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鳥居の島 萍水島の話  作者: 青竹煤
7/8

団欒

 「いただきます」

 やっと訪れた夕食の時間。

 ウズモも茶碗を持つのだが、隣に座る父の箸を持つ手を見ると、その甲が一部赤くなっているのが見えた。特に指の付け根の骨が浮いた部分が赤い。

 「父ちゃん、右手どうしたの」

 「あ?」

ソウスケは箸を持ったまま手を回し、「あぁ」とそうだっけとでも言いたそうに短く「殴った」と答えた。

 「殴ったぁ!?」

 ウズモとエミナが同時に叫ぶ。いつも仕事はきっちりやるのにどこかぼんやりしているソウスケがここまでやるとは、まったく思っていなかった。

 「殴ったって、イヅチさんを!?」

 母親の言葉に、あぁ、あのおっさんの所に行ってたのか。と妙に納得してしまうウズモは、そのまま食事を続行しながら夫婦のやり取りを見守ることにした。自分の子供を妖怪に攫われたイヅチ絡みなら、自分の出る幕はないと判断して……いや、大事な家族がいなくなったことを体験していない自分が口を挟むと、話がややこしくなりそうだ。

 「エミナさんに乱暴したとグイゴ様が仰っていたから」

 この島の守り神の名前を出したソウスケの目は、問題でも? という疑問しか浮かんでいないようだ。椀に口をつけ味噌汁を食べると、自分は間違っていないと確信した目でエミナを見返した。

 「自分の奥さんが酷い目に遭わされたら、そりゃ怒りますよ。僕だって人間ですもん。僕たちの子供が母親のために怒って戦ったと聞いて、さすが僕たちの息子だと嬉しくなりました」

 よくやったぞ、とソウスケはぼんやりとした目で笑い、息子の頭を強く撫でる。ウズモはそれを受けて笑顔を返すが、母の言いようのない苛立ちを感じてすぐに食事を再開した。

 「だから守り神様からそれを聞いた時、これは褒めなくてはとずっと思っていたんです。その前に、妻は怪我をさせられ、息子には怖い思いをさせられた。夫として父として、ここはガツンとやらないと、ねぇ」

 「ねぇ」と言うところでソウスケは横に座る息子に目をやるが、ウズモは少しだけ情けない気持ちで父親を見上げてからアジの開きに箸をつけた。息子の賛同が得られないので、ソウスケは怒った様子の妻と呆れた様子の息子を交互に見て、ここでやっと「なにか、まずかったかな」とこぼす。

 「あなた、私より先にイヅチさんの事情を知ってて、どうしてそんなことができるのよ」

 ソウスケは元から、自分は全体の七割ほどは正しいという程度には思っていた。しかし家族のしらけた態度に自信を無くして声が弱くなり、一口米を食べて空笑いをする。

 「いやぁ、はっきり言えば、あんまり介入する事情とも違うかなぁと」

 支えがなくよろけた声ではあるが、ソウスケはそれでも自分の主張を曲げずに伝えようとする。


 イヅチの事情は確かに同情出来るが、元はといえば言うことを聞かなかった子供の自業自得。とウズモが守り神に言ったのとまったく同じことを言うので、ウズモはソウスケの息子としてにやりとしてしまった。

 「旅行だったら、子供ははしゃぐでしょう」

 ソウスケとエミナ。この夫婦は大抵の夫婦と同じように、子供に対しての考え方が異なる。父親であるソウスケは、多少痛い目を見ても、それを経験として活かしながら大きくなって欲しい。母親であるエミナは、子供に危険な目に遭って欲しくない。可能な限り守る。だから我が子のみならず、子供関係の話になると決着がつかないまま話し合いは終わる。


 「僕が言いたいのはね」

 子供についての意見はいつも終りが見えないままうやむやに終わるのだが、今回はそれについての話ではない。ソウスケはエミナの言葉を遮って続ける。

 「誰が悪いというのは二の次なんですよ。僕にとって重要だったのは、事情があるにせよ、他人の妻に危害を加えたってことで。それが自分のだったら尚更ってことで」

 ひじきを一口食べ、米を食べ。飲み込んでからソウスケはまた淡々と言う。

 「あの人は息子が帰ってこないから我慢の限界だったんだろうけど、それと僕の家族に八つ当たりするのは、それは違うでしょ。

それに僕は、暗い顔してる妻と怒ってる息子と一緒にご飯食べてたら悲しいですよ」

 「え、オレらそんな顔してた?」

 驚いて父親を見上げれば、父は茶碗を持ったままぼんやりしている目だけを息子に向け、微かに笑って見せた。母は食べていてその顔を見ていなかったが、その顔をわかっているのではないだろうか。何しろ、家族をよく見ている人だから。

 ──だってさ、母ちゃんもちょっと笑ってるし。

 ソウスケがイヅチを殴ったことについてはそのまま不問となり、食事を終えて風呂に入り、三人で少しラジオを聞いて布団に入る。

 見慣れた部屋の中、薄い布団の中でこの日常がイヅチの子供にはないと思うと、ウズモの胸の中に説明がつかない靄が立ち上り、なかなか寝付けなくなってしまった。

 頭を振っても消えない靄の中、ウズモはその立場が自分だったらと考えてみたがやはり漠然とした寂しさだけしか感じられず、母に怪我をさせる程の 苛立ちを向けたイヅチのことを考えても何も掴めない。

 月のうすぼんやりした明かりが差し込み、生温い風が滑り込んでくる部屋の中で寝返りを打ち、ウズモはいつの間にか眠りに落ちていった。


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