の葉です、優しい言の葉を覚てくださいっ!」

「ひっ」

 カクミがガクンと崩れ落ちた。「テラス様が、あぁ、あた、あたしに、キレたっ……」

「わたしも怒りますよ。大好きなカインさんを傷つけるようなましーんでいてカクミさんは嬉しいんですか!」

「ちょちょっ、お怒りはご尤もとしてもその言い方は語弊がありますっ」

「とにもかくにもカインさんを癒やす優しい言の葉を!」

「ははははいぃッ!」



 びくっと起立したカクミがカインの前に出て、まじめに口を開いた。

「悪かったわ……、撤回するから、許して、よ……、その、本当に、あとで、優しく揉んだげるから」

 ……っ。

 塩らしいカクミというのは、演技であればゾビッとするくらいで見抜けるカインであるが、

 ……な、なんだろうな、この感じは。

 三度の飯より好きなテラスに叱られたからこその潤んだ瞳がいやに艶っぽく、声音も相俟って強烈なインパクトがあった。

「な、何よ、変な顔して!べ、別に本気で言ってんじゃないからねっ!」

「カクミさん、いけません!」

「にゅぎゅぅ〜っちくしょ〜ぅ……」

 心底嫌そうに頭を下げられて引っかからないでもないが、カインは鬼ではない。

「カクミ、もうよい。テラス様も、申し訳ございませんでした、もうよいのです」

「本当ですか!」

「まだお怒りで!テラス様も大概ですねっ」

 カクミを叱ったテンションのまま、まるでカインも叱っているかのようなテラスの妙。テラスをそうさせてしまったのはカインの軽率さのせいでもあるので責任を持ってなんとか落ちつかせた。が、その条件として、

「──、お二人の、誓いの指きりを」

 テラス立ち会いの許、カインはカクミと小指を絡めて和解した。

 ……桟橋でいったい何をしておるのやらな。



 指きりを見届けたテラスがカクミの手を引いて四阿へ向かう。

 ……もう、怒ってないかな……。

 テラスが手を引いて先を行くというのは希しいことで、極めて稀なお叱りの直後ともあってカクミは気が気でなかった。まだ怒っていたらどうやって落ちつかせたらいいのか。四阿に着くとテラスが跳びついてきたので、驚いて倒れそうになってしまった。

「テラス様……、もう、怒ってません?」

「いと哀れなましーんのままでないなら」

「……それなら、よかったです」

 ほっとした。心底から。

 テラスに叱られたことは、何度もなかった。そも、彼女には怒りという感情がないようにさえ観える。ただ、彼女がいうように怒ることが確実にある。何を理由として怒るかを、カクミはよく解っているつもりだ。

 テラスの逆鱗に触れてしまうほどカインをぞんざいに扱った自覚があるし、それでもってカクミは彼に謝罪する気もあるが、テラスに嫌われてしまったのではないかという気持が先行して、それゆえに謝らなければならない、と、思う部分もなくはなかった。それが邪な考えだと解っているから、テラスの無垢な言葉が刺さって、申し訳なくなった。

「カクミさん、観てください。湖の光が上に映り込んでいますよ」

 と、テラスが指差す四阿の天井は、満天の星のように煌めいていた。

「綺麗……。(あたしは、なんて汚いんだろう……)」

 カクミは、自分勝手に怒っているだけだ。真逆のひとが目の前にいることで、自分の暗部が照らし出されるようで、苦しくないといえば噓であった。そんな自分が、真逆のひとのことを好いている。そんな自分が、真逆のひとの傍にいる。それを許していいのか、と、自罰的な思考も働いてしまった。

 ベンチに座ったカインが呼んだのはそのときだった。

「カクミよ」

「……」

 カクミは応えられず、テラスの不思議そうな顔を観ていられなかった。指きりをして二人は仲良しに戻った。そう思っているテラスを裏切るのは嫌で取り繕おうと思うも、カクミにはできなかった。

 そんなカクミを見つめたカインが、マシーンではなかった。

「お主は自由に発言するとよい。溜め込むと体に悪いぞ」

「何よそれ。あたしが毒吐きマシーンみたい」

「毒が効かぬならそんな顔にはなるまい。吐けばよいのだ。そして、テラス様にはいつも通りで行け」

 ……いつも通り、か。

 カクミは取り繕うのが苦手である。気づけば言いたいことを口に出してしまっているし、隠し事も得意ではない。だから、テラスに向けている言葉や態度は正真正銘の本心であった。嫌われたくない、と、軽率な謝罪をしてしまうのも、本心だ。

「それだと、あんたには虚ろな謝罪になるけど」

「多少気合を入れてほしいとは思うが、テラス様のことをおろそかにされるよりはよい」

 ……こいつも、なんだかんだでテラス様に選ばれてるんだもんな。

 悪いヤツのわけがない。頭では解っているがつい感情的になってしまう。恋のライバルというわけでもないがそれに近い感情ではあった。テラスが生まれたときから傍にいて、自分よりずっとテラスのことを理解しているであろう彼を、羨ましくも思えばひどく疎ましくも思う。同時に、気心の知れた宮殿騎士団の部下より深いところで繫がっている感も。テラスが選んだひとだから──。

 穏やかな空気を感じて安心したか、四阿の隅に腰を掛けて景色を眺めるテラス。カクミとカインはテラスの背中を見守るようにしてベンチに座った。淡い煌めきに全てが融け込むような湖上。漣がないのに、心を刻むようであった。

「ねぇカイン」

「なんだ」

「さっきの話、ホントだからね」

「按摩のことか。お主はお主の身を労わるがよい」

「テラス様のために?」

「ああ」

「……だったら言う。テラス様のために揉まれなさい」

「へばって観えたか」

「ううん、全然」

 身体的変調が見えなかった。が、テラクィーヌの時代から長きに亘って主神に仕えてきた古い神がカインである。それなりに力を身につけている自信のあるカクミだが全てを見通せるわけではなく、カインが全力で隠していることがあるとしたら見抜けないだろう。

「無理してんじゃないかなぁ、とは、思う。あんたって、あたしの悪ふざけに乗って土下座するようなヤツじゃないと思うし」

「テラス様が外に出られて、わたくしとて浮ついた。土下座の理由など些細なことだよ」

「ホントにそれだけ」

「いやに詮索する。わたくしのことを掘り下げたところでお主のためになるまい」

「テラス様のため。動機はそれ一つで十分」

「うまい言訳を見つけたものだ」

「疲れてるの・ないの、どっち、早く言え」

「体力には自信がある」

「信じるわよ」

「気になることが山程ある。体調管理は従者たる者に限らず社会人の必須技能だ」

 同感だ。カクミだって体調管理は徹底している。大事なときに倒れたりしないよう、戦闘能力の維持にも努めている。

 テラスを守るための一種の作戦会議。本人に聞こえないよう小声で話していた。

「思ったんだけど、あたし達以外にも助力してくれるひとを探したほうがよくない?あたしの元部下はダメだったけど……」

 宮殿騎士団に何度か秘密裏の接触をした。銃士長でもなければ、公に主神の世話役でもないので断られてしまった。

「あたし、バカって自覚くらいあるわよ。戦闘しか能がない……。新規顧客も助力してくれるひとも見つけられない雑魚っぷりだわ。あんたは違うでしょ」

「わたくしも今や一介の無職でしかないさ。宮殿もとい議会の動きも把握しきれぬ無能さでは無職が相応しいのやも」

「あんたがそれじゃこの先あたしらはどん詰り(づま  )じゃない。しっかりして」

「丸投げか」

「頭脳労働以外ならなんでもやる」

「お主らしいな。なら今まで通り、いや、常に、テラス様についていてやってくれ」

「顧客や調査は?」

「わたくしの専売特許だ」

「そうだっけ?」

「話す気がなかったが、ここに至れば知っておいてもらったほうが何かと楽だな」

「なんのこと?」

 カインが瞼を閉じて、語った。

「わたくしは、フリアーテノアの生まれではない」

「え……」

「別の神界から来たのだ」

「まさかの外来種」

「『種』とはっ……、外来ではあるが。神界は神の住む世界の総称。一部例外はあるが概ね主神が存在し、神界宮殿を中心に統治している一つの星ということで、以前暮らした神界とフリアーテノアに違いはない」

「カインは何、どんなとこから来たの?」

 どこの神界から、と、訊かなかったのはほかの神界のことをカクミは知らないからである。

「海底に町を作るような、美しい海の星だよ」

「へぇ、海の中に町をね。魔物が入ってこなさそうでいいわね」

「普通に入ってくるぞ」

「入ってくるんかい……」

「上が有能でな、きちんと討伐される」

「ならいいけど。宮殿騎士団なんかにいたんだ?」

「それなら調査等が専売特許とはいわぬ」

「あ、スパイ?」

「肩書は『諜報員』。各地との連絡が主な任務で、有事はまことそれらしく実働する。語れぬ肩書はスパイと似たようなものだな」

「らしいっちゃらしいかも。表情読めないとこあるし。ふぅん……」

 海と陸では大きな違いがあるだろうが、カクミはカインの心境を酌む。「寂しかったりしない?海から離れて」

「郷愁か」

「なくはないでしょ。マジでマシーンなわけ?」

「うむ、なくはない。幸い、彷徨った際にテラクィーヌ様と出逢え、居場所ができた」

 少し訊きづらそうな話だったが、瞼を開いたカインの強い目を信じて尋ねた。

「彷徨って、って、前の神界でなんかあったの」

「何百星霜も昔、理解ある恋人に甘えて仕事に没頭してな。気づけば別れ話になっていた」

「なんか、容易に想像がつくわね」

「彼女の親が代弁してくれたよ。『ひとの夢の応援をしたいとばかり言って、一番近いひとの夢を踏み躙っている』とな」

「それも、なんか、想像つくわね」

「価値観の相違、と、いうほど擦れ違っていたわけではない。主神の描く夢の世界を、彼女は応援してくれていた。彼女の最初の考えに囚われて、甘えすぎたのだ」

 親があいだに入るほど溝が深まっており別れは不可避だったよう。それでカインが彷徨ったのは、

「あんたは彼女を信じてたんでしょ、主神の描く夢を一緒に見られるって」

「ああ」

「あんた、思ったよりバカね」

「言ってくれるな」

「本音よ」

 テラスが聖水を爪先で触れている様子が愛らしくて、カクミは頰が緩んだ。

「頑張ってる男が好き。現実的で物理的なものが好き。語られた理想がお伽話に思えるような幸せが目の前にあった。だから、摑みたくなった」

「彼女がそうだった、か」

「間違ってる?」

「いや、正しい見立てであろう。彼女は、わたくしとの現実的な幸せに目を向けていたのだと思う。が、わたくしは何も変らず夢ばかりを追いかけていた。おまけに、それを応援してくれているものと、支え続けてくれるものと、思い込んでいた」

 それが彼女の重荷になったことはいうまでもないだろう。カクミは、あえて言いたい。

「やっぱあんたバカね。別れたあとに彷徨ったんでしょ」

「ああ」

「責めを感じたわけよね」

「ああ……」

「それ、必要ある?」

「……」

 カクミが言うほど彼は馬鹿ではない。理解していて、けれども、目を背けていることがあるだろう。

「あんたの目線にその女がついてけなかった。要するに、根本的に反りが合わなかったのよ。あんたは別れ話に親なんかぶっこむ?」

「ぶっこむ、とは、いわぬが、わたくしなら親を引っ張り出したりはせぬ」

「つまり、そういうことよ」

「……なるほど」

 自分のことを自分で片づける。それが当り前の者もいればそうでない者もいる。恋愛だってそうだろう。どんな形であれ、親を介入させた彼女と、親に頼らなかったカインでは、考え方の根本が違う。違うからこそ補い合える部分もあるが、違うからこそ決定的に擦れ違うことだってある。カインと彼女は、補い合っていた関係から擦れ違う関係に移行し、別れた。カクミの想像でしかないが、きっと彼女がカインに頼りすぎて、依存しすぎていたから、振り向いてもらえなくなったことが原因で溝が深まった。して、カインとは話し合いにならないと諦めてしまっていた彼女が自分の親を介入させて別れることにした。

「恋愛なんかしたことないから偉そうに言えないけど、同じ夢を見られないのはキツいわね。別れた女もその点では同じなのかも」

「……違いない。ただ、一つ注釈を入れるなら、父親が言葉を伝えてくれたとき、彼女は亡くなっていた」

「っ……」

「親を介入させたくてさせた、と、いうわけではないだろう」

「なんで亡くなったの」

「悪神の襲撃だ」

「それって、あたしら善神を無差別に殺してるっていう、あの悪神?」

「フリアーテノアのような小規模な神界は狙われること自体が少ないようだが、前にいた神界はよく狙われていてな、彼女は襲撃に巻き込まれたのだ」

「そういうこと……」

 命とともに儚く消えてしまった娘の夢。親としては、宮仕えであったカインに対して怨みつらみが湧いただろう。

「じゃあ、ちょっと見方変わるわね。親が当てつけ的にあんたに文句を言っただけかも知れないわよ。代弁なんかじゃなくね」

「親だからな、主張する権利がある。あれが彼女の言葉でなかったとしてもわたくしは構わない。彼女を育てた親の言葉であるなら、多かれ少なかれ彼女の心を酌んでおろう」

「まあ、そうかもね……」

 彷徨ってしまうわけだ。信じていた彼女の突然の死に加えて、その彼女が死の間際にいだいていたであろう不満を突きつけられた。

「お主は恋の達人だな」

 と、カインが言った。暗くなった空気を明るくするように。

「褒めても何も出ないわよ」

「感心したのだ。話を聞いただけで彼女達の心理を読み取れるとは思わなかった」

「なんとなくよ、なんとなく」

 カインはカインなりに彼女を慮っていた。親の介入で確たることは言えないとしても、擦れ違いはちょっとした向きの違いであることもある。

「あんたはしっかり彼女を観てた。蔑ろにしてたわけじゃないと思うわ」

「悪くいわないでやってくれ。彼女も、彼女の親も、わたくしのような木偶の坊に付き合わされて、大変だったのだ」

「彼女と親に深く同情するわ」

「そこはフォロ抜きか」

「当り前じゃん」

 カインには手厳しくが基本。小耳にも挟まなかった過去を教えてくれたのだから、それなりの応答をする気持も湧いた。

「ま、あんたも苦労してたのね」

「夜中に独りで魔物退治するような苦労はなかったさ」

「あたしのことはどうでもいいっしょ。で、」

 優先事項に話を戻す。「専売特許なスパイで何と戦うの?いわゆる情報戦みたいなことするわけでしょ」

「フリアーテノアでも敵と認識されているものといえば悪魔、悪神、そして魔物といったところだろう。──」

 敵といえば魔物。幼かったカクミでさえそう認識していたほどメジャな考え方だ。一部神界では、魔物対策に並んで悪神対策も恒常的な問題だとカインが話した。

「──。が、今回の敵もとい相手は、同族の善神ということになるな。モカ織の顧客を得るための交渉や議会・議員の動向についての調査は、魔物の調査で培った脚と各部との連絡で鍛えた話術が役に立つだろう」

「今んところ顧客を得られてないけど」

「事実だけに不甲斐ない話だ」

 議会の手が回っている。カインの交渉が下手ということはないだろう。

「あたしよりは適任でしょ。説得には時間が掛かるだろうし、期待してるわ」

「任せてくれ。だが、お主の指摘も無視できない。テラス様を助ける者を集めたい」

「村民は味方になってくれてるけど、足りないわね」

「横の繫がりというのは足の引っ張り合いになることもあるが、結束になれば心強いものだ。議会に立ち向かうには、それなりの権威・権力も必要だろう」

 権威も権力も持っている者というと、カクミは一つしか思い浮かばない。

「議員ってこと?」

「ああ。何せ、議会に直接意見を届けることができる。だが、いきなり議員と交渉するのでは拙攻が過ぎる」

「まずは馬からね」

 遠くのクリキントンが震えないように極めて小声だった。

「将を射んと欲すればまず馬から射よ、と、いうやつだな。将は議長フルヤモントだ」

「馬は議員ね」

 議員の賛成多数には主神すら逆らえない。議長フルヤモントとて逆らえない。

「まず議員を切り崩す。そのためにすべきことは、民心を味方につける」

「テラス様を直接慕ってくれるひとを町に増やすわけね。できるの?」

 村とゆかりがあるということでテラリーフ湖に来ている。それ以外への村外移動は許されていないし、掟に配慮したテラスが村から出たがらないだろう。

「触れ合うことなくテラス様のことを慕わせる。正直、かなりムズそうよね……」

 議会と騎士団で成るフリアーテノアの神界宮殿は、テラスプルを主神に立て、テラス体制からの脱却に躍起となっているだろう。テラスの台頭を許さないのは明白で、その意識の一部が議員といえる。その議員を支持する各地の民に接触できたとしても、テラスの助けになるよう求めることはカクミ達では困難である。ひとえに、テラスには肩書がない。テラスを直接知っている村民のようには絆せない。

「掟を変えたいところだが、何百星霜と続いてきたことが窺える掟を根本から変えることは不可能に近いだろう。同様に、支持してくれた村民に村外活動を認めさせるのも、ともに村外活動を行ってもらうのも不可能と思われる」

「人海戦術もできない、か。手詰りじゃん」

 スピード感を持って行動するならテラスの村外活動が最低条件。環境がそれを許さないので作戦の土台からして無理があるか。

「テラス様にさえ会ってもらえればみんなロウラクできるのに」

「言葉のチョイス……。いわんとしていることは解るがな」

 村の一員として掟を守るようテラスに求めている村民だが、村民さえ赴いていなかった伝説の地への外出を許した。これは、半ば掟破りでありイレギュラだ。掟を変えられたわけではないが、掟で縛りつけていいものか、と、村民に考えさせるほど事実としてテラスは認められている。主神や元主神だからではなく、テラスであるがゆえの求心力があった証だ。

「テラス様がもしそこら辺の村娘でも、あたしはテラス様に付き従うわ」

「同意だ。モカの村民も同じような思いだろう。きっと、ほかの民もそうなってくれる」

 テラスへの信頼感があるから前向きに考えられる。村外活動ができず、うまくことを運べないから悩ましい。

「伝説の地、秘境、かぁ。ここがモカ村に取っての秘境じゃなかったら、ほかの土地のみんなをここに呼び寄せてテラス様と引き合わせられるのになぁ」

「うまいことを考えたな」

「現実には不可能よね。秘境を荒らされるわけにはいかない。周知もさせたくない。それがモカ村の意向でしょ」

「悩ましいな」

「ナマヤシイわね」

「……嚙んでおるぞ」

「聞き流してよぉっ」

「すまぬ、小言マシーンがつい反応してしまうようだ」

 悩み抜いて、答を導き出すのがカクミ達の役割。導き出した答を伝え、テラスが認めてくれたなら行動に移せる。

「どうでもいいことだけど、ここって、ちょっとした議会みたいね」

「わたくしとお主が議員役か。村民の心を聞き、その意向に従いつつこの世界のことを慮って提案をし、それを主神たるテラス様に伝え、公布してもらう。やっていることは、神界宮殿の営みそのもののようだな」

「ま、こっちの公布には威力がないわけだけど」

「主神というのは宮殿議会が認めなければ意味を持たない肩書だ。テラス様は……、悔しいかな、ただの村民だ」

 テラス追放。全てのターニングポイントはあれだった。

「テラスプルって本物なのかしら。顔とかはまだ表に出てないんでしょ?」

「……そのことだが」

 モカ織とは異なるものだそうだが以前から着物を着ているカインである。テラスの目を盗むようにして袖から新聞を取り出した。

「そんなとこに物を入れてるの」

「村民も同じようにしておるぞ」

「まあ、そっか。この新聞は?」

「字を読め」

「目が滑る」

「……読もう。暗記しておる」

 新聞をしまったカインが言ったのは、テラスプルの写真が載っていることと、赤子だった頃のテラスプルの身体的特徴を現主神テラスプルが持っているということだった。

「写真って、その新聞に載ってるわけ?」

「ああ。折り畳んだ内側のほうだ。観るか」

「観る」

 テラスも観たがるだろうが今は作戦会議中なのでこっそりである。カインから新聞を借りたカクミは、一人の少女の顔写真を観る。

「どことなくだけど、確かに──」

 テラスに、似ている。「整形?」

「疑り深いな」

「テラス様を追い出したヤツとつるんでて、もしかしたら亡き妹さんまで侮辱してる連中かも知れない。手加減なんかしていいわけ?」

「お主のテラス様贔屓は頼もしいのか恐いのかときどき判らなくなるが同感だよ。だがな、わたくしも感じてしまった。似ていると」

「整形を確かめる術はないの?」

「そも、神には肉体変化がある」

 姿形を変化させることができる能力だ。

「あたしは使ったことないな。必要ないし」

「お主はそうかもな」

「カインは機会が多かった?」

「攪乱のため複数人に化けて大人数を装って牽制したり、な」

「そういう使い方なら褒められたもんだわ。で?」

「肉体変化を含めた整形の痕跡は現状確かめようがない」

 美容整形に携わる医者を訪ねて回ったとしても個人情報を教えてもらえない。本人に接触して肉体変化の有無を確認するのは警戒の厳しい宮殿内ということもあって不可能か。

「あんたなら接触できんじゃないの?いつの間にか現れたりするじゃない」

「それはお主達に気づかれていないだけのことだ」

「影が薄いもんね」

「痛すぎる指摘を……」

「ウソ、ウソ、ジョーダンだって。まじめな話、どうなの?」

「無理だな。宮殿騎士団の本部たる神界宮殿は警戒が厳しい。さらに、わたくしの調べによればテラスプル様の傍についているのはフルヤモントとマリア殿だ」

「戦闘能力のない議長はともかく、マリアか……」

 神界宮殿を去ったカクミの代りに銃士長に就いたマリア。その実力は肩書に見合う。

「テラスプル様に接触してるのを見咎められたら一撃で殺されるわね。それに、マリアはあたしと違って頭がいいわ」

「自分で言っていて悔しくないか」

「事実だしっ」

 泣けてくる。「銃の腕だけならあたしには及ばないわ。でも、属性的な部分とか、有利はあっちだから」

 マリアが使うのは銃でありながら水属性だ。炎を操るカクミに取って天敵といえる力を発揮するのが彼女であり、属性の利だけでなく、戦術も彼女に分がある。

「カイン、あんたでもマリアには勝てない」

「心外だ。単純な力比べなら負けぬ自信がある。が、勝利はすなわち彼女の死だ。わたくしはお主の部下を手に掛けたくはない」

「……そう」

 もう部下ではないが、「ありがと……」

「広い意味では、議員や犬でさえ、大事な仲間だ」

「一人も殺したくはないわね……」

「そういうことだ……」

 悩ましいことが多いが、そこが一番悩ましいところなのかも知れない。テラスが誰の死も望まないと解っているからだ。相手がテラス暗殺を企んでいるなら衝突は不可避。必ず、どこかで、威力をぶつけ合うことになる。そのときも死人を出さずに済ませたい、と、理想を掲げるのは簡単だが、現実化は困難を極める。

「もしもマリアが立ち塞がったなら、あたしが処理する」

「水は苦手なのだろう」

「属性の不利なんて無視するわ。ひととひとの話し合いよ。あんたよりはあたしのほうがマリアとの付合いが長い」

「そうだな、任せよう。わたくしは顧客獲得と情報収集に邁進せねば」

「民心を摑む手立ても早く考えないとね」

 カクミはふと新聞の日づけを見る。「これ、四〇夜以上前の新聞よね。続報はないの?」

「ない。わたくしが知る限り、公の情報はこれだけだ」

「……」

 カインが先程触れた赤子テラスプルに観られたという特徴についても、新聞に載っている。

「この特徴ってたぶん捏造よね。テラス様のお父さん、テラクィーヌ様しか赤ちゃんの姿を観てないはずだし」

「わたくしの認識としてはな」

 宮殿陵墓に行くまでにテラクィーヌが誰かと接触していないとは限らない。その「誰か」がテラスプルの特徴を認めており、今の情報開示に繫がっていることが想像できる。

「そもそも、テラスプル様がご存命だったならテラクィーヌ様が向かわれたのは陵墓ではなかったとも考えられる。テラスプル様がご本人であるなら、わたくしの認識している過去の出来事が覆る状況だ」

「〔左腋に蝶のような痣〕、……漫画の設定みたい」

「言ってやるな。事実ならお主も侮辱していることになるぞ」

「そこは黙っといてよぉ」

 テラスを追い出した連中と同類ならじつの妹であろうが絶対許さない。そんなスタンスであるが、それとは別に、カクミはジェラシが湧いている。

「蝶のような痣、なんて、結構どこにでもいんじゃない?」

「そうか」

「そうよ。あたしにもあるし」

「そうだったのか。ちなみにお主も左腋にあったりするのか」

「エッチ」

「ぬっ」

「っはは、冗談よ。あたしは左肩」

 見せても恥ずかしくもない場所だから、カクミは服の首許を広げて見せてやった。

「……確かに、あるな」

「でしょ。こんなん、探せばどこにでもあるんだってば。たぶん、出産のときについた傷とかが残ってるんだわ。まあ、写真の痣よりあたしのほうがクッキリだけどっ」

「ふっはは、張り合うのだな」

「だって、なんかひどくない?あたしのほうが『妹』に近いと思う」

 痣がくっきりだからだけではなく、「あたしのほうがテラス様といる時間、長いのに」

「そうだな」

 ぽっと現れたテラスの妹。その特徴は確かに赤子テラスプルそのものなのかも知れないが、妹を名乗っているだけでテラスの気を引いてしまう存在に嫉妬を禁じ得ない。

「こっちがどんだけ苦労して銃士長になったと思ってんだか」

「本物であれば向こうも苦労はしておるだろうがな」

「そうだけどね。なんか、悔しいし」

「ふっ」

「鼻で笑うなっての」

「失礼した。お主も愛い奴ではないかと思うてついな」

「なんかムカつくっ」

 唇を尖らせて新聞をカインに叩き返したカクミは、「あれ──、テラス様……!」

 テラスの姿が四阿の隅にないことに気づいて起ち上がった。と、なぜかごんっと頭を打ってうづくまることになった。直後、どたっと物音が立ったほうを見ると、テラスが倒れていた。

 ……あぁ、ああた、あたしはなんちゅーことをぉッ──!

 頭突きを嚙ましてしまった(!)



「カクミ、無事か」

「あや、あややや……」

 譫言のように同じような発声を繰り返しているが、カクミの応答はない。

 笑うところでもないのだろうが、カインは吹き出してしまった。

 ……ったく、このテラス様好きは、本当に恐ろしいな。

 テラスを倒してしまったことに動転して気を失ってしまったのだろうから筋金入りだ。

 カクミの後ろから新聞を覗こうとして思いもよらぬ頭突きを食ったテラスだが、

「あわわわ……」

 しばらくすると顎を摩りながら起き上がった。

「テラス様、ひとの後ろに立つな、とは、よくいいますよ」

「こんにゃ危りゃいことぅがありゅとは思いまひぇんれひた」

「まあ、今回の場合はタイミングの問題でしたが。舌を嚙みましたか」

「ひゃい。んぅ、……お二人の愉しひょうな声が聞こえらので、何にちゅいて話しているのかと気になりまひた」

 痛い思いをしたテラスが怒っていないから、カインは感心してしまう。自分が幼い頃は傷つけられたら怒っていた、と。テラスプルのことをテラスに伝えたくないとカクミが多少なり思っていることは察しているが、カインは新聞をテラスに渡し、意見を仰ぐことにした。

「──、いかがです。テラスプル様を本物だと思われますか」

「会ってみないとやっぱり判りません」

「会いたいですか」

「はい。でも、時が来ればでいいんです。わたしは皆さんの気持を蔑ろにして村を出たいと思いません。プルさんも忙しいと思います。会えないとしてもそれはしようのないことです」

 世界を支配する大きな潮目、逆らいがたい運命というものを、幼くして知っている。

「離れ離れになっていても、いつか巡り会えると思います。それぞれが、頑張って生きていれば、きっと」

「……そうですね」

 自分の置かれた環境を受け入れ、その中でできることを可能な限りこなしていく。そうすることで、望む未来を手繰り寄せることができるのではないか。テラスが考えているのは、そういうことだろう。いや、カインのように、消極的にではなく、テラスは大まじめにそうとしか考えていないのか。

「プルさんの顔、憶えました。この痣が左腋にあるんですよね」

「ええ、写真が本物であれば」

「判りやすい印があると助かります。わたしにもありますよ」

「それは存じています。右肩に蝶のような、(痣、が──)」

 言いつつ、カインは気絶したカクミを抱き起こしていた。カクミの左肩の痣。思い出してもみれば、テラスのものとよく似ている。カクミがよくあるものだと言ったが、身近でこうも続くとただの偶然とも思えない。

 ……まさか、な。

 カクミがテラスの妹などということは考えられない。カインはテラクィーヌに連れていかれたテラスプルの姿を観ていないとは言え、カクミの身体的特徴はテラクィーヌやチーチェロと違いすぎている。チーチェロとは別の母親がちゃんと存在しているし、カクミはその母親に似ている。あえていえば、顔はテラスと似ていないし、痣だけで判断するのは苦しい。ただ、カクミのテラスへの感情がはっきりしすぎていることが引っかからないではない。テラス本人に好かれる理由を訊いてみると、

「知っていたとしても胸に秘めたいことです」

 と、嬉しそうに隠されてしまった。はっきりとは知らないからそんな言い方をしたのだろうと捉えたいが、

 ……わたくしも、よくなかった。

 疑問の答を知りたがっている自分。詮索は不躾で情緒がなかった。

 生まれや育ちが阻む関係ならとっくに終わっている。カクミはテラスを慕い、テラスもカクミを慕っている。この現実が二人を傷つけるような未来を生むことはないと信ぜられるから、カインはそれでいい。

「カクミさんの頭は健やかでしょうか」

「何度かぶつけたほうがきっと健やかです」

「そうなんですか」

「あるいは、今のうちに聖水にぶち込んでおけば起きたときあらゆるケガレが祓われて素晴らしき人格に生まれ変わるのではないかと」

 カインは半分本気だったが、ケガレがなくなったら彼女らしくなくなってしまいそうでもったいない、とは、口にしなかった。

 テラスが撫でるようにしてカクミの頭に治癒魔法を施す。カインは、カクミの表情が和らぐのを見守った。

「お手を煩わせます。わたくしも治癒魔法を使えたらよかったのですが」

「できることを頑張ればいいんです。カインさんはとっても頑張っています」

「……ありがとうございます。もう治りましたか」

「はい。いつもきらきらしていて、カクミさんは健やかさに満ちていますね」

 心が半分ほど不健全そうだが、とは、やはり言わなかったが、

「日頃から鍛えています。テラス様をお守りするためにいつも必死な、素晴らしい奴です」

「だからカインさんはカクミさんが大好きなんですね」

「なぜ、そうなるのです」

「宮殿でもカクミさんとはたくさん話していましたから」

「そうでしたか」

「はい。カクミさんもカインさんが大好きだと思います」

「えっ」

 心底意外だったが、カインははたと思い至る。よく接触しているカクミとカインが大の仲良しだとテラスは思い込んでいる。それだけのことではないか、と。

「テラス様、それは──」

「カクミさん、カインさんと話しているときは宮殿の中でも活き活きとしていて、わたし、嬉しかったです」

「……」

「外で生まれ育ったから宮殿は慣れないと聞いたことがあります」

「カクミが、そんなことを」

「はい」

「そう、ですか……」

「いつもカクミさんを支えてくれてありがとうございます」

「いえ」

 自覚はなかったが、思い起こせばカインはカクミの口喧嘩に常に乗っていた。仲がよかったとはいわないが、仲が悪かったわけでもなかった。路地裏育ちの彼女の支えになれていたことを知って、自分で思うよりカインは嬉しく感じていた。勿論、テラスが言ったことをそのままカクミが言ったとは思えないが、それに近いことをカクミが話したことは感じ取れた。

「カインさん、カクミさんを膝で支えてください」

「は。それは、膝枕をしろということですか」

 いきなり話が飛んだ。テラスの思考はこうだった。

「ここは、仲良しを深めるタイミングではないでしょうか」

「なんの指導書に毒されたか存じませんがそんなタイミングではありませんよ」

「いいえ、マイさんがいっていました」

「マイが」

「雨降って地固まる、と」

「はぁ。それは、どういうことです」

「カクミさんとカインさんはさっきたくさん争いました。つまり、ここがタイミングです!」

「説明がぶっ飛びすぎですよっ」

「間違っていますか」

「行間を読めばなんとなく解りますが、そも、わたくしとカクミの地を固めるのになぜ膝枕なのか」

「仲良しさを高めましょう」

 話が通じない(!)

「テラス様、いつから左様な恋愛体質になられたのです」

「れんあいたいしつですか」

 ……もうっ、マイに毒されましたね!

 モカ織に携わる最年少者がマイであるが、若さ相応に恋愛にも興味がある年頃である。アベックを観れば恋愛関係を妄想しているに違いない。そうに決まっている。そしてそれをテラスに吹き込んでしまったのだ。

 ……あぁ、なんてことを!

 カクミのケガレだけでも厄介だというのに、テラスの情操教育に影を落とす分子が村でも増えるのか(!)カインは内心気絶したくなったが怺える。

「テラス様、わたくしとカクミはそんな関係ではないのです。飽くまで、味方・仲間・腐れ縁という間柄です」

「腐れ縁とて恋に落ちない関わりではないと思いますよ」

 ……なぜそんなに鋭いのですか!

「さあ、膝で支えてあげましょう」

「強行しないでくだ、あぁ──」

 カクミの頭を膝に載せられてカインは動けなくなった。

 テラスが脚を伸ばして、

「はふぅ。脚がぷるぷるしていて危ないところでした」

「御御足が限界だったわけですね」

「ごめんなさい。でも、カインさんは支えたそうな膝でした」

「どんな膝ですっ」

 思わずツッコんだカインに、テラスが満面の笑みで応えた。

「カクミさんを愛おしそうに見つめていましたから」

「っ……(それをいうなら膝ではなく顔では)」

 テラスの好意的フィルタを通して観ているのだからまるまる真実ではないだろうが、

 ……噓でもない、か。

 テラスのために必死な姿を素直な目で観るなら、カインはカクミを尊敬できる。何を賭し、何を失っても、テラスのためなら構わない。そういいきることができる彼女を、超えられないとも思う。

「カインさん、カクミさんの頭を撫でてあげましょう」

「なぜにっ」

 ぶっ飛ぶのもほどほどにしないと話の脱線が過ぎる。「テラス様、わたくしも怒りますよ」

「いいんですか」

「何がです」

「とっても美しいひとですよ」

「え──」

 カインは、息を吞んだ。テラスが、真剣な表情で訴えていたのである。

「カクミさんは、わたしに取って掛け替えなく愛おしいひとです。村の皆さんも、カクミさんのことを気に入っているとよく話しています。お嫁さんに迎えたいけれど掟が許さない、と、心から悩んでいるひともいます」

「っ……、(そう、なのか)」

 ひどく動揺した。カクミを女性として観たことが一度もなかった。テラスの語るカクミはまるで村のマドンナだ。みんなが惹かれる魅力。女性として観てこなかったのが不思議なほど、カインには、彼女が魅力的に映った。

 ……此奴だけだったな。

 テラスを見守るためだけに、後先を考えずに宮仕えを辞めて飛び出してきたのは。それは、テラスの傍にいることを強く望んでいたからであり、自分や家族の身の上よりテラスの将来を心配したからであろう。

 ……縁者のないわたくしと比べることはできぬとしても、存外、気は合うのか。

 そうであるなら仲間としてだけでなく、男女としてもうまくやっていけるのかも知れない。

 けれども、カインは楽観的ではない。

「テラス様は、カクミがわたくしのようなジジイを好くと思いますか」

「思います」

「根拠は」

「……そう思うだけです」

 そんなことだろうと思っていた。勿論、テラスの全ての感覚を疑ったのではない。その感覚に助けられて、今までやってきたテラスがいる。が、理屈っぽいのが自分だとカインは自覚している。

「カクミの気持を無視するつもりはありません」

「カインさんは、カクミさんがほかの男のひとを好きだと考えていますか」

「そうとは言いません」

 恋愛をしたことがないという本人の発言もある。「意志を尊重すべきです。恐縮ですが、テラス様のお見立てで全ての行動を決めるつもりはありません」

 頭を下げて、断った。

 テラスが怒ることはない。が、少しだけ寂しそうだったから、カインはこう述べておく。

「わたくしは、テラス様やカクミが、いつまでも幸せに生きていけるならそれがよいのです」

 宮殿を出たのはテラスを心配してのことだった。向こう見ずなカクミの心配も今は大きい。二人とも孫の孫の孫というような、遠い下の世代であるから、カインは「ジジイ」として見守りたくもある。自分が得るはずだった男性としての悦びがなかったとしても、お爺さんとしての幸せが得られる。

 ……わたくしは、少少、老けすぎました。

 舞台の主役を望まない。カクミの隣に並ぶときは、恋人や夫としてでなく、仲間としてでいい。それでいいと思えるのだから若さはない。気が合うとしても、若いカクミには、若いひとがいい。カクミもきっとそう結論するだろう。

「テラス様、今後、同じ話をしないでください。カクミの人格を無視する行為として、わたくしが許しません」

「……」

 何も言わずうなづいて、テラスが納得したようだった。湛えた笑みが何を求めているかは、いうまでもない。




──六章 終──




 

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