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物語は始まるか

作者: モリミロク






「おめでとうございます! あなたはランダム転生者に選ばれました!」



 突如脳内で鳴り響くクラッカーの音と、ヘリウムを飲んだような高音の声にたまらず、俺はポカリと目を開けた。

 


「……え、……は……?」



 見渡す限りの白。壁も地面もない。立っている感覚はあるけれど、影もない。

 そして目の前には———なんというか、発光する玉。

 なんだこれ。小さい頃から気になるものには手が出てしまう。おかげで怪我も絶えなかった。指で思い切り突こうとして———

 


「ちょ、ちょっと、ちょっと! お触りは厳禁だよ! ビリビリってするよ!」



 俺は冬場の静電気を親の仇のように憎んでいるので、光速で指をひっこめた。

 今、これから声が聞こえてきた?

 

 

「その通り! 私は当選者のための案内人(ガイド)です。 怖くないよ!」



 壁のない空間は音の反響がない。何もないので雑音もない。すごく不思議な感じだ。

 俺は、わっ!とか、あー!とか声を出してみた。無音の中に音が吸い込まれていく。

 こんなの初めて……。



「あのう、聞いてる? あなた、マイペースって言われない?」



 大いに言われる。だが生まれて二十数年、空気くらい読むようになった。社会人だもの。

 俺は一曲歌い始めようとした口をぱくんと閉じて、玉に向き直った。

 よく分からないがこの空間には俺とコレしかいない。へそを曲げられては困る。



「こんにちは、変な夢ですね」



「それで空気読めてると思ってるの?」



 いかん、お気に召さなかった。厳しい夢だ……。

 あとなんかめっちゃ心読んでくる……。

 

 

「そうだよ、全て筒抜けだよ。 変なこと考えるのはやめてね」



 言わなきゃいいのに。言われると勝手に脳内にあれやこれや出てくるじゃないか。

 脳内でタヌキとイタチがやじろべえのあっちとこっちで歌合戦始めてしまった。一曲歌えなかった欲求がここに。

 それにしてもしゃべらなくても通じるなんて、どうしよう、すごく楽………。

 


「困ったのに当たったなぁ……。でも当選取り消しは面倒だし、とにかく案内を始めるね。あと、楽とか言ってないで伝えたいことは声に出そうね」



 とにかく、これは夢ではありませんと玉は言った。

 

 

「玉っていうのもよして。ガイドさんとか、ナビゲーターとか呼んで」



 俺、無駄に横文字を使いたがる文化に物申したい。



「ここ日本とか関係ないん……まあいいや、じゃあ案内人さんとか……え、長い? これが長い?」



 もう玉でいいよ、私は玉でーす、と玉がのたまい、俺はにっこりした。

 

 

「勝った!」

「やっと言葉にしたと思ったらそれ!?」



 玉の光が強くなった。これは憤慨している表情かな。怒らせちゃったのかな、難しいな、人付き合い。



「怒ったりしないよ。めったに。 さて、まず、これは夢ではありません」



 俺は本当かなぁと思ったし、たぶん顔にも出た。「夢ではない」って言い張る夢、珍しくないしなあ。

 


「夢じゃないったら。 あなた、最後の記憶は何? 寝床に入ったところ? 違うでしょ?」



 ふむ、と俺は顎に指をあてて考えた。ここで騒音で目を開ける、それまで何をしていたか。

 会社にいた? 客先に出てた? ごはん? 風呂? それとも私?

 


「思考が逸れてる!!」

「ヒェ」



 バチィっと、触ってもいないのに玉から線香花火のように火花が飛んだ。

 驚いて悲鳴が出た。ひどい、めったに怒らないと言ったのに。



「真面目に考えて」



 ハイ考えますと答えて、俺は再び考え出したが、早々に行き詰った。



「分からない」

「は?」



「社会人になってこの方、朝から晩までほぼ同じことの繰り返しだもの。起きる、食べる、働く、寝る」



 そう、同じことをやりすぎて、どの行動もありありと思い起こせるが、それがいつのことだったのか分からないのだ。

 休日だけは少しばかり違うが、あいにく今日は休日ではなかった。むしろそれだけははっきり分かる。

 


「なるほど、現代社会の闇だね。 まーいいや、正解発表! 君は出勤途中で、電車のホームへの階段を下りてるところでした!」



 俺の無味乾燥の社会人生活を闇の一言で片づけられてしまった。だが同僚には充実した生活を送っているやつもいるから、おそらく個人の問題だ。俺の時間配分がうまくないか、気力の問題だろう。



「それじゃあ俺、今電車で寝てるってこと?」



 座れるなんて珍しいが、降りる駅はたった五駅先だ。寝ている場合ではない。起きろ、起きるんだ俺!



「夢じゃないといっとろーが。分からんやつめ」



 さっきから思ってたけど、この玉ちょっと口が悪い気がする。最初は敬語だったのに、怖い。

 俺はマイペースだとは言われてきたが、あまり人に冷たく当たられたことがない。ぞんざいな扱いをされるのに耐性がない。気を付けてほしい。

 

 

「自分はマイペースな癖に繊細とは面倒くさいやつだな。 電車に乗ってるところとは言ってないでしょ、階段を下りてるところだったの!」



 そんなところで白昼夢見てて大丈夫なのかな、俺。階段から落ちたりしない?



「だから夢じゃないって……くそ、この議論はもうしないぞ。そして奇跡的に正解にたどり着いたぞ。そう、あなたは階段を下りている途中で落下しました!」



 なんと。それは事案のかおり。



「そ、それは……突き落とされて?」



 心当たりがないが、俺に恨みを持つやつの犯行? まさかのストーカー? それとも無差別殺人の序章?



「ううん。暑さでクラっと来て、足元踏み外して落ちました。 朝ごはんちゃんと食べないとダメだよ」



 誰も巻き込まなくて幸いだったね、と玉は言うが俺はがっかりした。いや、それより。

 


「朝ごはん、食べたよ?」

「シャインマスカット三粒が朝ごはんだって言うの?」

「だって……大事に食べないと、高いし……」



 シャインマスカットは俺の人生で五指には入る好物だ。

 子供の頃初めて食べた時、こんなものを食べられる自分は特別な存在だと思ったものだ。しかしそれはお中元で親がもらったもので、その後はねだってもなかなか買ってもらえなかった。

 そうして曲がりなりにもお給料をもらうようになって、清水の舞台を飛び降りる気持ちでスーパーで見切り品でないのを買い求め、一週間はかける予定で少しずつ食べていた。

 日常の、活力のための贅沢だったのだ。

 

 

「シャインマスカットが悪いんじゃないよ、他にも食えっつってんの。もう遅いけど」

「朝ご飯には遅いね。昼は社食でちゃんと食べることにする」

「ちがう!!」

 


 バチィッ。それ本当にやめて、ほんとのほんとに嫌いなの。

 

 

「いいかい、あなたは間抜けにも階段から落ち、頭を強く打った。あなたの体は今、搬送先の病院です。意識不明で一応救命措置が取られているけど、徒労です」

「とろう」

「死亡します」

 

 

 えっ。

 

 

「えっ」

「声に出して言い直さなくてよろしい」

「俺死ぬの?」

「話聞かねぇな〜。そーです、死亡! ご臨終! 一巻の終わり!」



 最近の若者はすぐに死ぬとか殺すとか言う。命の重みが薄れている。良くないことだ。

 

 

「若者とか関係ないから。大体最近じゃない若者も大して変わんないから」

「そ、そうなの?」

「ほらぁ、知りもしないのにそーいうこと言って」

「すみません……」


 

 そうだよな、イキリたい時代は誰にでもあるよな。俺にもあった気がする。多分あったと思う。あったんじゃないかな。 

 うんうん頷いていると「あなたには無かったと思うよ」とか聞こえてきた。



「あ!」

「今度は何」

「俺、じゃあうちに帰れないの? 二度と?」

「まあ、そういうことになるね」



「シャインマスカットがまだ半分以上残ってるのに……?」



 心残りが過ぎる。部屋の片付けは親がやってくれるのかな。親不孝で申し訳ない。冷蔵庫のシャインマスカット、見つけるかな。食べちゃうかな。



「そこかよ。潔く諦めて。それか棺桶にでも入れてもらえ」

「それ可能? 頼みにいける? 夢枕に立ったりするの?」



 棺桶で燃やしてもらったら、手元にポンとシャインマスカットが現れるのかな。俺はシャインマスカットを持って三途の川を渡るのか。シャインマスカットと共に歩く黄泉路。川の渡賃はマスカット6粒でいいかな。



「…………4粒にしてもらえないかな」

「渡賃を値切るんじゃない。そもそもマスカットで渡れるか」

「だって6粒もあげたら無くなっちゃうよ。それに渡賃は六文だろ。そんな単位の金も持ってないし。今だといくら相当なの」

「知らん。三百円くらいじゃないの」

「安っ。それなら3粒だな」

「じゃあ三千円」

「くそっ。一房でも足りないだと…………!」



「……………………」

「……………………………………」



「いかん、こいつの話に付き合ってたら日が暮れる」

「えっ。ここ、日が出たり暮れたりするの」

「黙らっしゃい。言葉のアヤだ分かれ。本題に入るぞ。心して聞け」



 喋りに全く遠慮が無くなったなぁと思いながら、俺はしぶしぶその場に正座した。そうしろと言われたわけではないが、正座した。社会人技法、拝聴のポーズ!



「なんちゃって」

「だから聞けって。このやろう」





------------- >8 -------------





 さて、しばらく性懲りもなくぐだぐだと応酬があったわけだが、玉の話は要約するとこうだ。

 

 俺のように道半ばにして無為に死ぬ命は多く、その中から無作為に選出した魂を、どこかの世界に生まれ変わらせてくれるそうだ。

 

 

「ふむ。なかなか上手くまとめたね」

「光栄です。弊社のプロパーは、クライアントのニーズをただちに理解し、サマリーを作成し社内でのコンセンサスを得ることにプライオリティーを高く置いております」

 

 

「…………なんで突然横文字を使い出した?」

「わかるのかなーと思って」

「分かるけどさ。意味わかって使ってるの?」

「…………へへ」

 

 

「あのね、重要な事じゃないから言わなかったけど、今しゃべってるの別に日本語ではないからね。その人にとって聞きやすい言葉になってるの」



「多言語対応とは、ハイテク……」

「いや、多言語というか……人間じゃなくても関係なくてね……」



 ほう、人間じゃなくても。

 何を隠そう、俺は動物が好きだ。特に毛のモノが大好きだ。犬猫はもちろん、大型のものに目がない。

 余暇は関連動画を見て過ごす。一般人が自慢のペットや野生で遭遇した体験を気軽にシェアできる。素晴らしい時代になったものだ。



「動物も選ばれることがある?」

「命の区別はないから、可能性はあるよ。動物でも虫でも。選ばれることはほとんど無いけど」

「なんで?」

「彼らはたいてい無為に生きてないからだよ。例え若くして命を落としても、だ」



 なるほどー。それでそもそも選出対象じゃないわけだ。

 夢の動物おしゃべり天国が遠のいていった。

 目的もなく、必死にもならず、ただなんとなく生きてるだけなのは人間なのね。

 胸に突き刺さるぜ…………。



「気楽とも言えるし、悪いことじゃないさ、でもそれだと魂が消化不良を起こすのが分かってきてね。そういう魂が淀のように溜まっていってしまうんだ。量が少なければ自浄作用が働くから、減らそうとしてるってわけ。

 

 とにかく事情は分かったでしょ。あなたを今から違う世界へ案内するよ、希望はある?」



 希望とは。



「候補地は無数にあるんだ。人気なのは宇宙へ飛び出せるSFの世界、魔法と剣、中世ファンタジーの世界。

 他には……大陸ムーで過ごす超古代文明生活とか……はたまた見渡すかぎり海ばかり! 俺が人魚? いや半魚人だ! とか、えっ、オレが超能力者!? 独裁政府に立ち向かうサイキックレジスタンス生活! あと……」



「待って待って、途中からよく分からないし、俺そんなところで生きていける気がしないよ」



 それは大丈夫! と言って玉がペカっと光った。よくぞ聞いてくれました、の反応。しまった、このセリフを待っていたな。



「あなたをそのまま送り込むんじゃないんだよ。それぞれの世界にアバターが複数用意してあって、そこに魂を入れ込むのさ」



 そもそも俺の肉体は元の世界でお陀仏中であるから、使いようがない。

 飛び先の世界を選んだら、さらにアバターを選ぶことができる。

 その上で個性を出すために外見のカスタマイズ、そして何がしかの希望する便利能力を付随してくれるそうだ。



「さっきSFとファンタジーの世界は人気だって言ったけど、その分今はアバターの空きが余りなくて好きなのを選べないかもしれないから、慎重に考えてね」

「そう言われてもなぁ。説明されても覚えられないし……カタログか何か無いの?」

「ない! 正確には作れない。今もポンポン新しい世界ができちゃってるし、間に合わない。だからどういう感じのところに行きたいか言ってくれれば、候補地を絞るから言ってみて。どうしても決まらなければ、こっちが適性を考えて勝手に決めるけど」



 そう言われてもなぁ、と再び呟いて俺は考え込んだ。高校を卒業したあたりから、勉強だの仕事だのに忙しく、余暇は動物動画。小説も漫画もゲームも映画もほとんど見ていない。どこがいいといったイメージなど全く湧かない。想像力の限界である。



「元居た世界には行けないの? 俺は死んだとして、別の人とか……」

「それはできない」



 言い切られてしまった。

 

 

「あなたのいた元の世界にはアバターはいないし、あの世界には今は()()()からの干渉禁止だ。

 一番古くに作られて、土台がしっかりしていて万事安定しているけど、もはや世界は勝手に構築されていく。誰の手もうかつに出せないようになってしまったのさ。死者を蘇らせるなどとんでもない」

「え? じゃあ他の世界は?」

 

 

「あなたのいた世界が干渉を受け付けなくなってから、我らにできるのは観察だけになってしまった。それでまあ、なんというか」

「ひまになったの?」

「…………まあ、そうだね。折しも、世界に現れた人間たちは、空想の物語を紡ぐことに長けていたから、それを真似て作る遊びが流行った。最近は落ち着いてきたけど、それでもハマってる奴は作り続けてるから、増え続けてるってわけ」

 

 

 我々って誰だろ。この玉も世界を作った一人なのかな。

 

 

「そうだけど、私は新参だし、作り上げるのは不得手だったから、早々に創造からは離脱して、こうして案内人をかって出てるのさ」

 

 

「だから片手間にポンポン作った世界はあなたのいたとこの様に強固ではない。だけどその分我々が干渉をしやすいし、人一人、一生分やり直すくらいの間のフォローは何でもないよ」



 干渉とやらをされてしまうのは、逆にどうなんだろう。

 アバターがあると言っていたけど、つまりは決まった人生しか辿れないんだろうか。

 それならいらないけどなぁ。

 

 

「アバターの性能があるから、そりゃあ立場や能力を超えたことはできないけど、生き方は自由にしてもらっていいよ。あくまで物語に似せた世界であって、そのものじゃないからね。

 空きがあればアバターも融通利かせてあげられるよ。どこにする?」

 

 

 そこに戻るよなぁ。

 さっき説明された奴はピンとこなかったし…………。

 子供の頃なら楽しく読んだ話があった気もする。ドラゴンを助けに行く冒険の話、小人たちの王国、カラスがなんか飲食店やってる話、無茶ぶりの王様、でっかいパンケーキを作るねずみ。たしか名前はグ………

 

 

「止まって。具体的な名前はNGだよ! カラスの飲食店でギリギリだからね」

 


 仕方ないなと玉はため息をついた。

 もう少しおすすめを教えてくれるらしい。

 


「ほのぼの系はどう? 主人公周りはもう埋まってるけど、彼らをほのぼの過ごさすための世界だから、戦争も天変地異もないよ」

「うーん……それは、結局だらだらして過ごして終わりそうじゃないか? 魂変化ある?」



「それもそうか……ドラゴンの話が出てたね。剣と魔法の世界は定員いっぱいだけど、古代の恐竜の世界なんかもあるよ」



 俺は恐竜も好きである。見た目はモフモフ哺乳類には敵わないが、なんと言ってもロマンがある。

 子供のころ、映画だって見たぞ。子供の恐竜を仲間たちのところに届ける話、リアルな恐竜たちのテーマパークの話……


 

「あ、まさにそれだね。恐竜テーマパークが元だよ」

「それ、じゃあ地球に過去にいた本物の恐竜じゃないってこと?」

「そうだけど……」

「本物じゃないならいいや」

「そんな拘りあるの? 生意気だな、どうせ本物の恐竜を知りようがないくせに……」



 そう言われればそうなのだが、作り物だと思うと心霊写真だって怖くなくなるじゃない。



「それじゃ、これはどうだ! 成人男性に大人気のアハンウフンの世界! 子孫繁栄が主題だから色んなファンタジー種族といちゃいちゃできるぞ。あなたの大好きなモフモフの獣人も」

「やめて! 動物は見て癒されるのが好きなの! そういう特殊性癖じゃないの!」

「そーなの? あ……ごめん、人気過ぎてオス側のアバター空きがないや。メスの牛タイプなら空いてるけど、これでいい?」

「いいわけあるか!」



 大体、どうして俺が動物好きだって知ってるんだ……さっき考えちゃってたかな……くそ、読まれたか。

 というかなんだ「アハンウフンの世界」って。



「こちらのしゃべる言葉は相手に合わせてると言ったろ。あなたのレベルに合わせた言葉だよ」



 これはけなされているのだろうか。

 俺は玉としばらくにらめっこした。非難の意味を込めたつもりだったが、合わせる目がないのですぐに飽きた。



「気力のもたないやつだなぁ。なんかこう、ないの? 人生賭けるような、血沸き肉躍る体験をしたくはないの?」

「ない…………」



 なら問答無用かなぁという不穏な呟きが聞こえた。



「か、過酷なところはちょっと……。痛いのも怖いのもキライでして……」

「え〜冒険を楽しみなよ、行き先を風に尋ねるようなさ。ヒロインを助けて感謝されなよ、道を切り拓け!」

 

 

 ううん、ピンとこない。それは俺だろうか。

 

 

「じゃあさ、これだけは譲れない条件を教えてよ」

「シャインマスカットがあること」

 

 

「……………………」

「……………………………………」



「即答したね…………」

「しました………………」

 

 

 無人島クイズというのがあるだろう。無人島に、一個だけ持っていけるなら何にするか。学生時代、友人間で一度は上がる話題だ。いかに奇を衒えるか、人よりお得なものを思いつけるかの勝負どころだが、俺は欲に忠実であった。

 

 

「その時からシャインマスカットなの?」

「そうですね…………」

 

 

 ほら、一房あれば、栽培もできそうじゃん?

 しかも独り占めじゃん?

 

 

「もうそれ、五指に入る好物じゃなくない? 唯一無二の大好物じゃない?」

「そんなことはない、他にもロザリオ、巨峰、デラウェア……」

「ぶどう星人め。あれ、全部で四つしかないな、あと一つは?」

「まだ見ぬぶどうの為に空けてある。今はジャボチカバが気になっている」

「あれ見た目は巨峰に似てるけど、どっちかっていうとライチっぽい味みたいだよ」



 ええ……ブラジリアングレープって呼ばれてるのに……?

 ここ最近の俺の楽しみを台無しにされた。味をあれやこれや想像し、食べられるところを調べ、その季節を心待ちにしていたのに。

 もうだめだ、気力が根こそぎ削がれていく……。

 

 

「それ本当?」

「…………まあ、半分くらいは…………」

 

 

 フワッと思い描いていただけです、すんません。そういやライチも食べてみたい。

 バナナもミカンも普通に好きだけど、ああいうゼリーみたいな、水分の多い果物って甘くってジューシーで本当……



「ところでシャインマスカットってたいてい種無しだと思うけど、どうやって増やすの?」














「あれ、うそ、心の声まで途絶えちゃった」



 玉がおーいおーいと言いながら俺の周りをくるくる回った。お前、動けたのか……。

 人間、あまりショックが大きいと何も考えられなくなるんだな!



「なんかごめんね」

「いい。 苗か、種そのものを持っていくことにする」

「そうして。無人島に行くシチュエーションはやってこないけど」



「無人島プランはないの?」

「似たようなのはあるけど。無人の惑星置き去りとか。うまくやれば建国できるかも。やりたいの?」



 …………なるほど、全然やりたくない。



「でしょう。そうだ、逆になんならやってみたい? 宇宙怪獣と戦う? クロスした腕からビームだせるようにしてあげる!」

「う、うう~ん……」



「死神なんかどう? 指定された魂を回収に行くお仕事。 これならかわいい相棒がついてくるし、空も飛べちゃう!」

「ううう~~~ん……」



「脱サラして蕎麦屋を開く願望をもったことはある? 鉱山の町でおいしいお店を開いてみるのは? 鉱脈の位置がわかる禁断のスキルをつけちゃう!」

「う~~~~~ん。ない………。おれ新社会人だし……」



「文明が退行した世界を魔法の茶瓶に閉じ込められた魔神と乗り切れ! 今なら南部鉄器の急須の中が開いてるよ。運命の相手を寝て待て!」

「そっちかぁ。う~~~~~~~~~ん………」



「宇宙を舞台に最速を競うレーサーたちの世界! 機体の整備士の役が開いてるよ、いい腕にしてあげるから、トップ選手のサインもらい放題!」

「現時点で顔も知らないトップ選手のサインと言われても…………。ううん……」







挿絵(By みてみん)







 うーんうーーーーん。そんな急に人生を決められない。

 


 別に何もかも人に決めてもらって生きてきたなんて言わない。

 自分で進路を決めてきた。でも大体生まれた環境とか、自分の能力とか、そういうのでこっちかな、と思いながら徐々に決めていくものだろう。流されてるともいうが。

 だからもう、どこかの世界に行くのが確定なら決めてくれ。そこでそれなりに生きていくから。














「あ、そう? じゃあそうするね!」














 一名様ごあんな~~い、と高らかに声が鳴り響く。

 

 同時に、俺の体がつま先から光りながら消えだした。

 ……えっ、そんなあっさり、もうちょっと何か、ちょっと……! 聞こえてるだろ、待っ…………

 

 玉は遊園地の絶叫マシンに乗る観客を見送る係員のように言った。

「それでは、いーーってらっしゃーーーい!」





























「——————! ———、—————オ! リオ!」



 ぱちんと音がして意識が浮上した。体が動かない。何とか重たい目蓋を持ち上げると眩しいほどの白が目に入った。

 またさっきの空間かと目をしばたかせると、おぼろだった景色が像を結び、視界に入っているのが照明のついた白い天井であることを理解した。窓、カーテン、それから点滴。



 …………病院?



 俺は夢を見てたのか? 脳が働きだすと嗅覚が消毒液の匂いを感知し、ついで聴力が傍で何事かを叫ぶ人影の声を知覚した。きしむ首を何とか捻り、顔をわずかにそちらに傾ける。



「リ、リオ! 分かる!? 母さんよ! あ、あなた十日も意識が戻らなかったのよ! 聞こえてる!?」



「………………かあ、さん?」



「そう、そうよ! ……ああ、良かった…………! このまま意識が戻らなかったらどうしようって……………………」



 今先生を呼んだからねと涙を流しながら笑う顔をぼんやりと見返す。

 なるほど俺は一命を取り留めたところらしい。薬が効いているのか、痛みはあまり感じないけどとにかく体が重くて動かせる気がしない。事故にあったあたりは本当のことだったようだ。

 

 

 それでは、先ほどまでのは階段を転げ落ちてからの意識不明状態で見た夢なのかというと、それも疑わしい。



 なぜなら俺の名前はリオではないし、俺の母親はこんなどピンクの髪色でもなく、近づいたらバインと弾かれそうな大層な胸周りの持ち主でもない。

 今入ってきた看護師らしき人物は気のせいでなければ頭の上に一対の猫のような耳が生えているし、ちらりとしっぽも見えた。ちなみに白い歯がきらりと光る、ガタイの良い男性である。そして後ろから白衣を着てメガネをかけたカピバラがやってきた。どうもこれが医者らしい。毛むくじゃらの手で触られそうになって、思わず身を引きかけたが、残念ながら体はぴくりとも動かなかった。ドクター・カピバラは滞りなく俺の腕をとって何やら診察を始めた。

 

 諦めて窓の外を見やるとそこは夜空だった。……いや、夜空だろうかこれ。星がやたら近い。マーブル模様の丸い惑星の、細い輪っかまで見えるほどだ。俺は星と星の間を光る物体がいくつか、弧を描いて飛んでいくのを呆然と眺めるしか術はないのだった。

 母親らしき人物が、カピバラに向かって「この度はうちの息子が……」とか話しかけている。どうやら性転換は免れたらしい。ひとまず安堵して俺は目を閉じた。











 はてさて一体、俺はなんの世界に放り込まれたのだろう。

 願わくはシャインマスカットがありますように。



ひとまず、オチがつくまで書き上げることを目的としました。

読了有難うございました。

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